8.小さな智将
栗色の艶やかな髪で黄金の瞳。
少年から大人へと成長する過程での危うい美しさ。
ロベール=エムロードは、見目麗しい少年だった。
大人びた表情の少年は、講義を聞いていた。
しかし意識は先ほどの事に持っていかれていた。
(ヴァイオレットが講義の見学をしたいだと!?
あの勉強嫌いの小悪魔の発言とは思えないな)
齢8歳にして人を惹きつけてやまない妹。
自分の思い通りにならない事はないと思っている女。
母にそっくりで嫌いなタイプだった。
自分の母親は確かに美しい女性だ。
だからからなのか、美のことにしか興味がない。
ドレスや宝石を好きなだけ購入し……
自分の美貌を引き立てることに命をかけている。
毎晩のように夜会に行っては女王のように振舞って
男を狂わせていた。
幼いころはそれでも母の気を引きたくて
色々と努力をした。
勉強も武術も魔術さえも頑張っていい成績をおさめた。
しかし母が自分を顧みることはなかった。
父と母は政略結婚だ。
貴族にはよくあることらしい。
お互いに別に好きな人がいたのに無理やり結婚させられたのだ。
それは気の毒だと思う。
母は跡取りである自分を生んだので、もうこの家での
役目は終わったのだと思っている。
そんなある日、父はこの美しい悪魔を連れてきた。
「ロベール、お前の妹のヴァイオレットだ」
「……様、ロベール様……」
ハッとして顔を上げるとジャンが片眉をあげてこちらをみていた。
「心ここにあらずのようですね」
「…………」
「些細な事に気を取られていては……
りっぱな公爵にはなれませんよ。
あなたは将来この領地を治めていかなくてはいけないのですよ」
ジャンは肩をすくめながらため息をついた。
「さぁ、この川の氾濫に領民が困っています。
あなたならどう解決いたしますか」
北側にあるノワールの森へと続く道にかかる橋が氾濫の度に
いつも崩落をしていて領民を困らせていた。
それは自然災害の時もあれば、魔獣によって引き起こされる事もあった。
(壊れる度に橋をかけなおせばいいのではないか?)
そんな事を思いながら思案していると……
ノックの音が聞こえた。
「はい」
ジャンが返事をして扉を開けると思いもよらない人物の姿が
目の前に飛び込んできた。
「お勉強中に失礼いたします。
私もぜひ講義を聞かせていただきたくてきてしまいました」
そう言って美しい悪魔は微笑んだ。
「これはこれは、ヴァイオレット様。
先程も申しましたが、遊びの時間ではないのですよ。
ヴァイオレット様には少々難しいお話かと……
ご遠慮願いたいと申し上げたはずですが」
小ばかにしたように鼻で笑ってジャンが慇懃無礼に言った。
しかしそんな嫌味を歯牙にもかけず
ヴァイオレットは冷たい微笑みのまま言った。
「聞く前からそのような事を言われるのは心外ですわ。
こちらで大人しくしておりますので、どうぞ続きを
なさってくださいませ」
ツーンとした顔で言い放つとソファーに腰かけた。
二人のやり取りに唖然としているロベール。
モネはいつも通り真っ青の顔で自分の横にたっている。
「…………」
ジャンは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたが
そのまま講義を続行した。
「では、ロベール様。
お考えを聞かせてください」
「領民を第一に考えることが大事です。
その為には公爵家は力を惜しみません。
橋が壊れる度に、ノワールの森から木を切りだして
橋をかけなおせばいいのではないでしょうか」
ジャンの顔色を窺うようにロベールは小さな声で言った。
「本当にそれでいいのですか?
毎年2~3回橋は崩落するのですよ……
酷いときには5回も壊れた事があります。
森の資源および資金は永遠ではありません」
ロベールは言葉に詰まった。
困ったように宙に視線を泳がした。
その時だった……。
「ジャン、私の考えを述べてもよろしいかしら?」
「はい?」
ジャンは訝かしむようにヴァイオレットの顔をみた。
「私……いい事をおもいつきましたの」
そう言ってヴァイオレットは悪戯っ子のような顔をした。
「おままごとではないのですがね……」
ジャンは冷ややかにヴァイオレットを一瞥した。
ロベールに至っては絶句している。
「まぁ、ひとまず聞いてください。
そんなに頻繁に氾濫するということは地形に問題が
あると思います。
なので、まず川の地形を正確に測量します」
存外まともな事をいいだしたので、ジャンは目を見開いていた。
「本来であれば河川は高い場所から低い場所
狭い場所から広い場所へ流れるのが一般的です。
おそらく問題の川は狭い場所へあえて入り込むような
地形なのではないでしょうか?」
「確かにそうかもしれない」
ロベールは呟いた。
「そのような個所を広げる河川工事などを
行うことがまず第一歩のような気がします。
もしくは川より低い土地があれば盛り土などを
行う必要もあるかもしれません」
「ほう……」
ジャンは目を細めて呟いた。
「資金面につきましても……
一時的には莫大な費用がかかるように見えますが
長い目でみれば断然この方法の方が資金を
抑えることが可能かと思います。
氾濫する根本の原因を追究し、解決しなければ……
本当の解決とはいえないのではないでしょうか」
そう力強く力説すると……
何故か部屋の中が静まり返っていた。
(や……やばい。
いつもの会議のノリで話を進めてしまった
8歳児の考え方ではないよね、これ)
ヴァイオレットは冷や汗を流しながら俯いた。
「素晴らしい……」
呟くような掠れた声が聞こえてきた。
「えっ?」
聞き間違いだと思って顔を上げると感動した様子のジャンと
ばっちり目があった。
「ヴァイオレット様、素晴らしいです。
早速明日にでも現地に測量の者をむかわせます。
こうしてはいられない。
今日の講義はここまでといたします」
そう言って慌てて部屋を出て行った。
「ヴァイオレット……」
黄金の瞳が射るように自分を見つめていた。
(あぁ、もしかしてプライドをへし折ってしまったかな
ますますお兄様に嫌われてしまう)
泣きそうな気持になっていると、そっと暖かいものが頭に触れた
「お前、案外賢いのだな。
これからも一緒に勉強をしよう」
そう言ってロベールはヴァイオレットの頭を優しく撫でた。
(お兄様いい人だった!!)
それから二人は、お互いの意見をだしあいながら
河川の治水工事を進めて行くことになる。
数年後……他国がその技術を視察に来るほどの成果を
上げるようになるのだが、まだこの時の二人はそれを知らない。
どうやらお兄様とはこれからもいい関係が
築けそうなきがします。




