44.それぞれの……
まずはその列からスッとリガロが一歩前に出た。
そしておばあ様の前に行くと、そっと手を差し出した。
「リガロと申します」
信じられないくらい優しい笑顔でそう微笑んでいた。
「毛並みがとても美しいトラさんだねぇ……
はい、よろしくね」
おばあ様はそう言うとリガロの手をそっと取って微笑んだ。
そしてリガロはそのままお席までご案内した後
お付きの方にメニュー表を渡すと傍に控えて立った。
「今日のお薦めは何かしら」
メニューを見ながらおばあ様は訪ねてきた。
「本日のお薦めは……
“苺畑でつかまえて”アフタヌーンティーセットでございます」
「数種類のいちごのケーキが食べられるセットね。
まぁ……紅茶の種類もたくさんあるのね」
嬉しそうにおばあ様は目を細めていた。
一方、少し離れた席ではシャル達がサーブしていた。
「ネコちゃん、元気だった?」
ダイナは嬉しそうにシャルに一生懸命話かけていた。
「はい、シャルはいつでも元気ですよ。
お嬢様に会える日を楽しみしていました」
そう言ってウィンクをするとダイナは真っ赤になった。
(シャル……天然タラシなんだな、恐ろしい子)
ヴァイオレットは部屋の端の方で全体の流れを見ていた。
導線や提供するタイミングなど事細かにみる為だ。
お友達の少し勝気なお嬢様は、ジェイがお相手をしていた。
まだ緊張しているのか若干表情は硬い。
でも視線は獣耳と尻尾にくぎ付けだ。
話しかけたいのに恥ずかしくて話しかけられないのが
ひしひし伝わってきていた。
(そうだろ、そうだろ……
ネコちゃんの獣耳と尻尾は可愛いだろう)
ヴァイオレットはその様子を生暖かい目でみていた。
その時だった。
街のカフェで私がナンパしたお姉さんが話しかけてきた。
「面白い事を考えたな、お嬢様」
「ありがとうございます」
「ここの食器といい内装といいどれも一級品で驚いたよ。
職業柄つい見ちゃうんだ、ある種病気だね」
そういって悪戯っ子のような笑顔で二ッと笑った。
「今更なのですが、お名前を聞いてもよろしいですか?」
ヴァイオレットは勢いで切り込んでみた。
「そう言えば、まだ名乗ってなかったね。
私は、“オリビア=アクス”だ」
(アクス……どこかで聞いたことがあるな。
アクス……アクス……あっ!もしかして)
「アクス商会の方ですか!?」
「うちを知っているのかい?」
「アクス商会と言えば、大きな商会ですから」
「そう言ってくれると嬉しいね。
と言ってもまだ親父のものだから。
私はこの街の店舗を任せて貰っているだけの駆け出しさ」
(という事は、王都の店舗にいたあの男性はお兄様かな?
何度か家に出入りしたのを見た事あるな)
ヴァイオレットはぼんやりとそんな事を思い出していた。
「まぁ、今日は初日のめでたい日だから野暮な話はしないよ。
でも何か入用があったら是非うちに相談してよ」
そう笑いながら席に戻っていった。
どうやら彼女たちを相手にしているのは、エリアスだった。
どちらかというと緊張しているのはエリアスの方だった。
お連れの小悪魔的な少女にぐいぐい迫られて
顔面蒼白になっているのがちょっと気の毒だ。
それを時に面白そうに眺め、余りにも暴走したら止める
オリビアだった。
(がんばれ!エリアス!)
ヴァイオレットは心の中で密かにエールを送った。
キャロットが相手をしているのは、一番謎の人物だった。
どうしてもジュリエットさんと友人とは思えない。
どこであのムキムキマッチョのお姉さまと接点が?
