タケノコ林に人が来る
「まぁ…ぱっと見でも綺麗にしてるし?他から来た人から見たら少し休むにはちょうど良いんかねぇ」
とにかく己が頭上にぶら下がっている花嫁衣裳なご遺体様をこのまま放置出来ないと思い直して、地元所轄の駐在役人であるアルトゥールさんへ
「うちの敷地内にて変死者が出た」
と伝える為の使いの準備を始めつつも
「何回目になるかなぁ…コレぇ」
残念な事を言えば実は私が所有するこの竹林にて余所から来た人が亡くなったのはこれが初めてではない、流石に花嫁様は初めてだけど
「はぁ~面倒くさいぃ~」
だからこそ私は溜め息を吐きながら文句めいたボヤキを口にするしかないわけで
「確かに綺麗に整備してるよ?だからこそ許可なくうちの土地なんだから勝手に入らないで欲しいのにさぁ~」
一応人間として常識的に人の死を敬う気持ちも、見知らぬ土地で客死してしまった人への憐憫は感じる、が
「人の土地で勝手に死んでほしくないわけよ?」
物言わぬうら若きお嬢さんな死体相手でも文句の一つや二つぐらいは言いたくなる
実をいうと私がここに移住してから数年、敷地内の竹林の管理をし始めてから約2,3年に一回の割合でタケノコが原因による今回と似たような死亡例が起きているのだ
「なんで毎回こうも器用に首に引っ掛けちゃうのかねぇ…」
図らずもここは国境を渡る街道沿いの竹林
余所の国からの入国者様方が余所ではありえない程に綺麗に管理されたうちの竹林を見て
「一晩(もしくはほんの数刻)だけここで休もう」
って思っちゃうんだろうね
温度はそんなに寒くないけどまだ虫も湧かない今シーズン、テントを張るには柔らかすぎる土地だからそのまま寝るかと一度地べたに寝転がればふかふかな竹の葉の絨毯の気持ちよさでそのままお休みなさい
そしてたまたま首元付近に生えてきたタケノコが襟や首周りの装飾品を上手く引っ掛けてそのまま伸びて…か~ら~の~「寝たまま御昇天あそばす」というミラクルイベントが発生してしまうという訳だ
「まさか2,3時間で首が閉まる程伸びるとは思ってもないんだろうねぇ…はぁぁ~」
一番最初のご遺体がうちのタケノコのせいで製造された時に死亡原因や事件性やらを調べてくれたアルトゥールさんが
「人間ってたった10cm程度の段差でもいい感じに締まれば現世とおさらば出来るんだよ」
って教えてくれたのが懐かしい
「雨上がりのタケノコの成長率舐めないで欲しいわ」
竹への知識がない事が原因だとはいえ、こう何度も似たような死に方をうちの敷地内でされれば私も腹立だしくなるし、ご近所様への印象だって悪くなる一方で非常に困るのだ
「竹ってすんごく便利素材なのに、このままじゃ只の処刑道具扱いされちゃうよぉ~」
実際近隣の村在住のクソガキ共に
「旅人の魂を吸って育つ呪いの木」
ってあらぬ悪評を世間様に流された時は、普段は事なかれ主義な私でもアルトゥールさんを連れて「営業妨害だ」と親御さんの所に文句を言いに言ったもんね
「無知って本当に怖いわ」
元来この国で竹と言う存在は無用の長物の代名詞な植物で、苦労して切ってみても中身はスカスカで木材の代りにすらならない役立たずっていうのが常識だった
しかも一度でも生えてしまえば肥料も世話も無しにあっと言う間に生活圏を圧迫するほどに植生範囲を広げるから、地元の方々からは只々迷惑がられていた植物だった
そんな余所様から見れば竹は迷惑な植物だったとしても、私から見れば
「食って良し、使って良し」
な素敵な良植物だったので、数年前に実家から独り立ちした折
「さてこれからはどこで何をして身をたてようか?」
と考えた時に思い出したのは、以前見かけた国境端の竹林…つまりはここだ
世間一般では害植物である竹が生い茂るばかりで誰も手を付けていない(手のつけようもない)二束三文な値段で売られていた広大な荒廃している竹林を土地まるごと買い取って移り住んだのがここでの生活の始まり
それ以降、年月をかけて私は一人でコツコツと竹林を管理しつつタケノコ食品や竹細工などを地元市場に出荷しては生計を立てているわけだ
当然市場に良質なタケノコ食品や竹細工などを売って生活していく為には、相応の(何も知らぬ旅人にとって寝心地が良い程度の)竹林への世話は必要だし、世間からの評判だって気にしなきゃいけないのに…
「数年おきに死体製造を勝手にされては困るぅ~」
となるのは至極当然、私が欲しいのはタケノコと竹そのものであって「見知らぬ人の新鮮な死体」ではないんだからね
「アルトゥールさんと…一応兄さんにも連絡して、村の皆にも一言言っておかなきゃなぁ…クソガキ共が騒ぐとまた面倒くさい事になるし…あぁ~また出荷できないタケノコが増えるぅ~」
嫌だ嫌だと思いつつも頭の中のやる事リストを口に出しながらアルトゥールさんへの使いを送った時、不意に複数人の男の声が今なお霧けぶる竹林内に響いてきたのだ
「…どこに行った?」「こちらに反応が…」「まったく面倒な…」
妙に気に障る言い回しをしている声に、内心イラっとしながらも
(もしかしてこれの関係者?)
と頭上にかかったご遺体を眺めながら私は考える、が同時に
(死体以上に面倒事を呼びそうな感じがする)
何せこの花嫁衣裳の女性はたった一人でこの竹林で死体になっていた
他国の花嫁衣裳を着ていながらお連れの方も嫁入り道具も無しでたった一人で、だ
(巻き込まれたくない)
そう思いながら霧の中に隠れようかと思った時、ふと話し声とは反対の方から別の気配を感じる
(もう一人いる?)
当然アルトゥールさんには使いを送ったばかりでこんなに早くは来れない、更に言えば普段からうちの敷地内に入る地元の人はそういないのに
(敵意は無さそう…村の人?なんで今日に限って?)
と考えている間に苛つかせていた方の…数人の男達の姿が霧の向こうから現れたのだった