5.可愛い物大好き同盟
本当にこの場所が待ち合わせ場所なのだろうか……。
すみれは何度も目を瞬いてその可愛すぎる店内を見ていた。
西園寺さんが待ち合わせの場所に指定したお店は
“妖精の森”でした。
今、私の目の前に、ピンクの生クリームが添えられた
リスの形をしたパンケーキが運ばれてきました。
飲み物はココアだろうか……
肉球の形のマシュマロが浮かんでいる。
(可愛い……震える程可愛い)
座っている椅子とテーブルは切り株だ。
足元にはキノコや可愛らしい花が至る所に配置されていた。
店員さんのお姉さんやお兄さんは獣耳装着だ。
あっ!尻尾まである……。
「西園寺さん……あの……ここは一体」
すみれは慣れない空間にソワソワしながら切り出した。
スーツ姿の知的女子二人は、かなり浮いている。
「私の行きつけのお店です。
月一でコンセプトが変わるので何度来ても飽きないんですよ」
そう言いながら……
猫の形をしたハンバーガーに思いっきりかぶりついていた。
「九条部長、可愛い物大好きですよね。
だからこのお店を紹介したかったんです」
恥ずかしそうに頬を染めながらすみれをチラッとみた。
(可愛らしい人だな、西園寺さん。
いやいやそうじゃなくて。
危ないほっこりしてしまう所だった)
「べ……別に可愛い物など……」
好きだなんて気恥ずかしくて言えない。
「嘘です。顔にかいてあります。
九条部長は可愛い物を見るとき表情が柔らかくなるのです。
この子を拾ってくれた時もそうでした」
そう言って、くたくたになったウサギのぬいぐるみを
机の上にちょこんと座らせた。
「あっ、この子」
「そうです、入社説明会の時に九条部長が拾ってくれた
私の宝物の“ミミちゃん”です」
説明会が終わった時に椅子の下におちていたな。
それを係の子が捨てようとしたのを止めたのを思い出した。
「あの時そこにいた人達は、こんなくたびれた人形なんか
捨ててしまえと言ったそうですね。
でも九条部長だけは……
これはとても大事にされている子だからといって救ってくれた
とあとからききました」
そう言って西園寺さんは大事そうにウサギのぬいぐるみを
ぎゅっと胸に抱きしめた。
「私にも同じような経験があるから。
思い入れのある子はみてわかるの」
すみれは……はにかんだ。
「だからこの鍵を見た時に一目でわかりました。
これは九条部長の鍵に違いないって。
私もこのモフモフシリーズのチャームすべて持ってます」
そういって西園寺さんはドヤ顔をした。
「うそ!いいなぁ……。
私はどうしてもシークレットのホワイトウルフが
手に入らなくて」
と思わず身を乗り出して力説してしまうすみれであった。
「私、それ二つ持っております。
特別にお譲りしてもいいですよ」
西園寺さんは悪戯っ子のような笑顔を浮かべてそう言った。
ぱぁぁぁぁぁとすみれはわかりやすく破顔すると
西園寺の手を両手で握った。
「ぜひお願いいたします」
「では、今日から九条部長も“可愛い物大好き同盟”に
加盟してください」
「わかりました!」
こうして二人は密かに可愛い物をめでる日々を送る様になった。
しかし敏腕秘書はそれだけでは終わらなかった。
彼女は実に多趣味であった。
今は乙女ゲームというものに嵌まっているらしい。
乙女ゲーム……噂には聞いたことはある。
でも自分には無縁の世界だと思っていた。
人並みに恋愛はしてきたとは思う。
しかし考えてみるともうかれこれ5年近くフリーだ。
部長に昇進した時に、当時つきあっていた男に
別れを告げられた。
“俺より仕事の方が大事なんだろ。
自分より先に出世した女が彼女とかありえない。
お前は俺がいなくても生きていける女だしな“
的な事を言われて、頭にきて思いっきり引っ叩いたのが
最後だったかしら。
私なりに本気の恋だったと思う。
でもそれが伝わってなかったのねぇ……。
ま、他の外資企業にヘッドハンティングされて行ったらしいから
もう会うこともないでしょうけど。
そんな少し枯れている私に猛プッシュをかけて
乙女ゲームをやろうと誘ってくる秘書ってどうなの?
最初はやんわりとお断りしていてのだけれど
あの手この手でプレゼンしてくる西園寺さんの熱意に負けた。
ついに話題の最新乙女ゲーム
“虹の彼方で抱きしめて”をやる約束をしてしまった。
なぜならばこのゲームをナビゲートしてくれる
カワウソのキャラが可愛かったからである。
激しくタイプだった。
カワウソと仲良くなるともっと可愛いエピソードや
衣装などが手に入ると聞いたのも大きかった。
それに攻略相手には……
モフモフのイケメン獣人が何人も出ると
聞いたのでつい心が揺れてしまったのだ。
可愛い動物は正義だもの。
抗えないわ……。
カワウソちゃん、待っていて!
それから休日など時間がある日には少しずつゲームを進め
いつの間にか乙女ゲームを楽しんでいる自分がいた。
その中でライバル的ポジションの悪役令嬢も実は
嫌いなキャラではなかった。
自分の権力と従者を使ってかなり綿密な計画を立てて
主人公を排除しようとしていたからであった。
決して激情に駆られての咄嗟的な行動ではなくて
彼女の美学に従っているのが見て取れた。
ある意味かなり優秀な人ではないだろうか。
部下に欲しいな……。
などと思ったくらいだった。
それよりも主人公の心情の方が理解できなかった。
いくら光の巫女か何か知らないが……
婚約者のいる男に手をだすのはいかがなものだろう。
そりゃあ悪役令嬢が怒るのも、ごもっともでしょうよ。
こっちは幼少の頃から血のにじむような努力をして
王妃になる努力をしてきたのよ。
ぽっとでの庶民に、いきなり男搔っ攫われて黙って
いる訳ないじゃないのよ、うん。
それにフラッとする王子も騎士も魔法使いも
どうかしてるぜ!
くらい思っていたのは西園寺さんには内緒だ。




