24.思わぬ出会い
リガロは冒険者を装いすんなりと国境の街の関所を越えた。
さて、まずは情報収集だな……。
この街で一番大きい酒場にでも繰り出すか……。
国境の街だからだろうか。
あらゆる種族が街を闊歩し、店も多く立ち並んでいた。
討伐帰りも多く、たくさんの獲物や戦利品を携えた冒険者が
ひっきりなしにギルドへ吸い込まれていく。
案内所でお薦めの酒場を聞いて……
リガロは大通りにある酒場へと入っていった。
扉を開けると、さっそく若い女がやってきた。
「いらっしゃい……」
満面の笑みを浮かべて出迎えたのだが
リガロの風貌を上から下までみて急にぞんざいに言い放った。
「あんた流れの冒険者だろ、ちゃんと金は払えるのかい」
明らかに値踏みする視線だった。
「金ならある……」
リガロはローブの隙間からチラリと金貨の詰まった袋をみせた。
「なら、いいけど……。
奥の席に座って、ここから先は上客エリアだから」
そう言って隅の席に座らされた。
(大きな酒場なのに感じ悪いな……
普通どこの街でも酒場はあまり差別的な事はないのだが……
オーナーの主義なのかもしれない。
外したな、こういう酒場は碌なものが来ない)
リガロは一杯だけ飲んで帰ろうと思った。
その時だった、目の前で犬獣人の少女がお酒を盛大に零した。
「あぁ~何やってんだよ。
お前この酒がいくらかかるのかわかってんのか、あぁ?
お前が一晩身を売ったって払えない金額だぞ」
その酒を注文したらしい、冒険者の男がニヤニヤしながら
犬獣人の少女をいやらしく見ていた。
(クズが……)
リガロは見ていた、きっと男の仲間だろう……
ワザと少女の前に足を出してひっかけさせたのだ。
他の客は一瞬こちらを見たが、その後は誰も知らんふりだった。
「申し訳ございません」
犬獣人の少女は真っ青になりながら、獣耳を震わせて立っていた。
「ほら、こいよ。
優しい俺様が一晩つきあえば許してやるって言ってんだよ」
そう言って男は少女の腕を掴んだ。
「やめてください……」
涙目になりながら必死に抵抗していた。
(くそぉ……目立ちたくないんだがな……)
リガロが立ち上がろうとした時だった……
ローブを纏った横の男がリガロの手を掴んでいった。
「やめときな……。あんた獣人だろ」
「…………!!」
その男はローブを脱いで姿を現した。
「兄さん、悪いねぇ。
その子は今日私の予約が入ってるんだ」
「あぁ?」
男たちはいきなり現れた邪魔者にいきり立ったが
その者の顔を見て急に大人しくなった。
「血染めのアマーリア……」
男だと思った冒険者は女だった。
真っ赤な髪と真っ赤な瞳の色っぽい大きな女だった。
「あたしの事しっているのかい」
「お……おう」
男たちは急に借りてきた猫のようになった。
「あんたのお気にいりだったとは知らなかった。
勘弁してくれ、それじゃあ俺たちはこの辺で」
男たちはすごすごと帰って言った。
「手ごたえのないつまらない男だね……」
そう言いながらストレートのウィスキーをグイッと一気に飲んだ。
「兄さん、あんたいい目をしてるね。
この街は初めてかい?
よかったら、私の行きつけで一緒に飲まないか?」
そう言って女は豪快に笑った。
何故か街外れにある酒場でリガロは女冒険者と飲んでいた。
しかも女冒険者の膝の上には、先ほどの犬獣人の少女が
座らせられており、時より獣耳をハムハムと甘噛みされたり……
撫でられたりして可愛がられていた。
「あらん、アマーリアったら両手に花じゃなぁ~い。
もう羨ましいわぁん」
ここの店主だろうか、スキンヘッドのムキムキの男が
腰をくねくねしながらシェイカーを振っていた。
「フフン、羨ましいだろう。
さぁ、遠慮なく飲め、小汚い小さい店だが酒も飯も旨いぞ」
そう言って女は豪快に肉の塊に齧り付いた。
「小汚いはよけいよ、もう、メっ!
男前のトラ獣人さんも遠慮なくのんでねぇ。
犬のお嬢ちゃんは、ミルクティーでいいかしら?」
そういってウィンクしながら店主は料理を振舞ってくれた。
「あたしはアマーリア、しがない冒険者さ」
「あらん、アマーリアでさえ、いい男の前では
しおらしくなっちゃうのねぇ。
この大女、ランク上位の魔物ハンターよ。
いつも先陣きって殴り込んで容赦なく仕留めるから
ついたあだ名が“血染めのアマーリア”」
従業員だろうか、違うタイプのムキムキの男が揶揄う様に言った。
「そのあだ名やめろって言っているだろう」
「しりませーん。私が言い出したんじゃないもの」
「お前も血祭りにあげるぞ、こら」
「きゃー怖い、お兄さんも気を付けてね」
楽しそうにやり取りをして酒を飲んでいた。
「あんたも何か食べな」
そう言いながら、犬獣人の少女にも甲斐甲斐しく世話をやいていた。
「ありがとうございます。
こんなに柔らかいお肉久しぶりです」
少女は涙を流しながらお肉を頬張っていた。
「獣人に優しいのだな」
リガロがそう言うと女は恥ずかしそうに言った。
「遠い昔……獣人に命を助けられてな……。
その男が忘れられないんだ……」
懐かしむように遠い目をしていた。
その時後ろの方からある話が聞こえてきた。
「本当にみたんだよ、俺」
この街の住人だろうか、若い男たちが盛り上がっていた。
「あそこは随分昔から空き家だぞ」
「そうそう、どこかの貴族のお屋敷らしいな。
でも、誰も住んでないはずだぞ」
「本当にみたんだ、若いトラ獣人の女がいたんだよ。
しかも凄い美人なんだ」
男はうっとりするように言った。
「酔っていた時の事だろう?
お前の願望が幻を見せたんじゃないか?」
「…………!!」
リガロは更に聞き耳を立てた。
「俺は、小さなトラ獣人の子供をみたって聞いたぜ」
(もしかしてお袋たちか……)
無意識に獣耳がピコピコしていたのだろう。
「気になるのか?」
アマーリアに楽しそうにそう問われ挙動不審になった。
「まぁ、まかせときなって」
そう言うと女は酒瓶を一本もって、その若者たちに突撃した。
話をまとめると……。
街外れに長い間放置されている洋館がある事。
最近夜になるとちらちら明かりが見える事。
昼間に行ってみても誰もいない事。
時よりトラ獣人の美人な幽霊が出る事という話だった。
(試しに帰りに行ってみるか)
リガロはそう思いながらさりげなく場所を頭に
記憶するのであった。




