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24企画参加作品

雀蜂

作者: 御田文人

しいなここみ様「純文学企画」参加作品です。


私の「純文学とは何か?」の解釈は後述します。

とりあえず本作は「現代文の試験の問題にありそうな話」としてお楽しみいただければ幸いです:-p



 子供を連れて公園に行った。

 この公園は家から少し遠い。気まぐれで先週初めて利用したら、息子がいたく気に入ってしまい、どうしてもまた行きたいとせがまれた。

「日曜日なのに、人少ないね」

 息子が言った。

「まだ早いからな。すぐにいっぱい来るよ」

 私は答えた。

 午前中、それも朝食後すぐに来たのは私の都合だ。その公園は、家から徒歩30分はかかる位置にあり、日中は歩くだけで汗だくになる。せめて行きの道中ぐらいは涼しく歩きたい。


 大人にとっては億劫な30分も、彼にしたら公園遊びの一部のようだ。始終上機嫌で、スキップやらギャロップやら、飛び跳ねながら歩いていた。そして着いて早々、疲れた素振りは微塵もなく駆け出した。


 彼の目的は『坂登り』だ。

 その公園には5人ほど上に乗れる大きな台があり、一面が坂になっている。

 台の高さは私の身長より少し高い。だから2mぐらいあるだろう。坂の道幅は私の両手幅よりだいぶ広いので3mぐらい。傾斜角は45度ぐらいと思われる。表面は滑り台のようになめらかだ。

 歩いて登りきるには絶妙に困難な坂なので、子供たちは必死に駆け登る。

 今時の公園の遊具に比べたら、なんとも簡素で無骨なものだが、どういうわけか子供達は夢中になっていた。


 そんな息子を遠巻きに見守りつつ、私は少し離れた場所にそびえる巨木を確認した。

(やっぱり居るな)

 それは樹液を吸う雀蜂だった。

 先週もそれはいた。周りの親も知ってはいたので、ここでは上手く共存しているのだろう。

 樹液を吸っている雀蜂は単独行動中で、比較的攻撃性は低いとのこと。

 しかし、巣が近くにある場合はその限りではないとも言う。随分調べたが、結局何が正しいか分からない。

 私に出来ることは、距離を取りつつ、見張りつつ、子供が変に刺激しないよう注意することぐらいだ。

 しかし、子供に伝えるべきかどうかは迷う。蜂の存在を知ることで変に委縮して、楽しみにしていた公園遊びを満喫できないのも気の毒だ。それ以上に、興味を持った子供たちが、遊び半分で蜂を刺激するのが怖い。

 私自身、小学生の頃は蜂の巣に石を投げて、度胸試しなんて遊びをしていたことがある。今どきの子供は当時の私より賢いとは思いつつ、一抹の不安は拭えない。


「パパ!オレ、レベル2出来たよ!」

 私の懸念は露知らず、息子が駆けよって来た。『レベル2』とは、手を後ろに組んで坂を登ることらしい。腕振りが使えないので少し難度が上がる。おそらくこの公園コミュニティの独自ルールだ。

「パパはレベル何までできる?」

「そのルール、パパは知らないよ」

「子供の頃やらなかったったの?」

「うん。もっと遠いところに住んでたからね」

 最近こういう会話が増えた。息子は自分の知っていることは、全て私も知っていると思っている。

 三歳ぐらいまでは、それで問題なかったが、流石に小学生男子の独自世界は把握しきれない。

「じゃあオレ、次レベル3やるから見てて!」

 息子はそう言って走り去った。


 レベル3はギャロップなようだ。これはなかなか苦戦しており、何度も坂の中腹から滑り降りている。

 そんな様子を片目に見つつ、私は、ちらりと蜂を見た。

 遠目にはピクリとも動かない。プラスチックのような光沢があり、ハッキリと黄色と黒のそれは、一見すると玩具のようにも見える。しかし、少し近づいて見ると触覚が僅かに揺れており、慌ててまた距離を取った。

(やっぱりオオスズメバチだよな)

 それは、とにかく大きかった。大きく、そして太い。大工をしている義父の親指ぐらい存在感がある太さだ。

(この時期にいて、こんなに大きいなら女王蜂か?なら巣が近くにある?いや、女王蜂が自ら飛び回っているなら、あったとしてもまだ働き蜂はいないかな?)

 先週1週間で随分蜂には詳しくなった。

 しかし、どんなに調べても怖さは変わらないものだ。だから自然に『だから大丈夫』という情報ばかりピックアップしてしまう。自分を納得させたいのだ。


 歓声が上がった。

 息子が誰かと手を繋いで坂を上り切っていた。気が付けば随分子供たちが増えている。

 彼は登りきった台上で何人かとハイタッチしていた。そして私を確認すると、坂を滑り降り、嬉々として駆けよって来た。

「見てた?!レベル5出来たよ!」

 二人で手を繋ぐのはレベル5らしい。レベル3のギャロップの方が難しいように思えるが、そこは子供なりの何かがあるのだろう。

「凄いな。一緒に登ったのは学校の友達?」

 私は聞いた。随分親しげなのだが、私はその子を知らない。数か月前に小学校に上がったばかりなので、まだ息子の友達全員は把握していないのだ。

「ううん。今日ここで会った」

「そうか」

 私は言った。

「いい公園だな」

「うん!」

 息子はまた坂に向かって行った。


 彼は、どんどん私の知らない、自分の世界を構築している。

 私は、蜂のことは息子に伝えず見守った。




純文学とは基本的には「大衆受けを度外視し、作者が芸術と思うものを書いた文学作品」だと思っています。

だから、異世界転生も作者が「これは純文学だ」と言えば純文学だと。


ただ、それだけでは面白くないので、本作は「純文学っぽい」というイメージを意識して書きました。

列挙するとこんな感じ↓です。(多分に偏見です。。)

・日常や心理を切り取ることに主眼を置いている

・切り取る視点、描写力、文章表現(文体、リズム)等に技巧や芸術性を見出す

・俗語はあまり使わない

・ストーリーそのものでは勝負しない。その為、作為的な伏線やトリックは使用しない

・何やら主題(作者の主張、テーマ)があるっぽい。ストーリーは主題の付属物ぐらいの位置づけ


本作は国語の試験だったら、以下のような問題が作れるかな?なんて考えながら書きました。

・作者はなぜ蜂の存在を息子に伝えなかったのでしょう?

・作中の「雀蜂」は何を暗喩しているでしょう?


本当に純文学好きな方、すみません。。。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに現代文の試験にありそうですね……! あとがきの問題を読みながらなんだか学生時代に戻ったような気持ちになりました(*´ω`*) 息子が、自分の知っていることを当然親も知っていると思ってい…
[良い点] 拝読させていただきました。 皆さんの御感想にありますが、子どもたちの平穏な世界と、それをとりまく現実世界の対比が、安堵感と緊張感をもって物語になっていて、大変興味深く読ませていただきました…
[良い点] 『純文学ってなんだ? 企画』 から参りました。 一人の父親として、息子の気持ちをよく考えている主人公がいいなと思います。 息子の遊びを見守りながら、一方で雀蜂の様子を見張っている。 息子の…
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