つみびと
表現力の問題により、言葉が拙いかもしれません。
温かい目で読んでいただけたら幸いです。
だって君が、あまりにも可愛かったから。
日差しが身体に突き刺さる夏の盛りのことだった。
アルバイトの休憩時間、昼休みも兼ねて僕はバイト先の小さなコンビニに来ていた。普段なら空調によってしっかりと冷やされた屋内で時間を潰すところだが、今僕は木々の間から漏れ出る光の下を一時的な避暑地としている。
『いい子にしてるんだよ』
明らかに僕に向けられたものではない声が、少し離れたところから聞こえた。見ると、理髪店の側に、膝に手を当てて少し屈んだ三十代前半くらいの男性。優しく伸びた指先には、小さな女の子の髪がそよ風に揺れていた。満面に広げられた笑顔はどこか輝いていて、白いワンピースから伸びる白く細い腕は、照りつける日光によって汗ばんでいた。
『うん、まな、じっとしてるね!』
無邪気で声変わりのしていない、元気であり、それでいて懐かしさを思わせるような耳に優しい声。アルバイトで毎日のように怒声を浴びせられている僕にとってそれはとても栄養価が高く、それでいて、どこか妬ましかった。そしてどうやら僕の中の蛇は、期せずウサギの子供を見つけたようだった。
二度小さく女の子の頭をぽんぽんと叩いて、男性は公園に隣接している理髪店へと入っていった。髪を切るのなら娘も一緒に入れて、中で待機させておけば良い。きっと、理髪店の従業員が誰かと、何かしらの相談をしにいったのだろう。いかにもサラリーマンといった彼の格好は、想像力に欠ける僕にさえ深くまで想像させた。
小さなクマのぬいぐるみを片手で胸に抱えて二五〇ミリリットルのジュースのペットボトルを持って、時折頬にあてて、小さくはにかむ。薄い唇を小さく尖らせて軽く地面を蹴っている。ひどく熱せられた黒いアスファルトに薄水色のスニーカーが打ち付けられる音は、都会の雑踏の中においても、どういうわけか僕には大きく聞こえた。
ベージュ色の壁に背中を預けて、自分のつま先をじっと見ている。時折かかとをトトンと打ち付けたかと思えば、何の拍子にか、おもむろにペットボトルの蓋を開けてちびちびとジュースを飲む。飲み下すたびに揺れる白く細い首が、どうにも僕の眼を惹いて仕方がなかった。
ベンチに座っている僕の身体はひどく強い陽射しによってじっとりと汗ばんでいる。公園の隅では、小学生の集団がボール遊びをしている。小さな子供の熱中症予防だろうか、よく目立つところに何個も、水分補給を促す看板が立ててあった。警告ももっともだ。これだけ暑くては、頭がおかしくなってしまう人間もいないことはないだろう。きっと気候に負けて、誰も考えもしないような奇行に走る人間も少なからずいる。
そして僕も、そのうちの一人だったらしい。
「お嬢ちゃん」
ずっと遠いところ、しかし確かに自分の身体の中で聞き馴染みのある声が響く。自分の意と反して、脚は公園から出て行くように忙しなく動く。できる限り早く、誰かが僕の悪意に気づく前に。僕が僕の悪意を封じ込めてしまう前に。
さっきの男性がしていたように、軽く腰を屈めて膝に手をつく。少し中身が減ったペットボトルを片手に、少女は不思議そうに上目遣いでおずおずと僕の目を覗き込んだ。胸に抱いた小さなクマのぬいぐるみが少しだけ強く抱きしめられるのがわかった。
「お父さんが出てくるまで、おにいさんがまなちゃんと遊んでおくよう言われたんだ」
名前を呼ばれたことで自分の父の知り合いだと思ったのだろうか、不安そうな瞳に安堵の色が浮かぶと共に、無垢な眼は輝きを取り戻した。
僕にもう、罪悪感というものはなかった。
「さあ、暑いでしょ。陰で待っていようよ。しっかりジュース飲んで、おにいさんと遊んでおこう」
「……うん」
見ず知らずの男では心許ないのか、声は小さいままではあるが、細くて白い脚は、タタッと僕の方へ寄ってきた。
公園の隅、強い太陽の分、濃い暗がりができている。
ゆっくりと手招き。少女が三歩進むごとに僕はゆっくりと右脚を出す。
封じ込められなくなった黒い罪悪感は僕の脚を暗い暗い物陰へと連れて行った。
抗うことはしない。
今僕の眼に入っているのは照りつける太陽と、小さな少女の不安げの瞳と、行く手にある小さな暗がりだけ。
僕にもう、罪悪感という概念はなかった。
だって君が、あまりにも可愛かったから。
小説は読むのが好きです。
でも読んでいながらやはり、書いてもみたいなと思いました。
憧れている人のことは真似したくなるのが人間です。
凡人の僕も、少し真似事をしてみようと思いました。