== 魔王の一日 ==
本文に書かれていることはすべてギャグです
実際するあらゆるものと関係ございません
はろー、皆さん。
愉快な魔王!元勇者様の登場だよ!
「おはよう、諸君!さっ!今日も勇者は絶望してるかなっ!?」
いい笑顔で朝一番の挨拶は元気一杯に。
そういう努力をする俺に向けられる視線は厳しいものが多いんだけど。
「コイツのこういうところは、魔族と遜色ないと思うのです、アクロス様」
「人間のクズですものね、ケノス様」
前魔王からの部下は相変わらずひどいことを平気でいう。今日紹介する新しい部下が彼らに感化されないことを祈ろうかな。
「おい、そこのお二人さん。堂々と悪口言うなよ、傷ついちゃうぞ」
「傷ついて魔界の端から飛び降りてくれませんかね?」
「おーっと!飛び降り自殺で有名且つ、空でも飛べない限り踏み外したら最後の魔界の端からだって?俺が強すぎて忘れたか?俺は人間だ!死んじゃうよ!」
「死ねばいいと思います」
「ひっどーい。俺の作戦成功したでしょ!勇者へぼへぼじゃん!」
そう、俺を倒せる唯一の存在、勇者セイロンは今のところレベル一桁の装備だけ一丁前野郎だ。イベントも少しはこなして仲間は増やしているようだが、新しく入る仲間とのレベル差が俺の作戦の成功を物語っているというもの!
俺は俺の作戦の成功を祝って、城に新しい部下を雇ったのだ。優秀で魔王に純情な子を。
「おほん。新しい僕のキミタルシア君です。ちょっとツンデレ入ってるけどいい子だよ!」
恥ずかしいのか中々前へ出ないキミタルシアの背中を押してやる。俺って優しい。
背中を押されてキミタルシアはやっとおずおずと名乗った。
「キミタルシア・ラ・ジューンです」
「ラ・ジューン?ラ・ジューンって、魔族の中でも貴族中の貴族じゃないですか。よく人間の魔王なんかのために城入りしましたね」
「………」
「あれ?」
どうしたんだろう、ケノスに反応しないよ、キミタルシア君。
あ、袖を引っ張られた。耳に口を寄せ、手で覆ってこそこそっと理由を告げてくる。
「ん?あーうんうん」
不思議そうにしているケノスを見ながら大げさに聞いてあげた。
要略すると、恥ずかしくてケノスやアクロスと会話が出来ないそうだ。ずっと雲の上の人だと思っていたのでいきなり対面するとそんな障害があるらしい。
「恥ずかしいってさー。三人でゆっくり話してみたら?ほら、俺は今日、偵察だしね!人間界の!昔の仲間にあって、現勇者の噂とか集めてくるね」
「あ、言ってらっしゃい。昔の仲間に討伐されないで下さいよ?ステータス的には魔王なんですから」
「腐っても俺の元仲間だよ!? そんなこと………………うん」
「なぜ否定なさらないのですか?」
「なんでもない。会う相手は選ぶよ」
「い、いってらっしゃいませ。魔王様」
「言ってきます、きみたるろす君」
「糞魔王!自分が連れてきた部下の名前間違うなよ!」
「ははーん、ごめーん」
そそくさと部屋を出て、とりあえず言葉通り人間界に向かおうかな。昔の仲間に会うのも悪くない。
それにしてもキミタルシア君とアクロスが仲良くできるといいんだけどなー。俺の勘だと、ツンデレなんて紹介は甘めだから。まっ、心配してもしょうがないかっ!
