シャテュエとイツィア
この物語は、拙作たるメレテリア物語の世界に存在する神話の一つ……と言う体裁を取った代物となります。
これはメレテリア世界の始まり――神代紀の頃の物語……
地上界に様々な眷族が満ち溢れ始めた頃、後の世に“妖精”と呼称される諸種族も、“精霊界”から地上界に移住しておりました。
そうした者達の中に、“風の精霊界”より地上に移住した獣頭有翼の亜人達がおりました。
この亜人達を纏めていたのは、シャテュエとチャルロウと言う兄弟でありました。
地上界にやって来た二人の兄弟は、“地母神”クレアフィリアに仕えることとし、兄たるシャテュエは“地母神”の使者を務め、弟たるチャルロウは“聖鳥”ガルーフィニスの使者を務めることとなったのでした。
そして、この兄弟の兄であるシャテュエにはイツィアと言う伴侶がおりました。イツィアと言う彼女は、美しい白銀の狐面と金色の翼を持つ美しい女性でありました。彼女は“夢幻神”イーミフェリアに仕えて彼の女神の侍女となったのでありました。
こうして、この兄弟とその兄の伴侶たる三人に率いられた者達は、“フェンファ族”と言う名を与えられ、長たる三人に倣って、“地母神”や“夢幻神”の許で仕えるようになったのでした。
やがて月日は流れます。
後の世に“智神論争”と称されることとなる“智慧神”ソフィクトとその最高位眷族たるヤーングートの対立が始まります。この論争には、世界に住む数多ある諸神・諸種族を巻き込み、その是非に関して世界の其処彼処で喧々諤々とした論争を繰り広げることとなって行きました。
そして、この対立は論争の域を超え、武力を持って激突する戦争に発展して行きました。“神魔大戦”と称される大戦です。
この時、“フェンファ族”を率いる三人――三柱の眷族達は、自らの仕える神々の側に付くことを心に決めることとしたのでした。そして、シャテュエとチャルロウの兄弟は即座に主神たる“地母神”クレアフィリアの許へと馳せ参じたのでした。
兄たるシャテュエは、攻め寄せる“魔王”の軍勢を迎え撃つべく、“地母神”クレアフィリアの鎮座地たる大神殿の屋上に屹立し、自らの眷族を率いて神殿の周囲を固めさせたのでした。
そして、弟たるチャルロウは、主神たる“聖鳥”ガルーフィニスとともに神人軍の陣頭に立って魔王軍との戦いに臨むのでありました。
しかし、シャテュエの伴侶たるイツィアは、対立する“八大神”と“八大魔王”の両陣営に対して何れに与するとも明言することなく、暫し静観の構えを取っていたのでした。
やがて、“神魔大戦”の戦火が世界全体へと拡がる中、シャテュエの守る地母神神殿に妖魔の軍団が攻め寄せて来たのでした。
そんな妖魔軍の先鋒は、ニッグ率いるコボルドの軍勢でありました。大挙して攻め寄せる小妖魔の軍勢を前に、シャテュエ率いるフェンファ族の者達は、時に魔法を用い、時に武術を用いて対抗したのでありました。
シャテュエは“精霊魔法”に長けており、加えてシャテュエ本人も率いられるフェンファの者達も武芸の達者な者が多く、攻め手であるコボルド達を懸命に押し止めておりました。しかし、コボルド族の軍勢の数は余りに多く、まさに多勢に無勢と言う情勢でもありました。
その様な情勢の中、コボルドの軍勢を率いるニッグの許に、狐頭の美女たるイツィアが訪れたのでした。
眷族であるフェンファの娘達を連れたイツィアは、コボルド軍の将たるニッグに対して魔王軍への参陣を申し出た上で、陣中見舞いに酒宴の支度をして参ったことを述べたのでした。このことにニッグは大いに喜び、コボルド達はフェンファの娘達による酒宴で大いに盛り上がったのでした。
この宴席の際に、イツィアはニッグの耳にあることを囁きました。それは、“地母神神殿”を抱く山脈の中に、この神殿の裏手へ密かに踏み入ることの出来る抜け穴があり、その入口へと案内すると言うものでした。
“地母神神殿”の攻略に焦りを覚えていたニッグは、この話にますます喜び、翌朝早速その抜け穴へと眷族達を率いて、勇んで軍を進めたのでありました。
こうして、ニッグ達は“聖仙山脈”の山麓に穿たれた細い洞窟を掘り拡げながら、“地母神神殿”に向けて進んで行くことになったのでした。
洞窟へと進んだコボルド達を見送ったイツィアは、自らの眷族たる仙狐に命じて、夫であるシャテュエにコボルド族の進軍とその経路について報せを送ったのでありました。
この報せを受け取ったシャテュエは、すぐさまコボルド達が進む洞窟に対して“大地の精霊魔法”を用いて、コボルド達が進む洞窟のある一帯の岩盤を砂礫に変じさせたのでありました。砂礫と化した岩盤は、瞬く間に洞窟へと崩れ落ち、洞窟を掘り進んでいた大量のコボルド達は呆気なく砂礫の中に埋もれてしまったのでした。
砂礫に埋もれつつも、這う這うの体で抜け出せたのは彼等の長たるニッグだけでありました。眷族の殆ど失うことになった彼の将は軍を退かざるを得なくなったのでした。
コボルド族の軍勢が引き揚げた後、神殿に攻め寄せたのはオルガ率いるゴブリン族の軍勢でありました。
