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一話 欠けた月の夜に 1-1

 

 私の心が一番休まる時間は放課後、美術室で大好きな風景画を描いているとき。

 人物画も好きだけど、子どもの頃から描いてる風景画は心が休まるというか、一番落ち着くから。

 特に好きなのは、学校の屋上から描く夜の町々。

 空を突き刺す勢いで聳え立ってるビルとか、連続して同じ家が並んでる住宅街とか、緑が溢れる公園とか、その中でも一番凄いのが月。しかも、夜は昼間と違って一面を見せてくれる。

 ――やっぱり暗いと描き難かったりもするんだけど、そんな苦労すら苦にならないほど描きたいっていう気持ちが強い。


 今日もいつもと同じように、美術部の都竹(つづき)先輩に付き合ってもらってこっそり学校に忍び込んで描いてたりする。


「いやー、十月でも結構冷えるもんだよね、綾瀬っち」


 都竹先輩はお気に入りの四Bの比較的濃い目の鉛筆を目元に持っていき、ビルの大きさを測りながら声をかけてきた。


「そうですねー、ちょっと薄着過ぎたかな? 明日からマフラーでも持ってきたほうがいいですよね」


 一応制服の上からコートを羽織っては来てるけど、それでもちょっと肌寒い。

 手が(かじか)んで鉛筆を持つ感触が少し薄れてきているけど、少しの乱れが絵の雰囲気を変えてしまうこともあるから手袋は使えないし、上にまた何か羽織るのも着膨れしちゃって恥ずかしい。マフラーあたりが体暖めるのに良いのだろう。

 指先に吐息を当てると少し暖かさが戻ってくるが、それでも何秒か経ってしまうと元の冷たさに戻ってしまう。 


「ふわー、だめだね、寒い寒い。ウチもー耐えられないや、そろそろ帰らない?」


「あ、はい、分かりました。……でも、少し待っててもらってもいいですか? ちょっと今半端な所なので……」


 町の風景は全体的に描けたけど、夜空に浮かんでる月だけは手付かずだ。折角の満月なんだし、そこだけ描ければ満足なんだけど……。

 

「はいはい、アンタって本当に絵好きだよねー。待ってるから満足行くまで描いちゃいなよ」

 

「すいません、出来るだけ急ぐので……」


 都竹先輩はそう言って筆箱やらスケッチブックやらを鞄にしまい出した。

 満足行くまで……とは言ってくれたけど、あまり待たせすぎちゃうのも悪いので、早く描きあげてしまおうと月に向かって――そこで私は少し変な所に気がついた。


「月が――欠けて、る?」


 雲に隠れてるとかじゃなくて、満月の一部分だけが砕かれたかのよう。ごつごつとした凹凸が表面に刻まれてる。

 それに……黄金色じゃなくて、少し赤っぽい気も――


「ん? どうかしたの、綾瀬っち」


「あ、あの。月が……少し変じゃありませんか? なんというか……欠けてるというか……」


「欠けてる~? 確か満月だったよね、今日」


 そうだ、夜景の雰囲気を一層に引き出してくれる、夜の象徴とも言える月は、毎日確認して、今日という日に夜景を描こうと決めたのだ。

 朝起きた時にちゃんと確認したから間違えるわけないし、今日が満月じゃなかったとしてもあの月の欠け方はどこかおかしい。

  

「は? 欠けてるって……月が、だよね、綾瀬っち」


「あの……端のほうです」


 指さし、熱心に説明するが、先輩は眉をひそめるだけでどうやら見えていないらしい。

 あんなに大きく欠けているのに、先輩には見えていないのだろうか?


「んー、視力は結構いいつもりなんだけど、見えないや。……あのさ、綾瀬っちさー、疲れてるんじゃないの?」


「……そう、ですかね。ははっ、多分そうですね。すいません良く分からないこと言っちゃって」 

 

 少しユニークな先輩ではあるが、意味の無い冗談を言う人ではない。目を凝らし、何度も見ているので、冗談を言っている訳じゃなくて、本当に見えていないのだろう。

 確かに、先輩の言うとおり最近家で夜遅くまで絵を描いてたから睡眠不足で疲れているのかもしれない。

 それでも、どうしても気になるので目をごしごしと擦って、もう一度見てみるが――やはり欠けている。


「疲れてるのかな。それじゃ、帰って寝ますっ! 待たせちゃってごめんなさい!」


 今見たものは疲れのせい。自分でそう言い聞かせて……鞄の中にスケッチブックと筆箱を投げ入れた。 



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