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そうめんに愛を

そうめんに愛を

作者: 守隆和楽

「そうめん」


そうめんとはなんと素晴らしい食べ物なのだろう、とこの頃思う。


「ソーメン」


おいしいのはもとより、その響き、そのフォルムに何とも言えない良さがある。

乾麺として売られる様子は、一本一本は弱弱しいくせに束になって強がっているように見える。

そしてなんと言っても”手延べ”である。丹念に伸ばされたのだろう。そのこし、食べなくてもわかるほどに表記された文字に現れている。


その強がり、へし折ってやろうと購買意欲をそそられ、次いで食欲がわく。

それでいてリーズナブル。

食す者の財布さえ気遣う、それがそうめんなのだ。



並べられた棚から一つ選んで買ってきた。

ちょうどお昼だ。今日は二束食ってやろう。


お湯を沸かす間、おもむろに束から一本引っこ抜く。

何と、か弱き一本なのだろう。

若干のしなりはあるものの少し力を加えてしまえば折れてしまう。


だがそこがいい。

一本、引き抜かれた時点で弄ばれるという食べ物としての義を全うできない運命を察して、なお毅然とした態度で背筋を伸ばしたままでいる。


しなり、そして二本になったそうめんを眺める。

そうめんのすばらしさはこの瞬間にあると言っても過言ではないだろう。


折れてもそうめんなのだ。

折れるその瞬間まで一本であるという意志を寡黙にして主張する。

しかし折れた後にはあたかも元々二本であったかのようにふるまうのだ。

折れた後もその意志を受け継いでゆくのである。


そうめんをバリバリと折って食すというのはメジャーな食べ方ではないだろう。

多くの人はそうめんを啜って食べる。そうめんはそのための形状だ。


そうめんの形状と言うのは細く、啜るに長すぎず短すぎず、画一化されている。

啜るという行為をよしとしない欧米の文化圏内でいろいろな形状を勝ち得てきたパスタとは違った良さがある。



おっと、湯が沸いたようだ。束を手に取る。


「よいではないか、よいではないか」


帯回しのように束を解いて、広がるそうめんをやさしく受け止める。

帯を解いて一つになるのだ。

記憶が感情を波立てる、興奮の一瞬である。


ふつふつとに滾る湯に入れる。

突然だが、ここにそうめんの神髄がある。


湯に入れて二秒

ここで先ほどまでの頑なな意思と姿はそうめんの本当の姿を隠すための偽りであったことを私に気付かせる。


解き放たれ、湯に舞うはそうめんの真の姿


湯気に見え隠れするそのなまめかしさはさながら秘境の湯あみ天女のよう。


しかしそこでことを急いではいけない。

このチラリズムがそうめんの魅力を一層引き立てるのだ。

そうめんを堪能したいからこそ、ここは耐えねばならない。


そして火を通す間、やることがもう一つある。


先ほど二つにしたそうめんをぺろりとなめる。

確かなそうめんの風味と微かな塩味

仮の姿と真の姿

このかんげきに、愛おしさが私の中を駆け巡る。

狂おしいほどに愛おしい、とはこのことなのだろう。




そうめんを湯から上げて氷水で〆る。

ふやけたままでは終わらない

先ほどまでの仮の姿が一瞬にしてフィードバックされる。


私はその両方を愛そう。

ここで毎度誓うからこそ、そうめんへの愛は絶え間ない。


温かいうちに器に入れて

冷たいつゆにつけて食べる。


味を文字にするなど、無粋なマネはしない。

そもそも食レポする必要など微塵もないだろう。

そうめんは素麺

素のままに、そのままに、それがそうめんである。


そうめんはすばらしい


一口にして、その結論は覆らない事実であることを理解する。


ここでふと、右斜め前から視線を向けられていることに気付く。


「いつからそこに?」

「よいではないか、っていってたとこらへんから」


「ふむ、そうめん食べるか?」

「いらない。友達と外で食べてきたから」


私であれば空腹の度合いにかかわらず喜んで食べるのだが。

まだそうめんへの愛が足りないようである。


「あのさ、良くなったら仕事見つけに行こうね」

「そうだな。そうめん」


「……お兄ちゃん」

そう言うと目を伏せて階段を駆け上がっていった。


どうやら私のそうめんに対する愛に気が付いて感涙したようだ。

そうめんの崇高さを知り道を進むのは厳しいが、きっと大丈夫だろう。


そうしてまた一口、そうめんを啜る。



読んでいただき、ありがとうございました。

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