8話 満点の星空の下、焼きソーセージで晩酌
丸太小屋に戻ったエラは、保冷庫からじゃが芋を五つ取り出すと、流し台で表面を綺麗に洗った。それから芽を取り、皮付きのまま半分に切ったものをボールに入れた。更に再び保冷庫を開けるとソーセージを三本と卵を二つを取り出し、ボールに入ったじゃが芋の上に置くと、そのまま外へ戻ろうとしたが、ふと足を止めた。
「あの人、結構な大食漢のようだし、まだ食べるわよね」
踵を返したエラはバゲットをもう一本持って行った方が良さそうだと、調理台の上にある籠からバゲットを一本取り出すと、食材の入ったボールとバゲットを抱え小屋の外へ向かった。
焚き火の前に戻るとエラは、座っていた丸太椅子の側に置いていたダッチオーブンの蓋を開け、中に用意したじゃが芋を敷き詰め塩胡椒で味付けをした後、蓋をして焚き火にかけた。芋に火が通るまで、ダッチオーブンはしばらく放置をしておく。
ダッチオーブンを火にかけている間に、今度こそとエラの夕食用のソーセージを焼く為、フライパンにソーセージを三本をのせ、更にその横に卵を二個割り入れた。卵に塩胡椒を振った後、エラはフライパンを焚き火に当てた。
ソーセージ二本はエラの分。残りの一本と目玉焼きは男の分だ。もしこれでも男が食べ足りないようならば、もうチーズを切ってそれをパンにのせて食べてもらおう。流石にエラも空腹が限界で、これ以上は人の為に料理を作ることが出来なかった。
エラはちょうど良い具合に火を通す為、目玉焼きの底に火が入ったことを確認すると、フライパンを焚き火から離した。エラが食べる分のソーセージだけ皿に取り出すと、フライパンに蓋をして残りのソーセージと目玉焼きを蒸し焼きにした。
さあ、ようやく夕食にありつける。エラは自分の分のワインをコップに注ぐと、皮が裂け肉汁が滴る熱々のソーセージにフォークを突き刺した。焼き立てのソーセージはかなり熱い為、エラは何度か息を吹きかけ冷ますと豪快に齧り付いた。
「あっつ、ーーでも美味しい!」
本来、貴族令嬢であればナイフとフォークで切り分け食べるのだろうが、エラはとにかく空腹で早く食べたかったし、何より野外飯はマナーを気にせず豪快に食べる方が美味しいとも祖父は言っていたので、エラはその教えに忠実に従った。
ソーセージを噛むと、エラの口中に旨味たっぷりの肉汁がじゅわっと溢れ出した。また肉汁だけでなく、ソーセージを噛めば噛むほど豚肉と脂の旨味や、焚き火で焼くことによって更に強調された燻製の香ばしい香りがより一層、このソーセージを美味しく感じさせていた。その美味しい余韻が残っているうちに、冷えた赤ワインを喉に流し込み口をさっぱりさせたら、気分はもう最高だ。
「ああ、ワインにもよく合うわ!これにマスタードがあれば、もっと最高なのだけれど。明日はマスタードもお願いしようかしら」
ーーああ、お祖父様。私は今、至福の時を味わっています。
空を見上げれば満点の星空。そして地上では薪が爆ぜる音が静かに響いていた。空と音は目と耳で。美味い酒と肴は舌で楽しむ。こんな贅沢なことが世の中にあったとは。一度こんなことを知ってしまうと、もう知らなかった自分には戻れそうにない。
「ーーあの、邪魔をして申し訳ないが、明日にお願いするとは?」
目を閉じて野営の醍醐味を味わっていたエラは、男に問いかけられたことではっと我に返った。そうだった。腹ペコ男が隣にいたのだった。
「ええ、辺境伯家から見合い相手の一人として、招かれたのですけれど。何故だか、私だけ城ではなく丸太小屋に案内されたものですから、二日に一度は食材を持って来てもらうよう侍女にお願いしているのです」
え、まさかそんなと男は眉を顰めたが、エラは嘘を言っていない。辺境伯家へ着いたかと思えば、すぐにこの丸太小屋へ通されたのは紛れもない事実である。
「ーー仮にそうだとしても、流石に食事は城の食堂ですれば良いのでは?」
エラだって当初はそう思っていた。しかし勝手に城の食堂は利用しないとされていたのだから仕方がない。それに今となっては、その方が良かったのではないかとエラは感じでいた。
仮にエラが城で食事をすることになれば、毎日毎食必ず辺境伯家の面々と顔を合わさねばならないはずだ。しかしエラは彼らに会いたいだなんて、全くこれっぽっちも思っていないのだ。酷い嫌がらせをしてくる人物に、誰が好んだ会いたいだなんて思うだろうか。
「それが城の食堂は利用しないと、私が辺境伯家に要望したそうなのです。そのような覚えは全くないのですけれど。何故だか、そうらしいのです。それに私は、城での食事に参加出来るようなドレスを持参しておりませんので、どちらにせよ利用はできませんわ」
エラは普段着であるデイドレスしか持参していなかった。わざわざ辺境伯家から事前に《普段着の》デイドレスのみ持参可能と指定があった為、エラは素直にそれ従い家族の前や自室でくつろぐ時に着用する本当の普段着しか持参せず、正装であるよそ行きのデイドレスやアフタヌーンドレス、イブニングドレスといったものは、全てアディソン伯爵領に置いたままだ。また同様に辺境伯家で用意すると事前通達されていた着替えは、実際には彼女が持参した普段着よりも随分とカジュアルであり質素なものだった。つまりエラが望もうが望むまいが、どうやったって辺境伯家の人々に会うことが出来ないのである。
「ーーそれはまた、何故?」
「それが辺境伯家からは下着と普段着以外は持参せず、共は誰もつけるなとの事前通達がありましたので。また持参するもの以外に必要なものは、先方で用意してくださるとも通達があったものですから、それを間に受けた私は必要最低限の荷物だけをトランクに詰めこちらに参ったのです。けれどもこちらで用意されていたのは木綿のワンピースとカーディガンが二着ずつ。それからコートが一着のみでしたので、私は正装が必要な場所には行くことが出来ませんの」
腹ペコ男はエラの返答を聞き終えると、眉間に皺を寄せ難しい表情をした。彼はまさか、そんなと小さく呟いていたので、おそらくエラの言うことが彼にとっては信じ難いものだったのだろう。
「私の祖父である前アディソン伯爵に直接、辺境伯家からそのように書かれた手紙が届きましたので、私達も内容には驚きましたの。その為、祖父母は随分と困惑してていたのですけれど、貴族間のお付き合いだからと私をこちらに送り出したのです」
決して自ら望んでやって来たわけではないと、エラはやや婉曲的に主張をした。領主城の周囲を自由に動き回ることが出来る人物など限られている。きっと腹ペコ男は辺境伯家の誰かの側近か、もしくは辺境伯家の長男か次男のどちらかである。しかし辺境伯家の子息が直接、悪名高い女の元へ顔を出すことは無いだろう。したがって彼は、仕える主人にとんでもない女の様子を探れと命じられた側近に違いないと、エラは結論付けたのだった。
つまりエラは、腹ペコ男に自分の置かれた状況をあけすけに話すことで、私は自分の分を弁えておりますので、あなたのご主人の婚活の邪魔は一切致しません。どうぞご安心くださいと伝えたのである。




