一話 欠けた月の夜に 1-3 ~紫怨~
マンションの屋上から見下ろす紫怨の視界には何かから逃げるように駆けていく少女を捕らえた。
どこかの高校の制服を着て、決してジョギングという訳でもなさそうだし、それにもうふらふら学生がうろつく時間帯ではない。
普段なら見かけない状況だ、気になるのは仕方が無いこと。
しかし、ゲートの不調で指定した場所とはそれぞれ違う地点に開いたため、夜緒とはぐれてしまった。一刻も早く見つけ出して合流しなくてはいけない――
だが、やはり好奇心に勝る物は多くない。自らの欲求に、欲望に素直にというのが紫怨の流儀
それに、気になるのは今日が欠月で、更に赤く燃え上がるような色を放っているという事だ。いつも以上に赤すぎる。
それに、ゲートの事もある。過去一度として不調を知らされたことなんてなかった。
それは同時に、新しい何かが起ころうとしているのではないかと、そう紫怨は本能で感じ取った。
「とりあえず、同時進行で行くしかねぇか……」
面倒くさそうな口調とは裏腹に、心の中では高揚感が沸きあがり、この状況をただ純粋に楽しんでいた。
革命、変化、進化。紫怨好きな言葉だ。現状に満足することなく、常に自らに『変革』をもたらす。満足などしない、常に、自らを追い込んで生まれたその言葉を心の底から愛している。
体は高揚感に任せ、五階建てのマンションから何のためらいもなく飛び立った。その心に幾分もの恐怖心など存在しない。行動を制限するリミッターを全て取り外した異常な跳躍力。
現在地と少女を見据えた場所までに挟まれた一軒家を飛び越し、先ほど彼女の走ってきた道に衝撃を逃がし、音を立てることなく地面に着地した。
「さーて、とりあえずは尾行でもすっかな」
その瞳は獲物を刈り取る狩人の如く輝いていて――だが、
今まで駆けていた彼女が止まり、胸元に手を置いている。
胸元から触れる鮮血――そして、彼女の後ろに見える巨大な影。
焦りが、行動へと変化した。