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プロローグ

 ザクリ……ザクリ……

 土を掻きだす音が暗闇のなかで響いている。そして、涙に濡れた悲鳴に近い声。

「ちくしょう……ちくしょう……」

 女は血で染まった手で必死になって土を掻き出そうとしていた。

 辺りは真っ暗闇で、そこにはわずかな光すら存在してない。あまりの深い闇に方向感覚も失われてしまっている。

 闇に囲まれていることに対する恐怖などない。もともと目は不自由だった。それでも、ここに広がる闇はただの闇ではない。死へ繋がる闇。それは目が不自由だからこそ余計に強く感じる事が出来る。ここはプンプンと死の匂いがしている。さらに死者の念が強く感じられる。土を掘れば掘るだけ、そこにゴツゴツとしたものが転がり出てくる。

 人骨だ。

 女は手に触れる感覚でそれが何であるかに気づいていた。

――以前、この屋敷に住んでいた男は気が狂って、使用人たちを次々と猟銃で撃ち殺したんだそうです。

 あの男の言葉が思い出される。あれはきっと嘘などではない。ここでは何十人もの人が死んでいる。いや、もっと多いかもしれない。女は本能的にそれを感じ取っていた。土の湿りのなかには血が混じっているだろう。この泥のなかにはきっと人の肉片が混じっているに違いない。それでも女は懸命に固く、湿った土を削った。気持ち悪いなどと言っていられる余裕はない。

 だが、防空壕の入り口は岩と土で固められ、たった一人の力ではとても抜け出すための穴など掘ることは出来ないように思われた。それでも女は手を休めない。

(嫌だ……このままこんなところで死ぬのは嫌だ)

 ただ、座して死を待つような気持ちにはとてもなれなかった。

 叫んだところで地表に届くことはないだろう。もし届くことがあったとしても、そこは誰もいない無人の屋敷の裏庭だ。助けが来る可能性などありはしない。携帯電話は壊れてしまったのか、バッテリーがなくなってしまったのかはわからないがまったく使い物にはならない。もし、電源が入ったとしても圏内である可能性は低いだろう。

 しだいに空気が薄れてきている。それは女もわかっていた。そして、自分の力だけではとてもここから抜け出す事が出来ない事も理解している。だが、それを認めたくなかった。その先にあるのは確実な『死』。絶望に心を蝕まれながら死ぬのは嫌だった。

 暗闇のなかで何かぐにゃりとした柔らかい感覚のものに触れた。

 女は一瞬その感触にはっとして手を引っ込めたが、すぐに夢中でその周辺を掘った。やがて、女の手のなかに一つの塊が現れた。女はそっとその柔らかな部分を探った。

 それはすでに冷たくなった男の体だった。顔の輪郭でそれがこの世のなかでもっとも愛した男の果ての姿であることを知ることが出来る。もう二度とその暖かな温もりを感じることは出来ないのだ。

「ちきしょう!」

 思わず女は叫んだ。

 この土のなかにはもう一人、女にとってかけがえのない兄の身体が埋まっているはずだ。きっと生きてはいないだろう。それでもこの土のなかから掘り出してあげたい。だが、すでに指先は限界だった。いつもあでやかに飾った爪は、醜く割れ、その指からは血が滲み出ている。すでに指先からは感覚がなくなっている。

(許さない!)

 一人の男のことを思った。自分や愛する男をこんな状況に追い込んだあの男。

(ヤマザキカツミ)

 その名前を頭のなかで繰り返した。

 『死』が間近に来ている。


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