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二人は幼馴染

ツンデレ幼馴染とファーストキスはりんご飴の夜に

作者: 恣迷


「俺のお嫁さんになってくれますか?」



 去年のクリスマス。


 『俺の、彼女になってくれないか?』っと、告白した結果……俺はお嫁さんになって欲しいと、そう伝えていた。


 そのお相手はというと、12年前のクリスマスにこっぴどく俺を振ってきた、幼馴染の春香はるかだ。


 そんな彼女は、俺が3歳の時に向かいの家へ引っ越してきた。ちょっとしてから家族ぐるみの付き合いが始まり、春香とはその時からずっと一緒。同い年だった俺たちは、幼稚園も小学校も、中学校もずっと同じ。


 そして俺と春香は、高校までも一緒だったりする。



 すれ違う二人


 なんてよくある話なんだけど、俺たちはそれを乗り越えて。互いの両親公認の仲に関係が変化した



 はずだったんだけど。


 その関係はあまり進展しないままに、高校最後の夏休みを迎えようとしていた。



~~~~~~~~~~



『ピンポーーン』



「はぁい! あら、冬馬とうま君、おはよ。朝練は?」


「ゆうこさん、おはようございます。終業式なんで久々に休みなんですよ」



 中学から始めたラグビーは高校でも続けていて。俺は最高学年ということもあり、日々部活の忙しさも増していた。その結果、幼馴染カップルに定番の登下校は、いつも別々。



「春香! 冬馬君、お迎えに来てくれてるわよ!!」


「えっ? 冬馬!? すぐ用意するから、ちょっと待ってて」



「冬馬君、ごめんねぇ」



 少し困り顔をしながら優しく微笑むゆうこさんは、春香のお母さん。春香たちが引っ越して来てわりとすぐだったと思う。『おばちゃん』っと呼んだ俺は、猛烈に怒られて。『ゆうこさん』っと呼ばされるようになった。


 そしてもちろん、高校3年生になった現在でも、ゆうこさんのまま。



「いつも思うんですけどゆうこさんって、本当に変わらないですよね」


「まあ、冬馬君。そんなこと言う年齢としになったのね。お世辞でも嬉しいわ」



 お世辞ではないんだけど。正直、春香と並んで歩いても、姉妹で通るんじゃないかって思ってしまう。



「そういえば、今年はいつから合宿に行くの?」


「明後日からなんです。だから珍しく、今日と明日はオフなんですよ」



 俺の返事を聞いたゆうこさんは『あら』っと両手を頬に当て、嬉しそうに『夏祭り、春香をもう誘ったのかしら』っと、俺に尋ねてきた。


 そんなウキウキしたゆうこさんとは対照的に『いや、まだ誘えてないんです』っと、ちょっとバツが悪そうに小声で返事をする。



 俺は部活が忙しく、春香は予備校だったりと。なんだかんだ俺たちは付き合ってから、まともにデートすらできていない。


 初詣やお花見……幼馴染という宿命からか、全て家族合同イベントと化していて。一緒と言えば一緒なんだけど、何か違うというか、カップルらしくないというか。



 春香はこんな俺たちの関係を、どう思っているんだろう。



「冬馬君、あの子は案外奥手だから。きっと待ってると思うよ」



 秘密をこっそり伝えるように口元を手で隠しながら、ゆうこさんは俺を後押ししてくれる。



「はい! 今日、春香を誘ってみようと思います」



 その返事に、ゆうこさんはすぅっと俺の腕へと抱きつき『もし春香が素直になれなかったら、私が冬馬君と一緒に行っちゃおうかしら』っと、満面の笑みで伝えてくる。


 

「ちょっとママ! 何やってるのよ!?」


「春香がモタモタしてるから。ね、冬馬君」



「冬馬、ママと何話してたの?」



 俺にキッと視線を向けた春香をよそに、ゆうこさんはさっきよりもぎゅぅっと俺の腕を強く抱き『秘密よ秘密。ねぇーー冬馬君』っと、わざとらしく唇に人差し指を当てている。



「もぉママ、冬馬から離れてよ」


「はいはい。春香はママにもヤキモチ妬いちゃうのねぇ」



「そ、そんなじゃないんだから……冬馬もボーーっとしてないで早く行くわよ!」


「二人とも気を付けていくのよぉ」



 ゆうこさんに見送られながら、俺たちは久しぶりに二人で学校へと向かった。



