45.お客様の正体
念願の執事喫茶の初日をなんとか乗り切った。
後はこの縁をどうやって繋げて広げていくかだ……。
ヴァイオレットは予約票のノートを見ながら思案していた。
「話を戻すわよ!
ジェイが対応してくれた、ダイナ様のご友人のお嬢様。
隣の領土の領主様のご息女みたい」
「おぉ……それはなかなかの大物ですね。
確かお隣の領主様は伯爵家だったような……」
リガロはそう言ってセバスに目配せをした。
それに答えるようにセバスは頷いた。
「補足させていただきますと、あの方のお姉さまは
王都で王妃様付きの侍女をなされております。
かなり確信に近い所におられる方ですよ」
「この次は……リガロに予約が入っているわ」
「私ですか?」
意外だと言う様に目を見開いた。
「フフフ……。
お嬢様はジェイともう一度会いたかったみたいなんだけど
お母様がリガロの凛々しさにやられちゃったみたいで」
ヴァイオレットはニヤリと悪い顔になった。
「流石NO.1の執事ね。
接客もしていないのに、ご指名が入るなんて!」
「はぁ……」
リガロは困ったように獣耳と尻尾を後ろにさげた。
「最終的にはお姉さまにつなげられるといいわね。
リガロ期待しているわよ」
ヴァイオレットがそう微笑むと、リガロは返事をするものの
少し複雑そうな顔をした。
お嬢様は全く気がついていないようだが、周りの皆は
やんわりとリガロの気持ちに気がついていた。
(お嬢の鈍さも時には罪だな……。
仕事とはいえ、気になっている人に他の女と仲良くしろって
言われているようなもんだからな)
気の毒そうにフェリックスはリガロを見た。
「そして、そのリガロが対応してくれたご婦人だけど
これが未だに正体が不明なのよ……」
そう言ってヴァイオレットはチラッとセバスをみた。
一方セバスは相変わらずニコニコしているだけだ。
「セバス!
そろそろあの方の正体を教えてくれてもいいんじゃない?」
「ホッホッホッ……。
古い友人だとお伝えしたではないですか」
教える気はなしと……。
「完璧な作法に、相手を飽きさせない会話。
さりげない気遣いのできる素敵なご婦人でした。
恐らく上位貴族の方だとお見受けしますが」
リガロが助け船をだした。
「そうですな……
当らずと雖も遠からずというところですな」
そう言って意味深に微笑むだけだった。
「まぁいいわ、そのうちわかるでしょう。
少し遠い予約になるけど……
再来週にリガロの予約が入っているわ」
「かしこまりました」
「それから、キャロットが対応した方は……
どうだった?かなり緊張されていたみたいだけど」
「マーガレットさん?
素敵な女性だったよ」
「おぉ……」
他の皆から感嘆のどよめきがおこった。
「お前……お名前を教えて頂いたのか?」
フェリックスも驚いたように口を開けていた。
「やだな……当り前じゃない。
仲良くなるためには名前を自然に聞き出すのは
基本中の基本でしょ」
キャロットはへにゃっと優しい笑顔を浮かべながら
獣耳をピコピコ動かしていた。
「因みに、勤めている場所も聞き出したからね。
後は、好きな食べ物と愛読書もわかったよ。
よく買い物に行く場所も教えてくれたかな。
年齢は何となくだけど20代後半だと思う……」
さも当然のようにさらりとそう言った。
「…………」
(相変わらずお前は凄いよ……。
最初に言われただろうお嬢に……。
“職業・年齢・名前”をこちらから聞いてはいけないって)
そこにいる執事が全員軽く引いていた。
「さすがキャロット!!
もちろん次回の予約もキャロットにはいっているわよ」
ヴァイオレットだけはキラキラ尊敬の眼差しで見つめていた。
「彼女……かなりの人だよ。
この街の市長?街長?の秘書だったよ」
(それは凄い。
行政のトップの秘書ならかなりの機密情報を知っているはず)
「ジュリエットさんも只者ではないと思っていたけど
いい方を紹介してくれたわね。
あとでお礼に何か持って行かないと……」
「飲みにでも行ってやるのが一番いいんじゃないか」
フェリックスがそう言うと……
「お嬢様は年齢的に駄目だろうが!」
リガロにギラリと睨まれた。
「そうね……確かに私だとまずいから……
あっ!そうだ、フェリックス!
アマーリアさんと近いうちにジュリエットさんのお店に
飲みにいってお礼してきて」
「えっ?」
まさか自分に流れ弾が飛んでくるとは思ってなかったフェリックス。
眉尻をさげて困ったように頭を掻いていた。
「これは業務命令です!」
ヴァイオレットは力強くそう言った。
「お嬢……お客様と店外では会っちゃいけないんだろう」
フェリックスは尚も食い下がったが……
「アマーリアさんはお客様の前にご友人でしょう。
友達と飲みに行くのはいいの!」
「そんなむちゃくちゃな……」
「頼んだわよ、それから美味しいハムの塊を一つ
お土産に持って行って」
「お嬢……」
そんな殺生な……と獣耳が信じられないくらい萎れていた。
(これでアマーリアさんも喜んでくれるだろうし一石二鳥ね)
「ところで、アマーリマさんと一緒に来られた方
えぇっと……お名前がルイーサさん。
今度の予約は……ジェイに入っているわ」
「僕ですか?
確か上品そうなふんわりとした雰囲気の女性でしたよね。
何者なんですか?」
「まだわからないわ……」
ヴァイオレットがそう言うと萎れていたフェリックスが答えた。
「彼女はこの街のギルドの受付嬢だ」
「これもまたなかなかいい人脈ね」
ギルドはあらゆる情報やその時の情勢が反映される。
大事な場所だわ。
「どうして僕なのでしょう?」
ジェイは首を傾げていた。
「可愛い子が好きなんだと」
「か……」
ジェイは真っ赤になった。
「俺みたいなゴリマッチョは対象外らしい」
「ふっ……あははははは……ゴリマッチョって」
おもわず大爆笑してしまうヴァイオレット。
「お嬢……ひでぇや……」
「ごめん……だって……フフフ……」
確かに強面クマさんだもんな……。
まぁ、アマーリアさんに遠慮したんだろうな。
女子の友情だな。
「なぁなぁ……お嬢様。
ダリア様はもちろん俺にまた指名を入れてくれたよな」
焦れたのかシャルが尻尾を揺らしながら甘えてきた。
そんなシャルの頭を撫でながら言った。
「ごめんね、シャル……。
ダリアお嬢様はお家の事情でしばらく王都に行くそうなの。
だから次回の予約はできないって」
「えぇ……」
泣きそうな顔でしょんぼりするシャルだった。
「ネコちゃんにお手紙書くっていっていたから
お返事をだしてあげて」
「うん……」
あ……かなり落ち込んでるな。
これはユリアお母様に事情を話してめいっぱい可愛がってもらおう。
シャルは義母様が大好きだからな。
綺麗だし、いい香りがするって……
獣体になって膝の上で甘えているのを時々見かける。
きっとユリアお母様に自分のお母様を重ねているんだと思う。
それをお母様もわかっているようで……
かなり甘やかしているのが見てとれる。
シャルはうちのムードメーカーだ。
太陽みたいな存在だから元気いっぱいでいてもらわないと!




