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婚姻の申し出 6

 慌てて鏡面から三秋本人へ視線を移すと、すんなりとした姿は確か目の前にある。


「どうして……」


「そなたの目は特別なのだ」


 気づいてなかったか、と三秋は苦笑した。


「そなたは私の姿を正しく捉えることができる。こうして会話ができるのもそのためだ。普通の人間であれば到底こんなことはできまい」


「え、でも……。私の目には確かに楊さんのお姿が見えて」


「それはそなたのみに見えているものだ。そもそもだ、廟で年頃の娘が見知らぬ男と何度も話を交わしていることが、何故町の噂にならないと思う?」


 そう言われて、碧玉は思わず赤面した。確かに三秋の言うとおりだ。普通であれば女たちの口の端に上って当然だし、伯父伯母から一度くらいは問い詰められていただろう。だが現実にはそんなことは全くない。


 碧玉は改めて三秋を見た。それこそ目を凝らすまでもなく、彼はきちんとした質感ですぐ傍にある。もう一度鏡を確認しなければ、人間ではないとはとても信じられなかっただろう。


 けど、現実はこの人の言うとおりだ。


 そう思ったとき、碧玉は急に気持ちが落ち着かなくなってきた。


「どうした? まだ何か怪しい点があったか?」


「いえ、そうじゃなくて」


 この廟に住む人ならぬ身に、自分は今までどんな態度で接してきたか。


「……色々と、神様を相手に失礼なことをしてしまっていたと思って……」


 気安くさん付けで呼びかけていた。手際の悪い掃除の仕方に呆れてしまった。些細な愚痴をこぼしては慰めてもらっていた。

 そう考えると恥ずかしさが沸き上がってくる。なによりも恐れ多くていたたまれない。


「今更お許しいただけるなんて、思わないですけど。……あの、でも」


「その点については気にしなくていい」


 穴があれば埋めてほしい。なければ掘って埋まりたい。そんなことを考えている碧玉の様子を、相手は軽く笑って流した。その様子はやはり普通の青年のようにしか見えない。


「私を見て神だと思う人間はそうそういない。気づかなくて当然だ」


「それはちょっと、神様としてまずい気がするんですが」


「そうかもしれぬが、かといって虚勢を張っても仕方がないことだ。それに、私も最初は驚いたのだ。まさかこの町に、そなたのような力のある者が現れるとは思わなかったからな」


 その口調はいつものようにどこまでも爽やかだ。不快感を誤魔化しているようには思えない。


「正直に言えば嬉しかった」


 そうでなければ、こんな風にはにかむように笑わないだろう。


「これまで誰も私を見る者はなかったからな。久々に他人と話ができることは楽しかった。そなたには感謝している」


「……わたしは、」


 なにも特別なことはしていません。そう碧玉は言おうとした。今まで何一つ、気の利いたことも愉快なことも話せませんでした。なのにそんなことが楽しかったのですかあなたは。


 そのくらいあなたは今まで孤独だったのですか。


「結婚の話は慌てなくていい」


 三秋は穏やかな顔をして言う。


「そなたの身の振り方が気になってつい口を出してしまったが、今思えばそちらの気持ちを考えていない行動だった。その気になれば乗ってくれていいが、そうでなければ流してもらって構わない。――そなたは私にとって大切な話し相手だ。無理を強いたくはない」


 碧玉はその顔をじっと見ていた。

 神様らしくない、と思える。神様であればもっと意気高に振舞って当然なのに。人間の都合なんて別に考えなくてもいいはずなのに。


 この方は決してそうはしない。


「もしよければ、これからも話し相手になってもらえればありがたい。独りは慣れているのだが、たまに飽きることもあって」


「——楊様」


 ほとんど無意識のうちに、碧玉は声を出していた。三秋は目を丸くしていた。自分の呼び方が変わったことに気づいたのだろう。ただし、それが何を意味するかは分からない様子だ。


 そんなところも神様らしくない。そう思う。でもそれでもいいと思う。


「どうかわたしの話をお聞きください。—―わたしは何のとりえもない娘です」


 自分の意見を述べようとすると、婚家でははしたないとたしなめられた。伯父たちには生意気だと叱られた。


 今三秋は黙って頷いている。


「嫁ぎ先では不興を買いましたし、伯父伯母の家でもご存じの通り上手くやっていけていません。もしなにかができるとしたら、あなた様のお話し相手になるくらいです」


 口にしている内容のおこがましさに、息が苦しくなる。もし叱られたらどうしようと、身体が震えてくる。

 しっかり、と自分を励ます。ここで黙ってしまったら今までと同じだ。せっかく話を聞いてもらっているのにそれではいけない。


 なによりもこの方を放っておきたくないと思うのなら、最後まで言い切らなければならない。


「もしそれでもよろしければ。わたしを下女として雇っていただけないでしょうか」


「……下女?」


「わたしのような者が妻だなんておこがましいことは、とてもお願いできません。でも、もし今のお話が本当なら、わたしはあなた様をこのままにしておきたくはないのです」


 語尾が震えるのを抑えられなかったけれど、思っていることは伝えられた。


 碧玉が口を閉ざしてからも、しばらく三秋は何も言わなかった。その間逃げ出さずに待っていられたのは、その目が決して恐ろしくはなかったからだ。


「確認させてもらおう」


 その証拠に、かけられる声はいつになく優しい。


「今の話とは?」


「あなた様がずっと、話し相手もいないままここにいたということです」


「——本当のことだ。全てが」


 そう言って、青年は笑った。それだけで辺りの空気が秋のように清々しくなった。


「私は確かに永く独りでいた。――だからだろう。そなたを妻に迎えたいと思ったのは。共にいてくれる相手があればいいと願っていた」


 嘘ではない、と彼は言う。私は嘘が付けないのだからと。

 確かに嘘をつく神様はいないだろう。こんなところはちゃんとした神様だ。そう思うと嬉しくもなるし、泣きたくもなる。


「では、わたしの願いを叶えてくださいますか神様」


 碧玉の言葉に三秋は頷く。


「無論だ。夏碧玉よ。私はそなたの願いを受け取ろう」


 涼やかな声が響き渡った。

 薄暗い廟の奥に灯りが見えた気がした。そこからよい香りのする風が流れているような感じがする。


「私はそなたを迎え入れよう。下女などではない、私の伴侶として」


 来るがいい。そう言って伸ばされた手を碧玉は取った。躊躇いの気持ちは微塵もなかった。


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