~~~~~~~~~~



 冬馬と二人きりって久しぶりで。沈黙が続いちゃう。


 その原因は……私にあるってわかってるんだけど。



 冬馬は私が望んだ通り、12年前と同じようにプロポーズをしてくれたのに『しょうがないなぁ、まずは彼女になってあげる』なんて、またそんな言葉を返してしまった。


 やっぱり冬馬の前だと、私はちゃんと素直になれなくて。



 本当はいますぐにでも、冬馬のお嫁さんになりたいのに。



「春香」


「なに?」



「久々だな、二人で歩くの」


「そ、そうね」



 ずっと一緒にいたい。冬馬の隣にいたいのに……



 二人だけになることを、どこか避けていた私。今日だって、迎えに来てくれたことが嬉しくて、すぐにでも冬馬の胸に飛び込んでしまいたい。ぎゅーってして欲しい


 なのに私たちは、手すら繋げないまま。



「俺さぁ、明後日から二週間合宿に行くんだよ」


「え、そんなに? いつも一週間ぐらいだったよね」



「春香も知ってると思うけど、今年は優勝狙えそうだからって、監督が気合入っちゃって」


「そ、そっか。冬馬、ガンバってね。キャプテンなんだから、しっかりしないと」



 今年も夏祭りは、一緒に行けないのかな。それは仕方ないよね。冬馬の邪魔は絶対したくない。


 でもなんで、冬馬もラグビーを始めたんだろう。



 私があれこれ考えている間、やっぱり沈黙が続いていて。淋しいって気持ちがバレないように、必死に取り繕っていた、そんな時



「あのさ、春香」


「ん?」



「明日、夏祭りじゃないか」


「うん」



 冬馬が真剣な表情を向けるから、私の期待は膨らんで。



「俺と一緒に行ってくれないかな。二人だけでさ」



 昔から冬馬は、私の望む言葉を与えてくれる。そんな冬馬が私は、ずっと大好き。


 でも……だから、冬馬のお荷物にはなりたくない。



「冬馬、合宿の前日でしょ。忙しいんじゃない? 無理しなくていいから」



 可愛くない私の返事に、冬馬はいつもの温かい笑顔で。



「俺の彼女は小さい時から、花火が好きなんだよ。俺は、楽しそうに花火を見ている春香が、大好きなんだ」



 真っ赤な顔をした冬馬が『ダメかな』っと、最後にそう口にした。そんな彼の姿に



「ううん。私もホントは冬馬と一緒に夏祭りへ行きたいの。また私を……連れて行って」



 冬馬の優しさに応えるように、私の気持ちが溢れだす。


 久しぶりに歩く二人だけの時間。


 優しい彼にたくさん甘えられるような、そんな可愛い彼女になりたい。彼の前では、素直な女の子になりたい。



 誰よりも冬馬が大好きだから



~~~~~~~~~~



「似合ってるよ、春香」


「と、とうまも」



 夏祭り当日の夕暮れ。


 俺は春香を迎えに……って言っても、向かいの家なんだけど。出迎えてくれたのは春香じゃなく、またしてもゆうこさんで。『冬馬君、旦那の昔来ていた甚平が、ちょうどぴったりだと思うのよね』っと、俺に合わせてくれた。


 俺がゆうこさんに渡されたダークネイビーの甚平に袖を通している間、春香も部屋から降りてくる。桜色を基調に紫や薄紅色の花びらが舞っているかのような浴衣。


 いつも見慣れているはずの幼馴染が、俺の知らない大人の女性に感じて。普段あまりしてない化粧が、春香をより綺麗に彩っているようだった。



「うふふ、ママのお下がりなんだ、この浴衣」



 昔みたいに無邪気な笑顔をみせる春香に思わず俺は『綺麗だよ』っと、そんな言葉を口にしていた。



「ちょっ……あ、ありがとう。と、とうまも素敵だよ」


「親父さんの借りたんだ」



「え、パパのなの? そっか。冬馬、本当に逞しくなったから」


「親父さんに憧れて、俺もラグビー始めたからさ」



 春香の親父さんはラガーマンだ。


 正確にはもう引退してるから、だった、っていうのが正しい。その当時、ラグビーにプロリーグなんか無かったから。幼い頃、社会人ラグビーをしている親父さんの試合を、よくゆうこさんに連れられて春香と応援に行った。


 パパっ子だった春香は『うちのパパ、強くてカッコいいの』それが口癖だった。



 憧れってだけじゃなくて。俺も強くなって春香を守れるような、そんな男になりたかったから。だから俺は、ラグビーを始めたんだ。



「小学生ぶりだね」


「中学から結局今まで、一緒に行けなかったから」



「ごめんね、冬馬。私、恥ずかしくって」


「もう謝るのはやめようぜ」



「今ならカップルに見られるかな? 私たち」


「あぁ、そうだといいな」



 成長期が遅かった俺は、小学生まで春香の方が断然大きくて。行動も幼かったこともあり、よく姉弟に周りからは見間違われていた。



