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Slow fish, waltz【ローファンタジー】
水族館の青い空間がただただ好きだった。その場所に来ると、こんな体験を空想する。
たとえば、青深い水槽の底を手をつないで歩く。二人の周囲を黄光色の魚達が彼らの聖域への侵入者を観察するように飛び交う。彼女の差し出した手のひらの餌に、魚達ははじめ警戒し、いつしか二人をまるごと包むように群がった。
歩き疲れれば、沈んだドラム缶をベンチ代わりにして腰を下ろした。上空に蒔いた餌を奪いあうように鮮原色の魚たちがくるくる舞う。辺りの岩に根づくイソギンチャクたちも潮流にゆらゆら会話していた。時間はゆっくりと流れる。
水の中での難点は、タバコを吸えないことと声が出せないことだった。握りあった手の平の、微妙な力の入れ加減だけが行き来する気持ち。やさしい静寂と水上からのやわらかな陽差しがドラム缶に座る二人に降り注ぐ。僕達は浄化されていく。