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序章 2

 両方の足全体が痛むのは、転んだからというより長く走ったためだろう。

 腹の底から突き上げるような衝動は、もう収まっていた。今全身で感じるのは疲れだ。このままへたり込みたいくらいに身体が重い。


 けれど、道の真ん中でしゃがみこんではいられない。いくつも向けられる好奇の視線に押されるように、碧玉は立ち上がった。のろのろとした足取りでなんとか歩き始める。


 ここしばらく天気は快晴が続いている。陽はすっかり上って、今日も町は賑わいを増しつつある。

 朝の喧噪が過ぎた今、昼を迎えるまでの間皆忙しく働いている。


 自分もいつもはそうしていた。世話になっている伯父伯母の家で、掃除に洗濯、食事の支度と、やることはそれこそ山のようにあった。

 迷惑をかけているつもりはなかった。むしろあの家で自分は役に立っているとさえ思っていた。

 けど、そうは思ってもらえなかった。

 碧玉は喉を鳴らした。情けなさにまた涙が出そうになる。


 ――泣くものか。今泣いてしまったら惨めなだけだ。そんなのは嫌だ。

 独りぼっちの自分が惨めになってしまったら、ほんとうにどうしようもなくなる。


 親は二人とも、数年前に流行り病で死んだ。兄弟は元々いない。一度は嫁いだものの、舅姑と相性が悪く、たった三年で追い出されてしまった。今は親類の家に身を寄せるしかない。たとえ疎まれていたとしても、それ以外に身の振りようがない――。

 けど今は、帰りたくない。

 くう、とお腹が小さく鳴った。伯父伯母の話を聞いてしまったのは、朝餉の支度の途中だった。その直後に何もかも放り出して飛び出してしまったから、今日はまだ何も口にはしていない。

 もちろんお金なんて持っていない。市場の場所を知っていても、そこで粥の一杯も買うことはできない。

 我慢するしかない。けど、意識してしまった今、空っぽの胃袋は痛いくらいだ。走ったあとだからか、喉の渇きも気になってくる。

 我慢して帰るしかないかもしれない。頭を下げて、家に入れてもらうしかないかもしれない。それでも得られるものはきっと、ほんの少しの冷えた食事なのだろうけど。


 帰りたくない。とぼとぼと歩きながらそう思った。

 いつかは帰らなくてはならないとしても、もう少しの間はあの家から離れていたい。


 今朝のことを我慢できると思えるようになるまで。そうでなければ、これからどうすればいいのかが分かるまで。賢くもない自分に果たして、そんなことが分かるかどうかは疑問だけども。


 分かるようになりたい。そんなことをひしひしと思う。

 どうすれば誰にも疎まれずに済むのか。どこへ行けばこんな気持ちにならずに済むのか。


 もし、こんな毎日を過ごさなくてもいい処があるのなら教えてほしい。今度こそ全力で駆けていく。


 もう決して立ち止まったりしない。だから。


 お願いだから誰か、教えてほしい——。


「おや」


 不意に声がかけられるまで、俯いて歩いていたことに気づかなかった。


「今日はやけに早いな」


 顔を上げれば、すらりとした立ち姿の青年がこちらを見ていた。


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