~~~~~~~~~~



 徐々に人が多くなってくる。


 この街で一番大きな夏祭りは、昔のように出店が多く並んでいた。



 俺たちは花火大会までの時間を、そんな出店を回りながらいつもぶらぶらと歩いていた。ただ相も変わらず、どこのお店も長蛇の列。春香と回っていたころと、なんにも変わっていない。


 そして俺は昔のようにある店を指差した。



「春香、あそこに並ぼうか」


「覚えててくれたんだ」



「りんご飴を食べながら、花火を見るのが好きだっただろ」



 春香は照れながらもどこか嬉しそうに『うん』っと頷く。俺と春香は、すでに長蛇の列となっているりんご飴の出店に並ぶことした。


 列に加わってからしばらくして、春香に裾をくいっくいっと引っ張られる。



「ねぇ冬馬、あの子」


「ん? 迷子か?」



 春香が見ている先に視線を移すと、幼い男の子がりんご飴を持ってキョロキョロとあたりを見回している。今にも泣きだしそうな表情が、迷子かも? っとそう感じさせる。


 ただ、()()列を離れてしまうと、せっかくここまで並んだことが台無しになってしまう。少し躊躇ためらっていた俺とは逆に、春香はその男の子の元へ駆け出していた。


 俺も少し迷ったけど、順番を捨てて春香を追うことにした。



「はぐれちゃったのかな?」



 春香は屈みながら、その男に声を掛けている。その男の子は誰かに声を掛けてもらった安堵からか『うん』っと答えながら、今にも泣いてしまいそうだった。



「おねえちゃんと一緒に探しましょうね。泣かない泣かない。男の子だもん」


「うん……僕、泣かないよ。男の子だから。おねえちゃん、ありがとう」



 男の子の返事を聞いた春香は、優しく微笑み掛けながらその子の頭を撫でていた。さっきまで泣き出しそうだった男の子もパァっと笑顔になる。


 昔から春香は、誰にでも優しかったから。今でもそれは、変わってないんだ。なんだかこの子を見ていると、幼かった自分と重なってくる。


 そう思った俺は、できるだけ小さく体を屈め、男の子に声を掛けた。



「お名前は何っていうのかな? おにいちゃんもお手伝いしたいな。おにいちゃんは、トウマっていうんだよ」


「トウマおにいちゃん、僕は一颯イブキだよ」


「カッコいいお名前ね! 私はハルカおねえちゃんだよ」



 一颯君は『ハルカおねえちゃん、トウマおにいちゃん』っと、笑顔で話をしてくれるようになった。事情を少しずつ確認しながら、俺と春香はひとまず運営本部を目指すことにした。


 俺たちはお互い一人っ子で、弟妹ていまいもいなかったから。一颯君を真ん中に挟んで手を繫ぎ、3人で歩くことが妙に新鮮で。いつか春香とこんな風に……なんて考えたりして。


