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短編集  作者: ふわゆ-
7/11

放課後の屋上3~校舎の上のダザイズム~【青春】



放課後の屋上の出入り口の上に、給水タンクがあって…

少女が一人立っていた。


少女は美しい立ち姿で凛と背筋を伸ばし、手を大きく横に広げ、細く尖ったアゴを軽くあげて、瞳を閉じ、給水塔のコンクリーの縁ギリギリに立っ…… って、オイ!


「早まるなあぁぁぁああ!」


オレは声を荒げて、ブレザー姿の少女の腰に抱きつき、必死に押さえた。


「え! ……うわっ」


ビクッとして、振り返った彼女は、驚いた顔つきで開口一番、こう言った。


「だ、誰?」



そう自己紹介が遅れていた。僕の名前は、太宰おさむ。この学校に半年前に赴任して美術の教師をしている。美術教師は目立たない存在だから、僕のことを知らない生徒も多い。そして仕事が少ないのをいいことに余計な雑用を押し付けられたりもしている。今も、放課後の見周りに屋上に訪れて……って。そんなことより。自殺しちゃダメだ!



「は?」


僕の叫びに彼女は一瞬きょとんとして、次の瞬間声を上げ、カラカラと笑った。


「な~んだ。そんなことか」


「そんなことって、なんだ。第一ここは立ち入り禁止だぞ!」


「必死ですね~ ていうか鍵開いてたし」


「鍵が開いてたら入っていいのか? じゃあアレか、目の前でおばあさんが倒れたら拾って交番に届けるのか?」


「……」


「……?」


「いや、慌てすぎですよ! 家の玄関が開きっぱなしだったからって泥棒に入ってもいいのか? でしょ」


「そ、その通りだ…… で、いいのか?」


「いや、良くないんじゃないですか。でも開きっぱなしのドアには、たぶんアヤシ過ぎて、入らないんじゃないかな基本」


「そ、そうか。じゃ、入るな」


「は~い」


そう素直に言いうと少女は、再び給水塔の縁ギリギリに立って両手を広げた。


「だから止めろって!」


僕が声を荒げると少女は

「大丈夫だよ先生。飛び降りたりしないから。こうしてると風が気持ちいいんだ。ほら先生もやってみなよ!」


そう言って少女は僕の手を取り、屋上の縁に引き寄せた。


僕は少女の隣に立ち。コンクリーの縁ギリギリで背筋を伸ばし両手を広げた。


「……ホントだ! 気持ちいい」


校舎の中庭から吹き上げる風が柔らかく僕の脇をすり抜けていく。


「でしょ? わかるでしょ、この感じ」


「ああ」


僕は曖昧に返事をし、再びその感覚を味わう。


「私の名前は、沢下恵梨香。新体操部のキャプテンなのよ。知ってた?」


「……ゴメン」


「私もまだまだだなあ、インターハイで個人3位に入賞したのに、同じ学校の中に私のこと知らない人がいるなんて」


「……いや、僕はあまり、そういうことには疎い方なんで……」


「うん。そうみたいですね」


立ち直りが早い。


僕は再び、屋上の縁から吹き上げる風を受ける感覚を味わう。


「あ、先生。素人は目を閉じない方がいいよ。バランス感覚崩して落ちちゃうかもしれないから」


僕はドキッとして、下を見下ろす。4階建ての校舎の屋上。落ちたらまず即死だろう。



「で、その新体操部のキャプテンが、こんなところで何をしてるの? 今は中間テストで、部活ないだろ?」


「そ、練習はお休み。でもね、先生……」恵梨香はそう言うと、僕の顔を見つめた。


彼女の顔は奇跡のように整っていて、美しかった。シンメトリー構造ってわかるかな? ……とにかくパーツパーツがバランスよく整っていて、絵に書き易い顔立ちだった。今風に言うとクールビューティー ……かな?


「でね、先生。新体操ってね、美を競う競技じゃない? 審判も人だし、観客も大勢いて、いつも沢山の視線に晒されているの……」


でも、絵に書き易いってことは、情念が伝わりにくいってことだ。表情に乏しいと言うか……


「そんなプレッシャーの中にいつもいるとね。たまには、こう開放的な世界に自分の身を晒しだしたい欲求に駆られるのよね」


ただ、そんな表情が一瞬崩れた感じを表現できれば…… 問題は構図とライティングか…… モチーフに小道具を使うと、意図が見透かされて俗っぽいし、やはり素材をシンプルに活かして……


