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婚姻の申し出 3

「言っておくが、これまで迷惑と思ったことはない」


 青年は不意に口を開いた。心中でちょうど思っていたことへの回答のような言葉に、碧玉は目を丸くした。


「気にすることはない。私はもともとそういう役目の持ち主なのだから。他人の願いや悩みに耳を傾けるのも慣れている、気兼ねなくそなたも話せばいい」


 そう言う三秋の顔はいたって真面目だ。大仰な物言いではあるが、決してからかおうとしているのではないと碧玉には分かる。


「そもそも、そなたの悩みは決してそなたから生じたものではない」


 でなければこんなことを言ってはくれない。


「以前から思っていたが、どうもそなたはたちの悪い人間を引き寄せる業を持っているらしいな。己のために他人を利用しようとする輩をだ。今までそう思ったことはないか?」


「え……っと」


「ないのだろうな。――なかったからこそ、今まで全てを受け入れてしまったのだ。受け取らなくてもいい責任までもだ」


「……でも。お言葉を返すようですが、わたしの出来が悪いのは本当のことですから。だから皆にいつも迷惑をかけちゃって」


「それは他人の見立てにすぎぬな。事実とは限らない」


 言葉は淡々としているが、決して冷たいものではない。むしろ噛んで含めるような言い方だと言ってもいい。少なくとも碧玉にも分かるよう、気を遣ってもらっている気さえする。


「そなた、このままでは間違いなく嫁がされるな」


 三秋の目が碧玉を見据えた。

 いつもそれだけで、全てを見透かされているような気になる。まるで千里眼を向けられたように、自分が知らないことまでつまびらかにされる。今もまた同じだ。


「つい先日、町の北側に住む老人が妻を亡くした。若い頃から威張り散らして、己の身の周りのことは何もしてこなかった男だ。そんな親だから、子供たちは誰も彼を世話しようとは思っていない。押し付けられる相手はいないかと捜している」


 いきなり始まった話に、碧玉の身体はびくついた。朝聞いた伯母の言葉がまた耳の奥に蘇る。

 この際後妻でもなんでもいいから。――その言葉に抗う術はない。

 もし伯父伯母が碧玉をもらおうと望む男を見つけたら、二つ返事で了承するのは間違いない。そうなればもう終わりだ。逆らうことなど許されない。


「嫌か」


「——いいえ! そんなことなんてないです!」


「強がる必要はない。年頃の娘には酷であろう」


 慌てて首を横に振ってみせても、三秋には通じなかった。


「あの老人は前の妻を手荒に扱っていた。妻が先立ったのも、子供たちが今よりつかないのもそのためだ。断言しよう、あの家に嫁いだところで、そなたが幸せになることはまずない」


 まるで学者のような物言いだと碧玉は思った。彼が今言っていることは全て事実なのだと、だから分かる。


「間違いなく、苦労ばかりが続くことになる」


 話が終わると、廟の中には沈黙が降りた。


 碧玉は何も言えなかった。自分には何もできない。抗えないし、逃げられない。そんな方法などあるはずがない——。


「老人の家に行かないための手立てはある」


「え」


 予想外の一言に、思わず声を出してしまった。

 顔を上げれば、三秋と目が合った。いつもと変わらない涼やかな眼差しが、自分に注がれている。


「簡単なことだ。さっさと他家に嫁げばいい」


「……そんなことなんかできるはずがないです!」


 碧玉はとうとう声を上げた。

 それが叶うのなら苦労はしない。仮にいくら願ったとしても、現実には到底叶わない。


「わたしには親も兄弟もいないんです。一度結婚を失敗していて、財産だってろくに持ってなんかいません。伯父伯母が代わりに用立ててくれるなんてあり得ません。婚儀の支度の費用だって祝儀だってほとんど出せません、そんな娘を誰がもらってくれるというんですか!」


「私だ」


 青年の口調は変わらなかった。

 変わったのは碧玉の顔だった。目は点になり、口は閉じられなくなる。


 今、この人はなんて言った?


「そなたさえよければ私の元にくるがいい」


 最初、からかわれているのだと思った。けどそんな様子はどこにもない。そもそもそんな彼を見たことなど一度もない。

 

 今もやっぱり三秋は普段のとおり、大真面目な顔をしている。


「前からそなたのことは気にかかっていた。よく働くのに甲斐のない日々を過ごしているとな。私のところであれば今以上に苦しくなることはないと思うが、どうだ」


 とっさに何かを返すことなど、碧玉には無理だった。


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