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あなたの願いは 1

 調べ物をするには、この廟を出る必要がある。

 

次の日の朝、出かけようとする碧玉に、三秋はあるものを手渡した。


「これを被っているといい」


 それは何の重みもない布地だった。半透明で、きらきらと淡く輝いている。木綿や麻にはとても見えない。もしかすると絹というものなのかもしれない。天蚕という虫が紡ぎ出すという、とても高価で美しい布があるという。


「それは絹ではない」


 三秋はこちらの考えを読み取って、先に答えを告げた。


「崑崙の仙女たちが霧から織り成した変化の布だ。これを被っている限り、そなたの姿は自在に形を変えられる」


「そんな貴重なものをわたしに? いえ、大丈夫ですわたしなら、」


「気にしなくていい。この町で会いたくない者は色々といるだろう」


「……はい」


 諭されるように言われて、碧玉はこの廟に来てもう三日が経ったことを思い出した。それはすなわち、伯父伯母の家から飛び出してそれだけが過ぎたということにもなる。


 いつまでも戻ってこない姪のことをどう思っているだろう。捜しているだろうか。それとも戻らなくてもいいと思われているだろうか。


 どちらにせよ、今の碧玉にとってこの布はありがたい道具であるのは間違いない。あの家に戻る気がない以上、下手に騒ぎになるようなことを起こしたくはない。


「ありがとうございます。お借りします」


 胸をちくりと刺した痛みを隠して、碧玉は笑って廟を出た。門を過ぎたところでふわりと布地を頭から被る。

 柔らかな感触は温かみこそあれ、決して重くはなかった。布地が発する光は春の日の光のように穏やかだ。


 深呼吸をしてから、碧玉は道に足を踏み出した。


 さすがに最初は身体が竦みそうになった。いつ誰かに姿を見とがめられ、自分の名前を呼ばれるかと思うと、気持ちは落ち着かなかった。

 だが、実際は誰一人として自分を顧みることはなかった。

 いないとは思われていない。だが、知っている人だとも思われていない。そうと分かったとき、足が軽くなった。早足で路地から大通りに出る。


 三日ぶりの町の様子はいつもと変わらない。昼を前にして早く仕事に片を付けようと、皆忙しく働いている。

 客を呼び込む声が大きく聞こえる。ざわめきがいつもより耳を突くようだった。

 つまり、それだけあの廟の中が静かだということだろう。今あの廟の中にいるのは三秋と、あとは碧玉の二人だけだ。立てられる物音などたかが知れている。そのことがちょっとだけ寂しく感じる。

 いつかこのざわめきが、あの廟にも届くようになるだろうか。


 なればいい。強くそう思う。


 人々の声が届き、祈りの言葉が響き渡る。いつかそんな場所にしてみせよう。


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