 ちょっと気恥ずかしくなった俺は、ふと春香の方に顔を向ける。俺の視線に気がついたのか、春香も『ん?』っという感じで俺を見返す。


 いつものような厳しい視線を浴びせられると思った俺の考えとは裏腹に、にっこりと微笑む優しい春香の表情に、俺は見惚れてしまって。


 幼い頃、二人で手を繫ぎながら回ったこの夏祭りを思い出していた。



~~~~~~~~~~



「冬馬、あそこじゃないかしら」


「本部っぽいな」



 私たちは人混みを避けながらも、3人横並びに手を繫いで歩いていた。本部まであと少しの距離になった時、女の子が走って駆け寄ってくる。



「一颯、ダメじゃない! みんな心配して探してたのよ」


「さくらちゃん、ごめん」



 一颯君がさくらちゃんと呼んだその女の子は、酷く険しい表情をしながら。でも、薄暗くなってきた今でもわかるぐらい顔を真っ赤にさせていて。涙を溜めこんでいるように感じた。



「もお、どこでなにしてたのよ!」



 一颯君を激しく責めるような女の子の言動に、私は自分自身が映されているようで、胸の奥がチクっと痛くなる。



「お嬢ちゃん……いや、さくらちゃんは一颯君のお姉ちゃんかな?」



 さくらちゃんにそう優しく問いかけた冬馬。きっと違うよって、私は心の中で呟く。



「ううん、違うよ。一颯は近所の子で同い年なの。お兄さん、お姉さん、一颯を連れてきてくれてありがとうございます。ほら、一颯、あっちにおじさんやおばさんもいるから」



 あぁぁ、やっぱりそうなんだって私がそう思った瞬間、私の手から一颯君の手が離される。さくらちゃんが、グッと一颯君の手を引っ張るようにしていた。


 

「一颯君、忘れ物」



 さくらちゃんが一颯君を連れて駆けだそうとしていた時、まだ手を繫いでいた冬馬が声を掛け、預かっていたりんご飴を一颯君へと手渡していた。



 一颯君は『トウマおにいちゃん、ありがとう』っと大事そうに受け取る。


 そして……私の予想通りに



「さくらちゃん、はい、プレゼント」



 一颯君はにっこりしながら、さくらちゃんへと差し出した。



「そ、そんなのいらない」



 さくらちゃんは一瞬だけ表情を緩ませたあと、少し俯きながらそう言い放つ。悲しそうな表情をする一颯君以上に、冬馬がしょんぼりしていて。


 冬馬もきっと……一颯君と自分を重ねたんだって、そう感じて私は



「じゃあ一颯君、おねえちゃんにそのりんご飴、プレゼントしてくれないかしら。おねえちゃん、りんご飴が大好きなの」



 精一杯の笑顔を、一颯君ではなくさくらちゃんに向け、少し挑発するように『一颯君、優しいのね』っと、付け加える。



「だ、だめよ! ダメなんだから。一颯がさくらにプレゼントしてくれたんだから」



 慌てるように一颯君からりんご飴を奪い取ったさくらちゃん。そんなさくらちゃんへと私は近づいて。ゆっくりと目線を合わせるように屈みながら、彼女にしか聞こえないような小さな声で。



「私もね、そこにいる冬馬とは幼馴染なの」


「えっ?」



「カッコいいでしょ? 小さい頃は違ったのよ。私の方が大きくて、冬馬は頼りなくて……それでも私は、大好きだったの」



 さくらちゃんは、大きな瞳をさらにまんまるにして、頬をほんのり紅く染めながら私の話に耳を傾けてくる。



「私がね、ずっと素直になれなかったから。やっと恋人になれたんだ」


「好き同士なの?」



「えぇぇ、そうなのよ。きっと一颯君もカッコ良くなるわ。誰かに取られちゃうんじゃないかって、心配になるぐらいに」


「そんなのヤダ。一颯とずっと一緒がいい」



 私は彼女のりんご飴を持っている手を両手で包み込む。それから自分にも言い聞かせるように



「たまには彼にも……素直になってあげてね」



 恥ずかしそうに『うん』っと呟いたさくらちゃんは、一颯君の手を引きながら、りんご飴を大事そうに持って遠ざかっていく。


「お姉さんとお兄さん、すごくお似合いだね」



 最後にそんな言葉を残しながら



~~~~~~~~~~



「もうこんな時間か」


「そろそろ移動しないとだね」



 無事に一颯君を送り届けられたものの、もうりんご飴を買う時間は残されていなくて。少しだけ俺は気落ちしていた。そんな俺の心を見透かされたように



「りんご飴……冬馬が私に初めてプレゼントしてくれたモノだったから」


「え? そうだったか」



 本当は覚えているんだけど、春香も覚えていてくれたことに動揺して、咄嗟とっさにごまかしてしまった俺。



「だから好きだったの、りんご飴」


「ずっと欲しそうに眺めていたから」



 春香は『覚えてるじゃない』っと、俺にジト目を向けてくる。こんな風に俺たちだけの想い出は案外たくさんあったりして。これからも二人で増やしていきたいって、そんなことを考えていた時、急に春香は立ち止まった。



