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呪詛流し・4

 部屋を暗くしたまま、彰吾はじっとソファにぼんやりと座っている。

 ただテーブルの上に一本の蝋燭が置かれ火が灯っている。

 すでに深夜2時を回っている。

(全てはまだ終わっていない)

 彰吾にはまだ気になることがあった。それはあの夜、十文字忠明の『思念』が感じられなかった事だ。もしあの時十文字忠明が邪魔をすれば、どうなっていたかはわからない。

 まだ十文字忠明の『思念』はこの世をさ迷っているはずだ。

 彰吾はテーブルの上に置かれた蝋燭を睨んだ。

(来た)

 ふわりと空気が揺れ、蝋燭の炎が吹き消された。彰吾はじっとその奥の闇を見つめた。

「十文字忠明だな?」

 その暗闇にほんのりと白い人影が現れる。狩衣に身を包んだその男は髪を長くおろし、透き通った瞳で彰吾を見つめた。

「あの女の『怨念』を浄化させたか」

「浄化したわけじゃない。彼女に復讐をたてさせてやっただけだ」

「それで呪いが消えると? 無駄なことを」

「無駄だと?」

「一度生まれた呪いは決して消えることはない。人から人へ流れ行く。人間というのは『呪い』を連鎖させる最も効率の良い媒体なのだ」

「何を言ってるんだ?」

「いずれわかる」

 十文字忠明は低く小さく笑った。「誰が死のうとほうっておけばいいものを」

「おまえこそあの女に力を貸し、呪いを遂げさせようとしていたじゃないか」

「あの女は私の屋敷で殺された。ちと哀れに感じてな。わずかばかり力を貸しただけだ」

「あの時、おまえが邪魔をしに現れるものと思っていた」

「君は私と戦うことを期待していたのか? 何よりも君はあの女の怨念をただ浄化させようとはしなかったではないか。もし、そうしていれば邪魔したかもしれないな」

 嘲るように十文字忠明は笑った。

「おまえの思い通りにさせたわけじゃない」

「強気だな。一緒にいたあの少女の力を借りれば私に勝てるとでも? 生憎だな。私は君と戦うつもりなどないよ」

「この前は僕に攻撃を仕掛けたじゃないか」

「それも勘違いだ。私の力をあの女が使ったに過ぎない。私が本気で攻撃を仕掛けていたとしたら、君は生きてはいない。そのくらい君だってわかっているだろう? それに私は君を気に入っている。君はあの女に復讐を遂げさせてくれるのだ。邪魔をするはずがないだろう」

「純粋にあの女のために力を貸していたというのか? 嘘だ……だとすれば今まで死んだ人たちをどう説明するんだ? おまえの力があれば、無関係な人を殺さずに済んだはずだ。だが、おまえはそうはしなかった。おまえは女に力を貸すようなふりをしながら、殺しを楽しんでいたじゃないか」

「確かに私が導いてやれば、初めからあの男を殺すことは出来ただろうな」

「おまえはなぜこの世に留まり続けているんだ? この世に対する復讐か?」

 すると十文字忠明は口のなかで笑った。

「この私がそんなつまらないこと考えるものか」

「ならばなぜだ?」

「理由か? 別に理由などはない。強いて言えば、私がこの世に生を受けたその意味を知りたいと言ったところかな」

「何?」

「霊能力者として生まれ、私はこの国のために働いた。だが、その結果私を待っていたものは裏切りだった……なぜ私は生まれてきたのだ? 君も私と同じだろ?」

 彰吾は言葉に詰まった。

 十文字忠明は彰吾の心を覗くかのように、その深い眼差しで彰吾を見つめた。

「君もまたこの世に対する疑念を持っているのだろ? いや……君の場合ははっきりとした憎しみか? この世に生まれたことに対する憎しみ。人間というどうしようもない存在に対する諦めにも似た憎しみ。そして、己に対する憎しみ」

「よせ! 僕は人間を憎んでいるわけじゃない!」

「ああ、確かに人間を憎んでいるのとは違うだろう。君は己の力を憎んでいる。強い力はより強い不幸を招く。両親を亡くしたことも、全て自分のせいだと思っているようじゃないか」

「きさま――」彰吾はきつく唇を噛んだ。

「我らはいつも時代のために生き、時代に消し去られる。他にも歴史から消された霊能力者は他にも多い。私の師、役小角もその一人」

「役小角がおまえの師だと……? 役小角はおまえとは生きた時が違うじゃないか」

「時? 私の師にそんなものは関係ない……おまえも私の師に似た『気』を持っているな。ひょっとしておまえも……」

 そう言って十文字忠明は言葉を切った。

「何? それはどういう意味なんだ? 役小角とは何者なんだ? 僕のこの力にも関係があるというのか?」

「まあ良い……いずれおまえも時がくればその力の意味を知るだろう。そして、その答えに絶望する」

 十文字忠明の『気』が薄れていく。「おまえもこの世の中から裏切られぬようくれぐれも気をつけるがいい」

 十文字忠明の笑い声が聞こえた。

「待て……待ってくれ!」

 彰吾は立ち上がった。次の瞬間、テーブルの上の蝋燭に再び火が灯る。

 彰吾はそのままぼんやりと外に広がる暗闇を見つめるしかなかった。


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