不思議すぎてたまらない。
きりっとした真面目な才女にしか見えないんだもん。
お堅い仕事についていますという雰囲気が……。
でもそこは接客のプロのキャロット。
つかず離れずの距離を保ちながら会話を弾ませている。
だからだろうか……遠目で見ていても
氷が溶ける様に段々とその方の表情が柔らかくなっていっている。
(さすがキャロットね、まかせておけば心配はないわね)
あと問題なのは……
不貞腐れている女子が若干一名いた。
もちろんアマーリアである。
フェリックスがついてくれるもんだとばかり思っていたようだ。
フェリックスじゃなければいらん!
とまで言い切ったお方だ。
お連れの人はその一言に呆れていたが
今は美味しそうに“苺畑でつかまえて”アフタヌーンティーを
蕩けるような顔で頬張っている。
「アマーリアちゃんの彼氏天才ね!」
「か……彼氏とかじゃない……その……私は……」
そう言いながら、苺のナポレオンパイをチビチビ食べていた。
もう少ししたら厨房も落ち着くだろうから
特別にフェリックスを派遣してあげよう。
全員楽しそうだった。
フェリックスの作る見た目も美しい上に美味しいスイーツも
大満足のようだった。
ひとまず成功と言っていいだろう。
60分間の夢のような世界を体験して貰って
どうやらイケメン獣人執事の虜になったようだ。
ほとんどの人達が次の予約をして帰った。
今回は初回特典という事で……
特別にお土産として、苺のマカロンが入った
マカロン8つの詰め合わせセットを配った。
きっとこれもいい宣伝になるだろう。
たった一回の接客だったが、リガロ達は疲れ果てていた。
「女子のパワーすげぇーな」
シャルでさえ、控室のソファーでのびていた。
エリアスに至っては、すべてのラウンドを終えて
燃え尽きたボクサーのようになっていた。
「みんなお疲れ様。
来てくれた人達全員が満足して帰ってくれたよ」
「魂がゴリゴリに削られた感じですよ」
リガロはそう言って、首元のタイを緩めた。
「でもお陰様で初回からかなりいい人脈が築けそうよ」
そう言って、ヴァイオレットは予約票のノートを
ひらひらさせながら満足げに微笑んだ。
次回の予約の際には、名前が必要なのだ。
ひとまず名前さえ分かれば、その後は自ずとその人の
職業や身分がわかってくる。
もしわからなくても、その時はディアークやセバスなど
裏の手を使いましょう。
「まず、エリアスが接客してくれたあのカッコいいお姉さま」
自分の名前が聞こえたので、ハッとして顔を上げた。
「あの方は何と!アクス商会の方でした。
しかも娘さんなんだよ、正当な一族の人!」
「アクス商会と言えば、我が国ではそこそこの商会ですね。
大きい都市には必ずありますし……
確か……隣国にも一店舗あるはずですよ」
リガロは遠い記憶を思い出すかのように考えながらそう言った。
「商会なら表も裏も色々と情報を持ってそうだな」
フェリックスも思案するように頷いた。
「エリアス大丈夫だった?
その方はオリビアさんって言うんだけどね。
次回もエリアスをご指名なの」
エリアスは獣耳をへにゃっと思いっきり下げた。
「は……はい……仕事ですから」
情けない顔をしたハスキー犬がそこにいた。
「オリビア様はいいのですが、お連れのミーシャ様が……」
(あぁ……あの小悪魔ちゃんか。
かなり積極的にエリアスに絡んでいたな)
「可愛い子だったじゃん」
ニシシと揶揄いを含んだ笑顔を浮かべながらシャルが言った。
「じゃぁ、お前のお嬢様と変わってくれるか?」
牙を剥きだしながらエリアスが凄んだ。
「無理ぃ……ダリア様は俺専属だから!」
リガロをたてにしながら、シャルも威嚇した。
「お前……俺を盾にするとはいい度胸だな」
リガロの鉄拳がシャルの頭に落ちた。
「痛っ!だってエリアスがぁ……」
ネコVSハスキー犬が始まろうとしていたが……
ウサギの一言でそれは収束した。
「シャル?」
優しい菩薩のような微笑みのウサギが降臨した。
「ヒィ……ごめんなさい」
信じられないくらい恐怖に引きつったシャルがいた。
やっぱりキャロットって最強だわ。