「ねぇ……冬馬」



 春香は右手を俺に向け、そう俺の名前を呟いた。それが何を意味しているか、さすがに理解している訳で。俺は何も言わずに左手を合わせる。



「うふふ。冬馬が迷子にならないように、繫いであげる」


「おい、さすがにそれはないって」



「そっか。なら私が、冬馬を見失わないようにかな」



 彼女のそんな言葉セリフに思わず『春香?』っと、名前を問い掛ける。そんな俺を見つめるように視線を上げて『だからこの手を離さないでね』っと、そうお願いをされた。


 いつもと違う素直な春香に、俺はどこか戸惑いつつも。やっぱりそれは嬉しくて。



「もちろんだ」



 そう答えてから、人が溢れかえるような花火大会会場へと二人で手を繫いだまま進んでいく。


 

 正直俺は、花火が上がってからも春香の綺麗な横顔に釘付けとなっていて。全然花火を楽しむ余裕がなかったりしたんだけど。それは昔からずっと変わらない。


 幼い時から花火ではなく、春香のことばかり眺めていたから。



 だから花火のことは何一つ覚えていなくて。帰り道、楽しそうに花火の感想を伝えてくる春香の話だけが、俺の花火大会の記憶だったりする。



 今年もきっとそうなんだろうなって、そう春香を眺めながら目を細めていた。



~~~~~~~~~~



 春香と手を繫いだまま。


 俺たちは帰り道をゆっくりと歩いていた。



 もちろん、彼女が楽しそうに花火の感想を話すのはお決まりで。『ドン』っという音とイメージが俺の頭の中でリンクする。



「冬馬はどの花火が印象的だったの?」



 俺は今まで聞かれてこなかった急な質問に『えっ?』っと、驚いてしまう。なにせ何も覚えていないから、すぐに答えることなんてできなくて。


 浴衣よりも少し濃いピンクの口紅をした、春香の唇……なんて、言えるはずもなく。



「冬馬は昔から、私ばかり見ていて恥ずかしいよ」


「き、気づいてたのかよ!!」



 思わず大きな声を出してしまった俺に『しぃーー』っと、春香は唇の前で人差し指を立てていた。辺りはもう真っ暗で、街灯と月の光だけがぼんやりと俺たちを照らしている。



「冬馬、顔が真っ赤だよ。少し公園に寄り道して、冷ましていきましょ」



 恥ずかしさでうまく返事が出来ない俺を、春香に引っ張られながら公園へと導かれる。途中『見惚れちゃうほど、綺麗だったの』っと、さらに追い打ちを掛けられた。



 そのままブランコへと腰を掛けさせられる俺に『ちょっと待っててね』っと春香は自販機の方へ向かう。すぐに戻ってきた春香の手には、小さなサイズのミネラルウォーターが入っているペットボトルが握られていた。



「はい、冬馬」


「つめたっ!」



 差し出した俺の手をかわし、ほっぺへとそれを付けてくる。手で口元を隠しながら笑っている春香は、幼い頃にいたずらをしてきた無邪気さが残っていて。


 俺はそんな春香を横目にペットボトルの蓋を開け、ゆくっりと水を流し込む。そのまま半分ぐらい飲んだ頃『私も喉がカラカラだなぁ』って、わざとらしく口にした春香へ『ごめん』と、ペットボトルを手渡す。



 春香は何も気にしない素振りで俺からペットボトルを受け取ると、そのまま口を付けていた。久しぶりの間接キスに、なんだかまた顔が熱くなってくるのを感じながら、無意識に春香のぷるんとした唇を俺は目で追っていた。



「冬馬、明日早いんだよね。そろそろ帰りましょうか」



 そう口にした春香はさっきまでの無邪気さが消え、急に元気がなくなったように感じる。俺はブランコから立ち上がり、再び左手を春香に向けた。


 

 俯いたまま動こうとしない春香に『どうした?』っと、そう声を掛ける。ゆっくりと顔を上げた彼女は唇をかみしめるようにしながら、捨てられた子犬のような瞳で俺を見つめてくる。



「ーーしい」


「え?」



「淋しいの」



 俺を見つめたまま『今日がすごく楽しかったから……淋しいの』っと、もう一度はっきり口にされた。



『冬馬、行かないで。私を置いて行かないでよ』



 長い付き合いだから。


 ずっと一緒に過ごした幼馴染だから。


 春香はそんなこと、口にはしていないのに。なんだかそう言われた気がして。



