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願いを叶えて 2

「物を壊したのなら、素直に謝って叱られたと思うんです。わざわざこんなところに無理を承知でお願いにくるなんて、なにか理由があるとしか思えないんです」


「理由とは?」


「分かりません。でも、ただ粗相をしただけならあの子は神様にお願いするなんてことはしません。本当です」


 切れ長の目はじっと碧玉を見つめていた。ふむ、と三秋は腕を組んだ。


「不思議なものだ」


「わたしもそう思います。あの子があんなことをするなんて」


「不思議だと言ったのは子供ではない。そなたのことだ碧玉。他人のことなのに何故そんなにも気にするのだ?」


 そう問われて、今度は碧玉が目を丸くした。目の前にいる青年は本当に首を捻っている。とても演技とは思えない。


「……神様は、気にならないものなんですか?」


「他の神がどうだかは分からないが、私は気にしたことがない」


「……」


 だからこんなにもこの廟は寂れたんだ。そう言いかけてなんとか言葉を飲み込む。正直に言ったところできっとこの青年は気にしないだろう。そうだな、と言ってそれで終わらせてしまう姿が目に浮かぶ。

 その姿はすぐに子供の顔にすり替わった。唇を震わせ、目に一杯涙をためていた。ただ花瓶を割っただけとはとても思えない。


 なんとかしてあげたい。そんな思いが碧玉の胸に広がっている。

 願いを叶えてこの廟を盛り立てる、という理由だけではない。

 あの子の悲しい顔をなんとか止めさせたい。


「……それに、花瓶を直したところで子供の顔は晴れまい……」


「え?」


 自分の気持ちに浸かっていた碧玉は顔を上げた。いまこの方はなんて言った?


「私は神だ。そのくらいのことは分かる」


 三秋の言葉は、先ほどの言葉が碧玉の聞き違いではないことを意味している。


「だからあの子供の願いを叶えることは無駄なのだ」


「無駄かどうかなんて分からないじゃないですか」


 碧玉は再び相手に食いついていた。

 神様は本当に分かりにくい。それとも分かりにくいのは三秋だけだろうか。


「直せる者が直せない話はさっきしていただきましたけど、今の話はまた別ですよね。別の理由で、楊様は花瓶を直したくないんですよね。あの子がどうしてこんな願い事をしたのか、本当に分かってらっしゃるのですか?」


「無論だ」


「じゃあ、あの子の本当の願い事を叶えるのはどうですか」


「本当の願い?」


「あの子がこんな無理なことを言いだした、その理由です。何かきっと悩み事があるからなんでしょう? あの、それを解決してあげられませんか?」


「どうして私が」


「だって神様じゃないですか!」


 碧玉は声を上げた。言い過ぎた、と思わないでもなかったがそれ以上に今は気持ちが高ぶっていた。

 あの子を助ける手段がある。ならば助けてあげるのが当然ではないのか。むしろ手を出さないという理由の方が理解できない。


「困っている人を助けてあげるのが神様でしょう、違うんですか! あんな小さな子が泣いているんですよ、ちょっとくらい助けてあげたって罰が当たるわけじゃないじゃないですか!」


「碧玉」


 三秋の手が肩に触れた。

 は、と碧玉は立ち止まった。思いが募るあまり、つい詰め寄ってしまっていた。


 顔を赤くして一歩下がれば、三秋の唇からため息が漏れた。


「久々に思い出した。人間とは本当に厄介なものだ」


「……ごめんなさい……」


「謝らずともよい。私が忘れていただけだ。人間は物を見通せない生き物であったな」


 三秋の手がひらりと翻った。彼の手には何かを収めて丸まった布地が現れる。開けてみれば、中に入っているのはあの割れた花瓶だった。


「これはそなたに預けよう」


 碧玉、と名を呼ばれる。物静かな声は決して恐ろしくない。


「いい機会だ。そなたにこの廟の仕事を任せよう。どうして子供がこの花瓶を持ち込んだか、調べてみるがいい」


「わたしが?」


「そうだ、そなた自身で物事の本質を見極めてみるのだ。その上で子供を助けたいと思うのなら言えばいい。そのときは私も考えてみよう」


 本当ですか、と言いかけて碧玉は言葉を呑んだ。神は嘘をつかない、と彼はもう何度も言っている。この言葉もきっと嘘ではない。


「分かりました!」


 頑張ります、と碧玉は花瓶を抱きしめて頷いた。


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