**********
「キミタルシア君?とりあえず座りなよ。席は自由だからさ」
「………」
ケノスはこの時点で隣のアクロスから黒いオーラを感じ取った。ヤバイと思いつつも無音の空間にするわけにはいかず、とりあえず新人のキミタルシアに声をかけ続ける。
が、全く反応が無い。名前しか情報が入ってこない。最終的にははっと笑いながら、キミタルシアに、ではなく部屋全体への意味で声量を上げる。
「えっと、なんか困っちゃうなーとか」
「話しかけるなよ、何だよ本当に。テメーらとか魔王様のお情けでいるだけじゃん。前魔王の時代は過ぎたってーの」
「え?」
アクロスではない。この声は誰だ。いや、ケノスでもアクロスでもない時点で一人しか居ないのだけれど。
ケノスがぽかんとしている間に声の主であるキミタルシアが言葉を続けていた。
「魔王様の前だから遠慮しただけだっつーに。ラ・ジューンの名前知っといて話しかけてくるとかなんなの?魔王様優しすぎるでしょ、こんな奴らまだこの城に置いとくなんて!」
「えっと、キミタルシア君?」
「気安く名前を呼ばないでよ!魔王様にしか許してないんだからさ!ラ・ジューン様なら呼んでもいいけど」
「あ、あ……うん」
ケノスが言葉を濁したのはアクロスが立ち上がったからだ。
新人教育に定評のあるアクロスが立ち上がったのなら、もうこの新人キャラをかなり修正されることだろう。実をいうとケノスの新人研修を受け持ったのもアクロスであり、その頃の記憶は数万年経つケノスにすらトラウマとして残っている。
「さ、キミタルシア。やりますよ」
「はぁ?おばさんがいきがんない……、で…………って?えっちょ、イヤァァァァァ!!」
「墓は立ててやるからなー」
出て行く二人を見送って、ケノスはアップルティーを口に流す。
「うん、美味しい」
目の前に三人分の仕事が残っていなければ、もっと美味しかったのかな。
そんなことを考えているとアップルティーに悲しい味が紛れ込んできたので、ケノスはお茶ぐらい無心で飲むことにした。
**********
人間界に降り立った魔王は、久しぶりの日光の御礼を受け、とりあえず上着を買った。
どうやら降り立った場所は中盤の街『ヒルズ』のようだ。勇者セイロンがいるリヴァリガイト帝国なので目立たないように行動する。
「この街にウィルという女性がいるときいたんですけど」
「ようこそ!観光客のための街、文明の最先端の街、『ヒルズ』へ!」
「ウィルいる?」
「ようこそ!」
「いや、ここ言うほど遊べないからね。ホテル街だからね?ウィルいる?」
「糞野郎さん、ようこそ、『ヒルズ』の街へ!」
「ひどいっ!!」
入り口のNPCに一番手間取ってしまったが、魔王もやっと街の中へ入った。
入ってすぐの酒屋に入り、やはり見かけた女性がそこにいるのを見つけて声をかける。
「よう、ウィル」
「あら?あららら?勇者様じゃない。いや、今は先代のがつくのよね。新人勇者セイロンの話、聞いたかしら?あなたの持つ剣を探しているそうよ。でもなぜかリバータウンのミーナは無視したみたいだけどね」
「あー、うん。その勇者セイロンの話なんだけどさ。もうちょっと詳しく知らない?俺ずっと魔界に篭ってて知らないんだわ」
「魔界?そうなの?まだ無駄にレベル上げしてるの?お金ないの?貸すわよ、勇者様?」
「諸事情がありまして。ミーナを無視したのは知ってる。あと船のイベント無視したんでしょ?んで、パワー系が仲間に増えたってのも知ってる。知りたいのは噂とか、人うけ?そのそこらへんの話」
「んー、そうね。いい子だとは聞いてるけど。噂なんていくらでも良くなるものでしょ?会ったわけじゃないからわからないわ」
「そっかー」
あははははーと笑って魔王は席を離れた。
酒屋を出て汗が一気にあふれ出る。魔王はウィルが苦手だ。害はないのだが、とても苦手だ。隠していることがいつの間にかばれて、周りに広められる。今回ばかりはそれを避けたいのでさっさと逃げてきた。
「あー、勇者の宿命が終わっても、俺人間界楽しくないわー」
とまぁ、呟いてみる。
コレが魔王になった理由でもあるのだから、どんなことで人生変わるかわかったもんじゃないな、と魔王は頷いた。