「く……くるしいよ、とう……ま」



 ふと我に返った時には、力いっぱい春香を抱きしめていた。



「ごめん」


「いや、離しちゃイヤ……このままぎゅっとして」



 少し力を緩めた俺の胸に、春香は顔を押し付けるようにして。腕を俺へと回してくる。



「私ね、部屋の窓から冬馬の部屋の明かりが見えると、安心するの。勉強で疲れた時、ちょっと淋しくなっちゃった時も。だから去年の合宿の時、不安だった。ずっと冬馬がいないって、わかっちゃうから」



 俺へと回している春香の腕に、ぎゅぅっとさっきよりも力が入ってくるのが伝わってくる。



「一週間なのにね。今年もたった二週間なのに。ごめんなさい、冬馬が頑張ってるのを邪魔したくないの。それなのに……ごめんなさい」


「俺、幼い時に見た、親父さんに憧れたってのもあるんだけど」



 俺が話を始めると、春香は埋めていた胸から顔を離し、俺の表情を覗くように見上げてくる。俺もそんな春香を見つめながら、話を続けた。



「春香を守れるような、強い男になりたくて。だから、ラグビーを始めたんだ」


「私が、私が男らしくない、なんて冬馬に言っちゃったから。今更だけど、そんなこと思ってなかったの」



「いいんだよ事実だし。それに、それはきっかけではあるんだけど、今はそれだけじゃないんだ」


 

 俺の言葉に不安そうな顔をした春香が『どういう』っと、小さく呟く。



「今、ラグビーを頑張ってるのは……春香に試合を見に来て欲しくて。俺の試合を、春香に見て欲しいから」



 月を隠していた雲が動いたからなのか、月明かりが幼馴染を燈す。時が止まるかと思うほど、綺麗な彼女が優しく微笑みながら『カッコ良く活躍する冬馬を応援しにいく』そう応えてくれた。


 そんな真っ直ぐな彼女に、俺は頬を指でポロポリとしながら『カッコいいかは、わからないけど』っと、苦笑いする。



「冬馬がこれからも頑張りますように」



 そう口にした彼女は瞳を閉じ、ゆっくりと顔上げる。俺はそんな春香の唇に自分の唇を重ね、腕の中にいる幼馴染をぎゅぅっと抱きしめた。


 なぜか春香からは、渡せなかったはずのりんご飴の香りがした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「おかえりなさい、二人とも」



「ママ、ただいま」


「ただいま、ゆうこさん」



 玄関で出迎えてくれたゆうこさんはニヤニヤしながら



「あら、冬馬君も口紅を付けたのかしら」



 そんなゆうこさんの言葉に俺と春香は、りんご飴みたいに真っ赤になったのだった。


合宿後の両家合同バーベキュー



「とうまぁ、聞いてるか!?」


「き、聞いてるよ、親父さん。それでゆうこさんにプロポーズしたんでしょ?」



「そう! そうなんだよ。冬馬、わかってるじゃねぇか」



うん、親父さん。その話……たぶん3千回ぐらい聞いてるから、俺。


もう暗唱できるほど聞かされたゆうこさんと親父さんの馴れ初め話。こんな時、俺はいつもみんなから距離を置かれている。


さらに俺は、ぐいっと親父さんに肩を組まれ『もう春香とはチューしたのか? チュー』っと、なんとも返答しにくい話題を振られていた。



「あなた、春香に口聞いてもらえなくなっても知らないわよ」



俺たちのすぐ後ろで、ゆうこさんが今まで見たことのないような冷たい表情で、親父さんを睨んでいて



「はい、あっち行くわよ」



そう言いながら、完全に出来上がっている親父さんを引っ張っていく。そんなゆうこさんはチラッと俺の方を振り返ると



「チューどころか、きっと孫もすぐかもね」



俺にも聞こえる声で、親父さんにそんなことを口にしていた。


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― 新着の感想 ―
[一言]  執筆、投稿ご苦労様です❗❗<(_ _*)>  先日投稿された幼馴染みカップルの続編ですね。  初々しい二人がとても魅力的に描かれていて、読んでる方が顔真っ赤になりそうでした。笑  幼馴染み…
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