婚約者が聖女の妹に乗り換えると言った結果、ふたりとも戦地送りになりました
妹はめちゃくちゃ我儘だ。
一度決めたら絶対に自分の意見を押し通すタイプだ。
だから今回も「シルヴァお姉さま、ゴルド様と婚約解消してよ! アタシがゴルド様と婚約するんだから!」と言い出して、私がどれだけ反対しても聞かなかった。
もはや、彼女に「姉の言う事を聞く」という選択肢はないのだろう。
「フフン、そういうことだ。僕はシルヴァとの婚約を解消し、新たにラティナと婚約をする」
私の婚約者、いや元婚約者のゴルドは思い切り鼻の下を伸ばしながら言った。
気持ちは分かる。
大柄で薄い顔の私に対し、妹のラティナは小動物のように小柄で、目がくりくりとしている。男の庇護欲を刺激するタイプだ。そんな可愛い娘に腕を組まれたら、ほとんどの男は鼻の下を伸ばすだろう。
「そんなこと言わないでよ、ゴルド! 妹は聖女なのよ? 聖女と婚約するってどういうことか分かってる? 考え直して!」
妹は生まれた時から不思議な力を持っていて、それを聞きつけた国から聖女に認定されている。
私が懇願するように言うと、ゴルドは面倒くさそうにフンと鼻を鳴らした。
「もちろん、聖女と婚約することがどういうことかは分かっているさ。彼女のパートナーとして王族と謁見することもあるだろうし、今までのように気楽には暮らせないだろう。これで僕も上流の仲間入りだ。シルヴァには申し訳ないが、か弱いラティナには僕のようなパートナーが必要なんだ」
「そうよ、シルヴァお姉さま! アタシってば聖女だから、国から早く婚約するようにってずっと言われていて……でもなかなかお相手が見つからなくて困ってたところに、ゴルド様が申し出てくれたの!」
ラティナは先ほどよりも力をこめて、ゴルドの腕にぎゅうっとしがみついた。
もうこうなったら誰にも二人を引き離せないだろう。
だって、妹は自分の意見を絶対に押し通すタイプなのだから。
「……わかったわ。ゴルド、ラティナをよろしくね。あと、王族や騎士団長と謁見する時には失礼のないようにね」
「言われなくても分かっているさ! 聖女と婚約すれば、国から支度金が支給される。それがあれば服だって上等なものを一通り揃えられるし、自宅だって建て直せる! それこそ、王族をお招きできる程の屋敷だって建てられるかもしれない! ハハハ、楽しみだ!」
◇
「支度金で自宅を建て直すのが楽しみだ!」と高笑いしていた時が、ゴルドを見た最後になってしまった。
彼は聖女であるラティナと共に、魔族と戦争をしている最前線に送り込まれて、そこで戦死した。
かなりむごい死に方をして、遺体はとてもじゃないけれどこちらまで運ぶことができないほどに傷み、彼の遺髪のみが実家の遺族に届けられたという。
だから私は、ゴルドがラティナと婚約するのに反対したのだ。
聖女の婚約者や配偶者は、聖女を守る聖騎士として戦地の最前線に送り込まれるなど常識じゃないか。聖女とそのパートナーには、平時なら名誉とそれなりの金が与えられる。でも国の非常時には命を懸けなければならない。
ここ最近、敵対している魔族の動きが怪しいという噂はかなり広まっていた。
ラティナが聖女として、遠くない未来で戦地送りになるのは目に見えていた。
我が家もゴルドの家も男爵家だ。特にゴルドの実家は正直に言って貧乏貴族の部類だから、聖女とそのパートナーに与えられる保証金に目がくらんだのだろう。
でもそれは、命の対価なのだ。
死亡率の高い聖女には、国からかなりの額の育成費が支払われる。そうでもしないと、若いうちに死亡する可能性の高い娘など、放り出してしまう家もあるからだ。
そして聖女が婚約すれば本人と婚約者に支度金が、ひとたび出征となれば彼らに高額な給料が支払われる。
もし怪我をすれば手厚い療養費が、死亡すれば遺族が生活に困らないように莫大な見舞金が支払われる。
聖女の聖なる力は、欠損した手足を再生させるほどの力を持つため、戦地で重用される。しかし、最前線で騎士団とともに戦わねばならないため死亡率も高い。
だからこそ、国からは命の対価として手厚く金が支払われるのだ。
このあたりの話は学生時代に習うはずだが、ゴルドはどこまで理解していたのだろうか。
理解はしていたがラティナの美しさの前では自分の命など取るに足らないものだったのか。それとも、全く理解していなかったのか。おそらく後者だ。
