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陰陽師・1

 あれからすでに三日が過ぎている。

 未だに彰吾の意識は戻らないまま、ずっと眠り続けている。

 あの日、香月は彰吾を自分のマンションに運び込むと、ほとんど眠ることなくずっと彰吾に付き添っていた。呪術については何の知識もないが、念を込める事で彰吾を助ける事は出来るはずだ。そう信じて香月はずっと彰吾に念を送り込み続けている。

(死なないで)

 香月にとっても彰吾は何よりもかけがえのない存在だった。

 今の自分があるのは彰吾の存在があったからだ。

 事故で右足が動かなくなった時、香月は決して人には言わなかったが、その心のなかは劣等感でいっぱいになっていた。他人にはない『力』、そして走る事出来ない足。その凍り付いていた心を解きほぐしてくれたのが彰吾だった。もし、彰吾が傍にいてくれなければ、今でも心のなかに劣等感を抱えたままで、こっそりと陰に隠れて生きていたかもしれない。

 『力』についても、いろいろ教えてくれたのも彰吾だった。幼い頃から自分の『力』に脅えていた香月は彰吾の存在があるからこそ安心して生きてくることが出来たといっても過言ではないだろう。

 涙が溢れてくるのをぐっと堪える。

 泣いてる暇などない。今、自分の持つ全ての力を、彰吾を護る力に変えなければ……。

 陰陽道の奥義に『泰山府君祭』というものがあると彰吾から聞いたことがある。死にかかっている人間の命を延命したり、死んだ人間を再び生き返らせるものだという。

(こんなことなら私も呪術を教えてもらっておけばよかった……)

 彰吾は決して香月に呪術を教えようとはしなかった。呪術を扱うには非常に大きな危険を伴うもので、うかつに使うようなことをすればそれは呪術を使った者の命にかかわるというのがその理由だった。事実、彰吾は学生の頃、何度も原因不明の高熱に襲われ生死の境をさ迷った事がある。そのつど、香月は彰吾のことを思い、神に祈ったものだ。

 いずれにしても今になってそんなことを考えたところでどうしようもないことはわかっている。今は自分に出来る事を全力でやるしかない。

(私が護ってみせる)

 ピクリと彰吾の指が動いた。

(彰ちゃん!)

 強い想いをこめ、香月は彰吾の手を握り締めた。


   *   *   *


 意識は深い闇の中に沈みこんでいる。

 まるで漆黒の闇が身体にねっとりと絡みつく。

(ここは……どこだ?)

 彰吾はゆっくりと身体を動かそうと試みた。

 身体が重い。自分がどこにいるのか、何者なのかもわからない。

 ズキリ……ズキリと胸が痛む。

 彰吾はその深い闇をじっと見つめた。

 ぼんやりと遠くに光が見える。その光が次第に大きくなっていく。

(あれは?)

 渋滞の中に若い夫婦が車に乗っているのが見える。どこか街並みが古臭い。

 十年? いや、二十年も前の街並みだ。だが、この街並みは見たことがある。消防署、その向かいに警察署が、そして向こうには小学校が見える。

 そう……あれは生まれ育った街。

 そして、車に乗っているのは――

(父さん……母さん!)

 ゆっくり、ゆっくりと車が進んでいく。やがて、その右脇に解体工事をしている大きなビルが現れる。

(……まさか……あのビルは……)

 そうだ。この光景は以前に一度見たことがある。あの時もまた夢のなかだった。そして、目覚めた時、両親の死を知った。

(逃げて……逃げて……)

 ビルの壁に小さなひび割れが見える。小さなひび割れ、だが、次第にそれは大きく広がっていく。

 そこには大きな『気』が感じる。

(悪意。そこにあるのは底なしの悪意だ)

 彰吾は必死に目をそらそうとした。それでもその光景は頭のなかに直接飛び込んでくる。

(助けてくれ……助けてくれ……助けてくれ)

 大きな黒い闇。そこにはそれがある。いや、それは自分の周りにこそ存在しているのかもしれない。

 大きな力。大きな不幸。人間を超えたブラックホール。

――それがおまえだ。

 その声が頭の中に響き渡る。

 ビルが崩れてくる。


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