辺境村の最初の診察
「この辺やたらと虫が多いな。登山道から少し離れた甲斐があった。」
足下では沢が静かに流れている。
「こういう湿気ているところは葉っぱの裏を見ると時々冬虫夏草があったりすんだよなぁ〜」
葉っぱの裏を次々とめくる。
チクッ。
指先に鋭い痛みが走った。
「痛っ」
反射的に腕を引っ込める。
葉に着いていた虫を見る
「なんだサシガメかよ。こいつに噛まれると指腫れるんだよな。最悪だよ。」
枝が折れる音がした。
その瞬間、周りにいた小鳥たちは一斉に飛びたつ。
嫌な予感がして、後ろを振り向いた。
そこに居たのは巨大なくまだった。
たしかに最近この辺で人喰いぐまが出たと噂になっていた。
「おいおい、嘘だろ。まさか人喰いくまさんに出会うなんて。」
クマスプレーを噴射する。だが意味はなかった。大きなくまの爪で切り裂かれ、俺は息絶えた。
誰かの呼びかけが聞こえる。
俺はびっくりして飛び起きる。
自分の身体を触り、確かめる
「生きてる!傷もない。でもたしかに俺は熊に殺されたはずだ。」
ふいに、優しく撫でるような女の声が聞こえた。
「やっとお目覚めになったのですね。毒島 樹様」
目の前に現れた女性はとても豊満な身体を持っていらっしゃる。それに背中から白鳥のような羽を生やしている。
「あんた、人間?どおして俺の名前を」
「私はムシエル。死人を異世界に転移させる天使です。」
異世界転移、まさか存在したとは。空想の世界にしかないと思っていた。
「転移か。どこに飛ばしてくれるんだ。」
「ヴェルディア王国です。では送りますね」
「え、ちょっと」
頭がグワングワンする。
気がつくと森の中に倒れ込んでいた。
ゆっくりと立ち上がり周りを見渡す。
見た感じ異世界と言うには植生は日本と酷似している。周りに生えている木はブナやケヤキだろう。
まず、遭難した時にする行動をしないとな。このままだと水分不足で死んでしまう。
「どおしたもんかな。持っているものと言えば、転移前に持っていたリュックだけだ。だが、ありがたいことに中身はそのままだ。」
リュックの中身を確認しサバイバルナイフを取り出し腰にかける。
「とりあえず沢でも探ないと。流れていない水溜まりは動物達のふん尿がたまっている可能性が高い。もし間違ってでも飲んでしまうと死に至る可能性がある。」
沢を探すために樹は森の中を探索する。少し歩くと1本の土の道に出た。
「しっかり手入れされた道だ。ここに残っている跡は馬車だろうか?」
道の先を見るとぽつぽつと家が見える。
木と石で作られたヨーロッパ風の小さな家々が寄り添うように並んでいる。
村の奥には、他よりも大きな建物が建っている。粗末だが、どこか屋敷のような作りをしている。
「…村か?」
道の脇には田畑が広がり、見慣れない服を着た人影が動いていた。
俺は理解した。ここはもう元いた世界ではないと。
村の方に進もうと思った時、後ろから少女に声をかけられた。
「珍しい格好だね。もしかしてグレン村に用があるの?」
好奇心を抑えられないような声だ。
質素だがどこか上品な服を着た少女だ。少女が持っている籠には植物が入っていた。中にはドクダミやオオバコ、ヨモギなどが入っていた。
「グレン村?あそこに見える村はそんな名前なのか。」
「そうヴェルディア王国辺境伯の村グレン村だよ。ところであなたはどこから来たの?」
「何処って言われてもなぁ難しいんだよな。信じ難いと思うけど違う星から転移されてきたんだ。」
「えっ⋯転移者!この国の伝承で聞いたことがある。100年に1度現れるっていう」
「へぇー過去にも転移者がいたんだ。その人は何をしたの?」
「詳しくは分からないんだけど本には、転移者は世界を変える知識を持つって書いてあったよ」
「世界を変える知識ねぇそれがあったら苦労しないんだろうなぁ」
そうこう話しているうちに村に着いていた。少女が合わせたい人がいるというのでついて行くとそこは村の奥に見えた屋敷だった。
応接室に通されソワソワしながら待っていると、中に大柄な男が入ってきた。肩幅は広く、クマのような体型をしている。だが目はとても穏やかだった。