この軍勢もまた多勢をもってフェンファ族を攻め寄せ、シャテュエ率いるフェンファ族は、またもその武技や魔法を駆使して良く凌ぎ、防ぎ止めるのでした。
しかしながら、多勢に無勢の戦いであるのに変わりなく、敵将たるオルガの奸智による用兵も合わさり、フェンファ達は苦しい戦いを続けることとなったのでした。
そんな折、ゴブリン軍の陣中に銀髪金翼の天使の如き姿をした美女が訪ねたのでありました。この美女こそ、誰あろうイツィアその人でありました。
自らの眷族たる女性達を率いるイツィアは、軍を率いる将たるオルガに向けて、魔王に与する者としてゴブリン族の勇士達の慰労に参ったと述べたのでありました。
イツィアの美貌に魅せられたオルガはこの申し出に大いに喜び、早速戦勝の前祝として宴席が開かれることになったのでありました。
イツィアと彼女に率いられた娘達は、陣中の妖魔達へ美酒・美食を振る舞い、優美で艶やかな舞踊を披露して見せたのでした。
オルガを始めとしたゴブリン達は、艶やかな舞に魅せられ、振る舞われた美酒に酔い痴れて行きました。賑やかな宴は夜半を越えても盛り上がり、陣中のゴブリン達はフェンファの娘達が勧めるままに用意された美酒の樽を呑み干して行きました。
こうして、オルガを始めとした陣中の小妖魔達の殆どが酔い潰れ、払暁を前にして大半が人事不省の態を晒すこととなったのでありました。
実はこの宴の最中に、イツィアはオルガ達の目を盗んで、自らの眷族たる仙狐に“地母神神殿”へと走らせていたのでした。
この仙狐の齎した知らせを受けたシャテュエは、酔い潰れ、眠り扱けるゴブリン軍の陣に向かって、“風の精霊魔法”を振るいました。この精霊魔法で生み出された大竜巻は妖魔達の陣で荒れ狂い、ゴブリン族の軍勢は尽く吹き散らされることとなったのでありました。
コボルド族とゴブリン族と言う二つの妖魔族による軍勢を退けることに成功したシャテュエ率いるフェンファ族の者達でしたが、彼等の許に三度目の妖魔の軍勢が襲いかかります。
それは、魔王軍を率いる将達の筆頭――妖魔軍総大将たる“妖魔王”イヴリグ率いるヴァーラグ族の軍勢でありました。
小妖魔たるコボルドやゴブリンであれば、一対一の戦いでフェンファの戦士が遅れをとることはまずありません。しかし、妖精族の始祖に近いヴァーラグ族はその膂力も轟炎を操る魔法の技も、フェンファ族よりも優れる者は数多い所でありました。
その数が先の二軍に比べて少数とは言え、その戦力は侮ることなぞ許されぬ程の開きのある軍勢と言えました。
魔王軍の精鋭とも称される軍勢の一つが襲来したことで、“神殿”を護るシャテュエ達は、決死の覚悟を新たにして迎撃の戦いに臨むのでありました。
こうして、ヴァーラグ族の軍勢が“神殿”を臨む位置に陣を張った頃合に、再びイツィア達がその陣営へと訪れたのでありました。それは勿論、これまでの戦いと同じくシャテュエ達の戦いの助けとなるべき謀り事を仕掛ける為でありました。
幾度も妖魔の軍勢を陥れたイツィアの謀り事ではありましたが、この謀り事を“妖魔王”と名高きイヴリグは即座に看破したのでありました。
彼女の謀り事を看破したイヴリグは、自らが佩く炎の魔剣を引き抜き、彼女の首を刎ねたのでありました。この“妖魔王”の一太刀により、フェンファの女達による謀り事は破られてしまいました。
しかし、命脈を断たれることとなったイツィアでありますが、ただ倒れることはありませんでした。
首を刎ねられる刹那、彼女は主神たる“夢幻神”イーミフェリアへの祈りを捧げ、自らの身体を病毒に満ちた霧へと変じさせたのでありました。イツィアの変じた毒の霧は、見る間にヴァーラグ達の陣中へと拡がって行ったのでした。
その霧は、神仙の一柱であったイヴリグでさえも苦悶する様な代物でありました。神仙たる“妖魔王”すらそんな有様を晒す毒霧を受け、陣中のヴァーラグを始めとする妖魔の軍勢は、或る者は悶え苦しみ、或る者はその身を溶かされ、或る者は命脈を絶たれることとなったのでありました。
そんな混乱したイヴリグの軍勢に、間髪入れず襲い掛かる軍勢が現れたのでした。
その軍勢とは、“地母神神殿”の苦戦を聞き付けた神人軍の主力たる一翼――“人祖”の称号で知られるアドリム率いる人間族による軍勢でありました。
“人祖”アドリム率いる人間族の軍勢は、混乱の渦中にあったヴァーラグ達を次々と討ち取りました。そして、その機を読み取ったシャテュエは自らの手勢を率いて同じく妖魔の軍に攻めかかり、ヴァーラグ等の軍勢は挟撃の憂き目に遭ったのでありました。
この戦で、“妖魔王”イヴリグ率いるヴァーラグの軍勢は、主要な将たる者達を討ち取られ、長たるイヴリグですら“人祖”アドリムに致命の一撃を受ける程の被害を受け、堪らず敗走することとなったのでした。
この後も“神魔大戦”は今暫く続くこととなります。
しかし、その間も“地母神神殿”はシャテュエ率いるフェンファ達によって守護され、“神魔大戦”の終焉まで魔王軍によって陥落の憂き目に遭うことはなかったのでした。
ちなみに、拙作の一つ「賢者の息子と~」に登場したとある二柱の方々は、ここでモブキャラその3ぐらいの立ち位置で登場していることになります(笑)