3.噂話はご注意を!
給湯室それは女子社員の憩いの場であり……
あらゆる会社の噂や情報が集まる場所でもあった。
その給湯室の中にある備蓄用品が置かれている
小部屋にその女性はいた。
(勘弁してよ……。
そう言う話は本人のいないところでやって欲しかったわ)
給湯室から聞こえてくる姦しい女子たちの声……。
その話題の中心になっているのは自分。
別に何と思われていようと陰で色々言われようと
一向に構わなかった。
だが、面と向かってではないが、生でその言葉を
聞いてしまうのは流石に忍びない。
「早く会議終わらないかな、だるい」
この声は、経営企画部の綾谷さんだな。
今年入った新入社員だったかな。
ふわふわの茶髪で目がくりっとした可愛らしい子だった気がする。
一部の男子どもが騒いでいたな。
「ねー、どうせお茶とか入れても誰も飲まないしさ。
この作業って意味あるのかな」
この声は……販売部の草月さんだな。
優し気なおっとりしたイメージがあったけど
以外に毒をはくのだな。
「でもチャンスじゃない、だって会社のエリートが
一堂に会する戦略会議だよ。
自分をアピールできるいい機会じゃない」
この発言は間違いなくあの子だな。
第一営業部の小悪魔こと……三谷さんだわ。
思わず苦笑してしまった。
三谷さんは確かに綺麗な子だ。
それにスタイルも抜群なので、とにかくもてる。
社内でも数多くの浮名を流していると聞く。
故に自分に自信がある勝気な女性だった。
今年で3年目だったかな。
だからなのか、ことある毎に“海外事業部”に
配属希望を出してくるのよね。
「こんな機会じゃないとお近づきになれないしさ。
いい男の宝庫なのよ、あの会議。
私はもちろん海外事業部の青山さん推しだから
邪魔しないでよね!」
三谷さんが弾むような声で言った。
「青山さん素敵ですよね……。
でも私は断然、八神さん推しです」
草月さんがうっとりとした声で言った。
「私は、一ノ瀬さん狙いです」
綾谷さんはきっぱりといい切った。
(全員……海外事業部で私の部下じゃないか!!)
まさかの新人ちゃんがガッツリ肉食女子とは
思わなかったわ。
「うちの会社の海外事業部の顔面偏差値の高さは異常よね」
「私も入社して、挨拶に行った時にびっくりしました」
「だからこのお茶くみ係は、あらゆる伝手を使って
もぎ取ったんだから感謝してよね。
秘書チームなんかにはやらせないんだから」
三谷さんは鼻息荒く二人に言っているようだった。
「フフフ……ありがとうございます」
「感謝しています」
「顔で採用しているのではないかという
噂があるくらいだよね」
そんな訳ないだろう。
海外事業部はわが社の要の部署だよ。
能力の高さで採用されたに決まっているでしょうが。
「まぁ……トップがあの方だしね」
そう言って三谷さんは深いため息をついた。
「あの方とは?」
綾谷さんが不思議そうに言った。
「綾谷ちゃんはまだ会ったことないか……。
海外事業部の部長、九条すみれ様ですよ。
帰国子女でMBA(経営学修士)も取得した
エリート中のエリート様」
ちょっと含みのあるような言い方で三谷さんが答えた。
(言葉の端々に棘があるなぁ……)
「確かフランス語も堪能なんだよね。
そのうえものすごい美人。
でもほとんど表情が変わらないから……
クールビューティーって言われているよ」
草月さんがそう付け加えると……
すかさず三谷さんが意地悪そうに答えた。
「氷の女王が正解じゃない?」
「ちょっとまどかちゃん、言いすぎだよ」
「本当の事じゃない。
優香だって本当はそう思っているでしょ。
陰で男子だってそう呼んでるよ」
(氷の女王ね……別に嫌じゃないけど……)
三谷さんと草月さんは正反対の見かけと性格なのに
下の名前を呼びあう程仲がよかったのか。
すみれはそちらの方に驚いていた。
「ほぇ……凄い方なんですね」
感心するように綾谷さんが答えると……
三谷さんが間髪入れずに少し嘲笑をこめて言った。
「でも私はあそこまでなりたくない。
たしかもう30過ぎでしょ……。
いくら出世して勝ち組でも、女性としてはねぇ……」
「…………」
「私は若いうちにいい男をみつけて寿退社したいの。
だからどうしても海外事業部に行きたいのにさ……
毎回却下されるんだよね。
きっと氷の女王が私の若さを妬んでOK出さないんだと思う」
三谷さんは忌々しそうに吐き捨てた。
すみれはその発言に備品をぶちまけそうになった。
(そんな訳ないだろう!!
私に人事権なんて1ミリもないからね!!
なんかちょっと流石にイラっとしてきたな)
「青山さんだってあの人より……
若くて綺麗な私と仕事をした方が楽しいと思うの」
ここまでコケにされたら黙っていられない。
すみれが意を決して三人の前に出ていこうとした時だった。
「ここにいらしたのですね。
ところで……お茶はまだでしょうか?」
きりっとした声が聞こえてきた。
「西園寺さん……。
すみません、今いきます」
三人は急にきりっとした態度に変わり、
お茶を持って慌てて会議室へと向かった。
助かった……。
さすが泣く子も黙る西園寺エリカ様。
私の敏腕秘書だ。
と、思ったのもつかの間だった。
「九条部長、そちらにいらっしゃるのでしょう。
会議に遅れますよ、早く出てきてください」
そう言いながら……
備品倉庫の部屋のドアを軽くノックしてきた。
「…………」
思わずその声とノックにビクッとなった。
が、すみれは観念してばつのわるそうな顔で扉をあけた。
「また、そんなに泣きそうな顔をして」
きっと普通の人ならすみれの今の顔をみても
いつもと変わらないと思っただろう。
しかしこの敏腕秘書だけは、すみれの微妙な表情を
読み取れる数少ない人だった。
「頑張って会議をこなしてきてください。
終わったらご褒美を用意していますからね」
そう言ってすみれの背中をポンポンと優しく叩いた。




