だんまり蝉とかしまし蛍
(君の指は、魔法のステッキみたいだ)
千変万化、軽やかに艶やかに君が奏でる、三味線の音色が大好きだった。
音楽。学校で習うおさわり程度の知識だけで、奥ゆかしい和楽だなんてなんにもわかっちゃいない私は、何時だって部屋の隅の椅子の上に体育座りになって、君の奏でる小唄を聴くのが日課だった。
彼は、三味線とニコイチ(だと思っていた)の撥を使わなかったので、端唄などは弾かなかった。
それでも、細い指先がさらさら滑る様は本当に魅力的で。その優しい音色にあわせて口ずさまれる、君の歌声に充たされている狭い防音室は、まるで胎内のよう。
浅い微睡みの中で聴いた君の歌声は、かつて羊水の中で聴いた心臓の音と同じだったと思う。
(ここはまるで君の体内みたいだね)
いつか、私がそう言った。
彼はきょとんと長い睫毛を瞬かせたあと、少しばかり困った表情で、
(まさか)
短く返し、目を伏せてしまった。
――あのとき彼が見せた×××××な表情の意味を、そのときの私は全く理解することができなかった。
彼もそれ以上何も語らなかった。
緩やかに穏やかに流れていた、あの時間。あれは永遠の唄のように感じられたけど、胎児があの居心地のいい胎内を引きずり出され、ささくれ立ったこの世に晒されるように私たちの終焉もまた、当たり前のようにやってきた。
もう、あの閉ざされた君の音色が満たしていた防音室に、私は戻れない。君によって、この世に生み出されてしまったから。
(さよならさよならさよなら)
声なき声で歌っている、聞えるはずのない君の歌声を聞いた。
でもね、あの最後の日に、たしかに私は聴いたんだよ。
(おわりの、おと)
(The good-bye even as for when suddenly……)