はじめての
何故だろう。私の言葉に苦悩している姿は普通の人のようで、先ほど私に恐怖を与えたような人には見えない。けど、相手の要求、ここに匿うという要求は、そう簡単に鵜呑みにできない。自分の生死を危ぶむほどの恐怖を与えられたからという理由もあるけれど、それだけじゃない。相手の性別が『男』だからだ。
友達でもない、よく知りもしない男と暮らすなんて、私には無理だ。
男女が1つ屋根の下に住んで、何も起こらない、なんて断言できるだろうか。いや、できないと思う。
「じゃあ、どうすれば、ここに匿うというのだ。」
どこか力なく肩を落としたまま、魔王(仮にそう呼ばせてもらう)は私に尋ねた。
ここで、私は1つの疑問が沸いた。だが、その疑問の答えをあえて尋ねはせずに、魔王の問いにのみ答えた。
「男の人と、一緒に住むなんてできない。」
どう考えても、魔王と住んで得な点が思いつかないし、自分の身が危険にさらされる可能性が少しでもあるのならば、その危険は排除したい。
私が即座にそう返すと、魔王は目を閉じて、一度胸元で自分の拳を握りしめた。一瞬、殴られるのかもしれないという考えが頭をよぎるが、違った。
何かを我慢するように少し俯き、拳をぶるぶるとふるわせた。肩もぷるぷると震え、私に聞こえない程度の声で何かを呟いている。
何を言っているのかと思い、恐怖も忘れて魔王の方にそっと歩み寄ると、途端、魔王が顔をあげた。
至近距離で顔を見合わせれば、紅玉のように赤い瞳と視線があう。
魔王はすぐに私から目線を外すと、ものすごく嫌そうに口元を歪めて何かを呟いた。あまりに小さくて、何を言っているのかすらわからない。
「え?何…?聞こえない。」
私が尋ねると、魔王はものすごく言いたくなさそうに口をへの字に曲げ、またもやぷるぷると震えると、今度は私の方をキっと睨んで言った。本当に、心底言いたくない事なのか、顔が必死すぎて真っ赤になっている。その様がなんだか可愛く見えて、睨まれても怖いと感じない。
「ここに…居させて……く…れ。」
それが、プライドを崩してまでした、魔王にとってはじめての『命令』ではない『お願い』というものだったらしいが、この時の私には知る由もなかった。
なんというか、魔王の様子から、ものすごく言いたくないのを必死にこらえて言っているのがありありと分かったから、私は少し困って返事に戸惑った。
少し、ほんの少しではあるけれど、情が沸いてしまった。
すぐには返事が出来ず、よくよく考えて答える為に、返事は保留とした。
今は夜も遅いし、明日の仕込みの時間を考えると、もう寝たいのだ。
「とりあえず、返事は明日する。上の階に使ってない部屋があるから、とりあえず一泊はさせてあげる。」
私の言葉に希望を持ったのか、魔王(もう一度言うが、あくまでも仮だ)は目を見開き、ばっと私と視線を合わせた。だが私は、一応これだけは言っておきたいと、条件はつけた。
「私が呼ぶまで、絶対に部屋から出ないこと。じゃないと、家で匿うという話は即座になくなるからね。」
「あ、あぁ…わかった。約束しよう。」
魔王は、素直に私の言葉に従う返事をした。私は、それがとても不思議だった。
なぜ、この家じゃないといけないのか。
なぜ必死に、この家に居たがるのか。
お願いしてまで、ここに居ることに意固地になるのか。
わからない疑問に首をかしげながらも、とりあえず上の階に案内しようとすると、魔王はこう言った。
「おまえのような、貧乳の娘に手は出さないから、安心しろ。」
余計なひと言に、私は持っていた箒で、魔王の頭を殴りたくなった。
なぜ家にいたがるのか、理由がわかるのは次…ですかね。