プロローグ
「ねえねえ、知ってる? あの都市伝説! ほら、あの――」
昼休み。窓際の一番後ろ、僕だけの特等席で仮眠を取っていると、良くクラスメイトの女子の甲高い声で目を覚ます。このクラスで生活し始めてから半年以上が経つが、誰一人として名前と顔が一致していない。覚える必要はないし、例え覚えろと言われても興味のない人間の名前なんて覚えるつもりはない。眠りを妨げられた僕は、名もない女子を一睨みする。しかし向こうは全く気付かずにお喋りを続行している。
「美友相変わらずそういうの好きだねー。あれでしょ? 悪魔がどうとか――」
「そっちじゃなくて、他に聞いたこと――」
「えー何それ。知らない。どんな――」
「まあ、ここ数年で広まり出した都市伝説みたいだからねー。色々と準備が必要――」
「そっれ無理じゃん! どっから持ってくんの、そんな――」
「その辺はどうにかするのー。それから強く――」
「何それ、嘘くさっ! つーかそんなとこ――」
「でもさ、行きたい人は行きたいんじゃ――」
「ふーん、そういうもんかなあ。あたしはやだけど。あっ、それより聞いてよ! 今朝の占いで射手座が二位でさ。でも違う占いでO型は――」
何が悪魔だ、何が都市伝説だ、何が占いだ。女子はそういう馬鹿げたものが本当に好きだな。特に恋占いとか血液型占いとか、そんなんで人間の人生が決まってどうする。
本っ当に馬鹿らしい。そういうもので勝手に人の性格やら何やらを決めつけて、偏見の眼差しで見つめるのだ。B型の何が悪いんだ。やつらはB型に親でも殺されたか? 男が乙女座だと何でおかしい。僕だって乙女座に生まれたくて生まれたわけじゃない。
ああ、本当にこの世はクズばっかり。なんか無駄にイライラしてきた。こんなクズ共にイライラする必要なんかないのに。こいつらにそんな価値はない。
イライラを抑えるため、僕はブレザーを頭から被って本格的に寝ることにした。
「そういえばさっき並原、こっち睨んでたんだけど」
「えっ、怖い。私達何かしたかな」
自分達の声のデカさも分からないんだな。耳が腐ってるんじゃないか。いや、脳か。
「美友可愛いから狙われてるんじゃない? 結構美友のこと見てるよ、あいつ」
は? 言いたい放題言いやがって。その美友とかいうやつが一番甲高くて耳障りな声をしてるから重点的に睨んでるだけだ。
「え、嘘。私、根暗はちょっと……」
「あははっ! でも顔はなかなかかっこいいんじゃない?」
「えー、私あの顔苦手。しかも何か細いし白いもやしみたいでキモい」
おい、誰がもやしだ。
「あー分かるー。あと人馬鹿にしたような笑い方するのもムカつくよねー」
馬鹿にしたような、じゃなくて実際馬鹿にしてんだよ。それぐらい分かれ、クズ。
「それに顔が多少良くても会話成立しないのは問題でしょー」
「それもそっか」
僕だって人と会話ぐらい成立する。お前らとは会話をする必要がないからしないだけだ。
「並原はマジやめた方が良いよ。泥棒だし。あたし中学一緒だったから良く知ってるんだ」
「あーそれ聞いたことある! 小三の時、万引きして問題になったとか!」
「そうそう。それ以外にもクラスの子の財布からお金抜き出したりとかしてたらしいよ」
「えー、超怖いー」
「高校では今のところ大人しくしてるみたいだけど、盗み癖ってのは治らないだろうしね」
「うわ、気を付けないと」
何が……良く知ってる、だ。先程よりも激しいイライラが僕を襲う。寝つけそうにもないし、このまま教室にいるのは精神衛生上良くない気がしたので外の空気を吸いに行くことにした。僕が椅子から立ち上がると、噂話をしていた女子達がびくりと肩を震わせる。今度は誰にでも分かるようにきつく睨みつけると、ブレザーを羽織り、教室を後にした。
「ホントだ。私、見られてるっぽい」
「盗みのターゲットかもね。気を付けなよ」
そうやって、勝手に言っていれば良い。僕はお前らなんかに興味はない。お前らみたいなクズ共にはこれっぽっちも魅力を感じないのだから。