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短編集  作者: ふわゆ-
4/11

悲しみに言葉を【文学】

 今、この街で、僕は、孤独を、生きている。


 目覚ましが鳴り、ベルを止めて起き出すと、ぼんやりした頭のまま、洗面台で歯を磨く。

 顔を洗って、台所に行き、食パンをつまむと、口にくわえたまま冷蔵庫のとびらを開き、1リットルの牛乳パックを取り出す。横着に、立ったまま朝食を取りながらカーテンを開け放つと、早朝の薄明るい空は晴れ上がっていた。窓を開けて、朝の空気を取り込む。しかし春先といっても、まだ薄ら寒い。おだやかなれど冷たい風がほおを撫でる。


 僕は、朝のかたづけを終えると、学生服に着替えて家を出た。母の部屋は静まったままだ。昨日の帰りも遅かった。まだ、眠っているのだろう。


 通学路、影のようにうつむき加減で歩く僕に、誰も気付こうとしない。

 はしゃぎながら行きかう小学生たち、登校途中に友達と出会い、世間話をはじめる同級生達。社交的なあいさつを交し合う近所の大人たち。中学の灰色の正門の前に立つジャージ姿の体育教師。

 僕は下足箱から、薄汚れた上履きを取り出し、リノリウムの床に落とした。その音は僕の中でゴングのように響き、これからの僕の、圧倒的な他人の中での一日のはじまりを告げる。

 教室に飛び交うおしゃべりや、文科省の指針に沿って、はみださない教師の論説を耳に通り抜けさせながら、これから巻き起こる暴力、いや、すでに始まっている。無邪気な圧力のことを考えながら、重たく、鈍い時間を、窓際のあの席で、過ごすことになる。

 正直…… 苦しい。


 そして帰り道。高架の中を歩いていると、ちょうど真上を列車が通る。つんざくようなその響きは、殴られたわき腹の痛みを助長する。

 制服には乱れはない。あいつらも手馴れたもので、熟練の調理師のように僕の身の必要な部分だけをそぎ落とし、水槽に帰し、僕を泳がせる。

 プライドも心も、あいつらは自分にしか興味がない。ただの八つ当たりだ。

 でも、それでもまだ救われる。本当に怖いのは、弱っている人の心にストローを突き刺し、チューチュー吸い上げていくことを生業にしている連中だ。

「腐り掛けが一番、旨いのだ」と……


 昨日、父から手紙が届いた。日付はずいぶん前だ。検閲済みのハンコが押してある。

「今日の夕方。太陽柱の夕陽を見た。今年の網走の冬は、過ごし易い。夕陽を見ながら思う…… 一番悲しいのは私じゃない、と。」


 僕は、暗く静まった家の鍵を開けて、ドアノブをまわした。母親はすでに仕事に出かけていて靴はない。僕はその足で、二階にあがってベランダにのぼり、今朝干した洗濯物を取り込む。ベランダの桟からは隣町の団地群の隙間から、光が弱った薄い夕陽が雲間に隠れていくのが見えた。

 僕は乾いたバスタオルを折りたたみながら、ふいに泣きたくなる衝動を押さえた。

 僕だって考える。


 何も言わないし、誰にも助けを求めない。

 が、考える。

 僕は、この街で生きている。きっと孤独だ。




 でも苦しいが、悲しくはない。

 多分…… きっと。


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