「……先生?」


「……ん? ああ、プレッシャーからの開放だろ。でもな……」


「何?」


「君、スカートの丈短かくしてるだろ…… 誰かに下から覗かれたら、丸見えだよ」


僕の言葉に、恵梨香はふふ~んと鼻を鳴らし、おもむろにタータンチェックの制服スカートの裾を掴み、まくし上げた。露わになった白い太ももが目に飛び込んでくる。


「じゃ~ん」


若い女の子の生太もも、そしてその付け根には……

「ハ、ハーフパンツ?」


「何期待してたの、このスケベ!」


恵梨香は挑発的に僕の顔を覗きこむ。


「と、とにかくスカートを戻せ」


「恥ずかしがるんだ……先生なのに。でも、先生リアクションかわいいから、これ取って上げてもいいよ!」


「ば、ばかっ」


「え~い!」


そんな、僕の制止も聞かず。恵梨香は突然半パンに手を掛けずり下ろした。


「よ、よせ…… うわあぁぁぁぁああ」



「と言ってもその下は、レオタードで~す。う~ん……残念ね!」


そう言いながら恵梨香はかわいく舌を出した。


「びっくりさせるなよ、落っこちちゃうだろ」


と胸を撫で下ろしながら言った。


「今日はこのあとダンス教室に行ってレッスン受けるんだ。中間試験っていっても、わたしもう、推薦決まってるからねぇ」



    *



僕らはそんな風に、給水塔の上でひとときを過ごすと、はしごを伝って屋上に降りた。


「先生、先降りないでよ!」


僕が先に梯子を降りようとすると、と恵梨香が慌てて言ったので

「どうして?」と尋ねると。


「だって、下からスカートの中見えちゃうじゃん!」


「だってレオタードはいてるんだろ?」


「……」


と急にモジモジしだす。さっきまで、あんなにはしゃいでたのに。女の子って…… 不思議だ。



「で、まあ、あれだな、危ないから、もう登っちゃだめだよ」


「え~? だって気持ちいいのに……」


「ここはさ、金網張ってあって、普段立ち入り禁止になってるだろ」


「うん」


「どうしてか知ってる?」


「知らない。危ないからでしょ?」


「ま、そうなんだけど、実際、人が飛び降りたんだ」


「あ、聞いたことある。私が入学する何年か前だ」



「……そう。僕の同級生だったんだ」


「え? ……そ、そうだったんですか?」


「……うん」


放課後の屋上には傾いた日差しが、コンクリートの床面をオレンジ色に照らしていた。



「仲…… 良かったんですか?」


恵梨香がおそるおそる聞いてきた。


「う~ん。どうだろう。世間話はしたし、一緒に遊んだこともあるけど。仲良かったかどうかは…… 疑問だな」


「その人、なんで飛び降りたの?」


「なんでだろう? 直接聞いてみたら?」


「え? 生きてるの?」


「ああ、商店街の呉服屋の若旦那だよ。打ち所がよかったらしくてねー。一ヶ月ほど入院して、戻ってきたよ。あだ名はターミネーター」


「え? 笑うとこ。ソレ?」


「いや…… ホントの話。笑いにもっていかないと、辛かったんだよな、みんな」


「ふ~ん」


「でさ、そいつが言ったんだ。もう二度と、飛び降りないって」


「どうして?」


「あんな風に、のた打ち回って、苦しい思いをするのは二度とゴメンだ。だって…… 今度自殺するときは首吊りにしとくよ。ってさ」


「冗談…… なんだよね」


「ああ、そいつなりのね。でも、後から知ったんだけど、心理学では、死に方の願望ってのは、生き方の願望でもあるんだって……」


「ん?」


「これだけは……って限定すると、人は、自分の中に潜在的に隠れてる本性を晒してしまう。例えば、絶対これだけはなりたくない職業と、その理由を質問すると、その人が本当はやりたくて、でも自分じゃ気付いてない資質を答えてしまうんだ」


「ふーん。私はアナウンサーかな、なんか偉そうに喋ってるけど、原稿があって言わされてるだけだもの…… で?」


「あ、ああ…… で、死と生も、根源的に人間の同じ欲求から生じる行動だとしたら、こんな死に方はしたくないって質門には……」


「こんな風に、生きてみたかった…… って、ことか」


「そう。呉服屋なんて、流行らないのに、アイツは必死に営業回って頭下げて、必死に仕事してるよ。儲からないのにね……。でも、街で会った時、汗水流しながら充実した顔してた」


「へー」


「君だってそうだろ?」


「何が?」


「他人の視線にプレッシャーを感じながら。生きてることに充実感を感じてる」


「え?」


「じゃなきゃ、あんなところに立ったりしないよ」


「そう……かもね」


恵梨香は、その秀麗な顔を少し傾けて考え込むと。はっと目を開き。僕の背中を思いっきり平手で叩く。


「先生。いいこと言うねー」


「痛たたたた。そ、そうか?」


「先生は? こんな死に方だけはしたくないっての、ある?」


「うーん。そうだな。色々考えたけど。モルモットみたいに実験室に入れられて、何人かの科学者達に、ああだこうだ弄られながら死ぬのは……イヤだな」


「へー」


そう言いながら、恵梨香は透きとおった瞳で僕を見つめる。



「先生さ。美術の先生でしょ」


「そうだよ」


「自分で絵を書いたりもするの?」


「ま、たまにはね」


「じゃ、今度私が暇になったとき、絵のモデルさんになってあげるよ」


「え!?」


「うれしいでしょ?」


「ま、まあ、ありがたいといえば、そうだけど……」


「うれしいくせに。さっきも必死でわたしを止めたじゃない」


「必死で?」


「そう、必死で……」


そう言って恵梨香はまた、思いっきり僕の背中を平手で叩いてカラカラ笑った。


「痛たたたた。なんだよ? 教師を叩くなよ」


「は~い」



夕暮れの校舎の上で、少女の返事がひときわ甲高く、紫色に染まる空へと響いた。それは、とても透明な空気の中に……。



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