「あなたが転移者ですか。エマから話を聞いた時は半信半疑でしたが、あなたの服を見て確信に変わりました。たしかに見た事のない格好をしている。」
舐めまわすように樹のことを見る。
「あぁすいません。そういや自己紹介がまだだった。私は辺境伯レオン・フェン・ヴェルナーと申します。」
「僕の名前は毒島 樹って言います。イツキって呼んでください。」
珍しい名前だと言わんばかりの目をしていた。
「あれでしたら部屋を用意しておきますぞ。自分の家のように使ってくだされ。何か必要なものがあれば用意致しますぞ。」
「えぇいいんですか!何から何まで。可能だったら薬を調剤できる場所はありますか?転移してから酔いが酷くて酔い止めを作りたいんです」
「薬師なのですか?」
「まぁ似たようなものです。」
レオンさんは顔を落とす。
「差し支えなければ妻のソフィアの容態を見てはいただけませんか。昨日から熱が出てまして。」
「いいですよ。でもその前に酔い止めの調薬だけやらせて頂いても」
「そうですな。エマお前が普段使っている実験室があるだろう。そこに案内してやれ」
「分かりました。お父様」
綺麗に手入れされた部屋だ。すり鉢や天秤、薬包紙など薬を調剤するのに必要な物が揃っている。
「やっぱり薬を作っていたのか籠に入っていたもの全部が薬草だったからね。」
「趣味程度しか出来ないけどね」
エマは少し照れたように笑った。
「それは僕も一緒だよ。ところでしょうがはある?」
エマはちょっと待ってくださいと言いパントリーからしょうがを取り出した。
しょうがの根茎を1から2gすりおろし、湯を注ぎしょうが湯を作り飲む。古典的だが酔い止めとしては優秀だ。
「そうだ。ソフィアさんのところに連れてってくれ。レオンさんとの約束があるからな」
エマのお母さんの部屋に連れ行って貰った。中ではレオンさんが心配そうに見つめていた。病人特有の匂いもする。
イツキはソフィアさんのおでこに手を当てた。
「高熱ですね。何かこの村で流行っている病などはありますか?」
「いや今は無いです。少し前まではペストが流行っていましたが。」
「他に訴えている症状はありますか?」
「倦怠感と、頭痛、吐き気があるらしいです。」
普通ならインフルエンザと思う症状だ。だが何か引っかかる。吐き気はインフルでは珍しい症状だ。吐き気を催すのなら喉の痛みも訴えるはず。この症状に当てはまる病気は一応インフル以外にもある。コロナやライム病だ。
「失礼します。」
腹部の服やふくらはぎあたりの服をめくる
「数日から数週間前に山に行きましたか?」
「はい、エマと薬草取りに出ていました。」
「腹部に赤い発疹があります。もうマダニは外れているらしいですが。これはライム病というマダニが原因の病気です。」
「それで妻は治るんですか」
「抗菌薬を作るのに最低でも1週間は要します。それで用意して欲しいものがあります。じゃがいもとカビたみかんをください」
実験室に戻りまずは薬草で解熱剤を作り飲んでもらう。そして用意してもらったじゃがいもで液体培地を作りみかんに付いているアオカビを培地に落とす。
アオカビを培養するのに1週間近くかかった。
その間、消化にいいものや利尿作用を促進させるためにお茶などを飲ました。
培養液をろ過し、ろ液を採取した。
これが青カビが作り出した。抗生物質ペニシリンだ。
ペニシリンを注射し数日経つとすっかり病気は治っていた。
「山や森などの草が生い茂る場所には長袖長ズボンで行くようにしてくださいね。あと少し遅ければ後遺症が残ったかもしれません」
「分かりました。」
「ところでこの村に医者はいないんですか?」
「一応居るにはいますが。今は王都の方に里帰りしていまして」
勢いよく扉が開くレオンさんが中に入ってきた。
「良かった治って。イツキ殿は命の恩人です。」
「いやいやそんなことないです。部屋も貸して頂いてますし」
「あぁそうそう最近村の方で吸血鬼が出るという噂が出回ってまして。」
「吸血鬼?そんなものがこの世界にいるんですか。」
「いえ、実物は見たことは私もないです。噂としては何回か聞いたことがありますけど」