◇
「シルヴァお姉さま、ただいま」
ゴルドとラティナの婚約成立から半年後、ラティナは戦地から自宅へと戻って来た。長かった自慢のブロンドヘアは、まるで少年のように耳のあたりで切りそろえられ、おまけに目元を負傷したのか眼帯をしている。
「はぁ、やっぱ聖女って大変よね。シルヴァお姉さまには分からないと思うけど。髪の毛のお手入れも頑張ってたのに、敵の攻撃をくらったときにゴルド様と一緒にアタシの髪の大半が溶けちゃったの! 人の手足を再生させることはできるけど、自分の髪を再生させる魔法は知らないもの。これでもだいぶ伸びたんだけどね」
ラティナはため息交じりにそう言うと、ソファにぐったりと腰かけた。
「ゴルドのことは……残念だったわね」
「あーアイツね。いいの、いいの。お姉さまと婚約してる時から浮気三昧だったし、お金にもだらしなかったじゃない。だからこそ戦地に連れてったのよ。お姉さまにはもっと似合いの男性がいるわ。だって、アタシのお姉さまは世界一だもの」
ラティナは上目遣いでニッコリと微笑む。
正直に言って、ラティナは強烈なシスコンだ。だからこそ、私がゴルドからぞんざいに扱われているのが許せなかったらしい。
「お姉さまをぞんざいに扱う男なんて生きてる価値ないわよ。まあでも、国のために死ぬんだったらちょっとは価値があるんじゃない?」
ラティナはそう言ってゴルドと婚約したのだ。最初から、ゴルドが戦死する可能性が高いのを分かった上で。
「だからゴルドがラティナと婚約するのには反対だったのよ。どうせラティナはゴルドのことをロクに守らないだろうし」
「あら、お姉さま、それは誤解よ! アタシはゴルド様ができるだけ長くストレスを感じるように、もっと長い期間戦ってほしかったのよ。それが敵の奇襲を受けた際にあっけなく死んじゃったの。そうね、前線についてから一か月も経っていなかったかしら」
「ゴルドの最期はどうだったの?」
「救護テントで負傷兵の治療に当たってるときに、テントごと燃やされたのよ。炎を吐くタイプの飛翔型魔獣と、酸を吐くタイプの魔獣の併せ技で、それは大変だったのよ。ゴルド様の半身とアタシの髪が一瞬にして酸で溶かされちゃってさ。あ、ゴルド様の救命が間に合わなかったのはわざとじゃないからね。いくらアタシでも死んだ人間を蘇生させるのは不可能よ」
「ラティナも大変だったのね」
ラティナの婚約者が死ぬのは、これで二回目だ。ふたりとも彼女とともに戦地に赴き、戦死している。だからこそラティナは婚約が決まりにくかったし、これからもなかなか婚約できないだろう。
「別にゴルド様に思い入れとかないし、いいの。それにアタシは国から聖女に認定された時から、もう幸せな結婚なんて諦めてる。その代わり、お姉さまがステキな殿方とくっついてくれたら、アタシ嬉しいな」
「おかげさまで、聖女ラティナと義理の家族になりたがる家は多いのよ。私にいくつか婚約の打診がきてる。今度こそ幸せになるために、相手はじっくり選ぼうと思うの」
「うんうん、それがいいわ! もし婚約者が決まったら、アタシに一番に相談してよね! もしお姉さまに相応しくない男だったら、聖女の聖騎士にして戦地に連れてっちゃうんだから」
そういって笑うラティナは頼もしいようで、少し恐ろしい。
彼女にとっては私が一番で、男はどうでもいい存在らしい。
「ところでラティナ、あなた眼帯してるけど、目を怪我したの?」
「ああコレ? ゴルド様が死んだときに、私も髪だけじゃなくて片目も失ったのよ。自分で自分の欠損部分を再生することはできないから、他の聖女に頼まないといけないの。だから治療も兼ねて、聖女が常駐してる教会に近い自宅に戻ってきたんだ。お姉さまにも会いたかったしね! 治療のためにしばらく前線には戻らないって言ってるから、しばらく一緒にいられるね!」
妹はめちゃくちゃ我儘だ。
一度決めたら絶対に自分の意見を押し通すタイプだ。
片目を失ったことを理由に、しばらく自宅に滞在するつもりだろう。
騎士団がどれだけ懇願しようと、自分の気が済むまでは戦地に戻らないだろう。
でも、私もかわいい妹が心配だから、しばらく自宅でゆっくりしてくれると嬉しい。
彼女が再び戦地に戻るまで、ラティナの我儘をいっぱい聞いてあげよう。




