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20.ナンパしてみた

凶悪顔のクマ獣人は、“フェリックス”さん。

美少女のウサギ獣人は、“キャロット”さんというらしい。


二人は同じ孤児院で育った義兄弟だ。

戦争孤児な上に、その孤児院が劣悪な環境だった為に

この街に逃げてきた。


ここで行き倒れている時に、この定食屋の老夫婦に

運よく助けられ、今日までやってきたという事だった。


「苦労されたんですね……」


ヴァイオレットがしみじみそう呟くと……

キャロットはフェリックスの顔を見つめながら微笑んでいた。


「フェリが一緒にいて守ってくれたから

ここまでやってこられたのです」


「…………」


当の厳ついクマ獣人は恥ずかしいのかそっぽをむいていたのだが

尻尾が尋常じゃないくらい嬉しそうに上下に揺れていた。


(ラブラブですか……)


「ところで、あいつらはなんだ」


そんな甘酸っぱい雰囲気に耐えられなくなったのだろう

リガロは話を本題に戻した。


「あぁ……あいつらは地上げ屋だ。

このあたりにどでかいホテルを建てたいらしくてな。

数年前からこの一帯の土地を強引な方法で買い占めている」


(なるほど……。

典型的な悪徳不動産屋とバックになにか胡散臭い企業が

からんだ土地売買案件かぁ……)


「先ほどお金を払っていたようですが、あれは?」


ヴァイオレットは更に切り込んだ質問をしてみた。


「あぁ、この店の使用権利料金だ。

奴らが言うにはこの店の土地の権利を持っているらし」


苦々しそうにそう呟いた。


「と、いいますと……?」


「以前は、親方……。

俺たちの養い親とこの土地を持っていた人との契約で

まっとうな料金で賃貸契約を結んでいたんだ。

しかしその方がなくなり……

息子があいつらに土地を売る約束をしてしまった」


よくある話といえばよくある話よね……。


「しかし、土地賃貸契約の期間が終了しないので、

まだこの土地を借りられる権利が俺達にはあるんだ」


「それならば、その息子さんに定期の賃貸料を

払えばいいのではないですか?」


「俺達もそういったのだが、息子さんは

あの人達にまかせたからそっちでやってくれと

まるなげでな……」


フェリックスは困ったように眉尻を下げた。


「だからあの人たちのやりたい放題だよ。

毎月膨大な貸し賃を要求されている。

その上、店にきて嫌がらせをして帰っていく……」


キャロットは悔しそうに言った。


「早い話が早くこの土地から俺達が出ていって欲しいらしい」


「…………」


「ここは、先代が大事にしていた店だ。

守っていきたいんだ。それに……」


そういいかけてフェリックスは口をつぐんだ。


「…………?」


「いや……なんでもない」


何か言い淀んでいるようだった。


「あの……お嬢さん。

込み入った事をお聞きしますが、そちらの方はもしかして

獣人の方ですか?」


言いにくそうにキャロットはリガロを見ながらそう言った。


「なんでわかったの?

リガロ兄さんは確かに獣人です」


リガロはフードを取ってその姿を現した。


「獣人同士はその気配や匂いでわかります。

特にお兄さんは肉食獣人ですからね。

僕のような草食獣人は、かなり敏感に感じ取ります」


「そうなんだ……」


「しかし不思議な取り合わせだな。

お嬢さんは人だろ。

しかも隠しているみたいだが、あんた貴族だよな」


そういってフェリックスさんは、ヴァイオレットを

上から下まで眺めた。


「えっ?」


ドキッとして思わず動揺して狼狽えた。


「なぜわかったのです?」


「雰囲気だな。

姿勢もいいし、食べ方も綺麗だ。

何より手が綺麗だ、庶民でお嬢さんさんみたいな

綺麗な手の女はいない」


そう言われて、ヴァイオレットは自分の手をみた。


「それに、トラの兄さん。

常にお嬢さんの周りを気遣っているし、隙がなさすぎる。

多少粗削りな感じはするが、訓練された身のこなしだ。

あんた護衛かなにかだろ」


鋭い指摘にふたりして狼狽えた。


「ハハハハッ……。

あんたたちも訳ありのようだな」


「…………」


ヴァイオレットは半笑いを浮かべるしかなかった。


「話を戻しますが、そんな強引な土地買収が進んでいることを

ここの領主の方は知っているのですか?」


「どうだろうな……。

まぁ、訴えたところでお上が俺たちの為に動いて

くれるとは思わないがな」


「…………」


確かにそれはあるあなぁ……。

うちの領地でも悲しいかな、獣人の訴えが上がってくる事は

ほとんどなかったもんな……。


微妙な重苦しい空気が流れた。


そこに……


「ただいまぁ~」


「フェリ兄~お腹空いた~」


子供たちが店の中に入ってきた。


二人の茶トラ柄の猫獣人だった。

10歳くらいだろうか……。


顔がそっくりなのでおそらく双子だ。

瞳の色が違うのでそこで見分けがつきそうだ。


「あれ、お客さん?」


興味津々に瞳が青い子が近づいてきた。


「こんにちは」


ヴァイオレットが挨拶すると、驚いたように飛び上がった。


「お人形さんが喋った!」


目を丸くして、ヴァイオレットをキラキラとした瞳で見つめた。


「こら、失礼だぞ、シャル」


もう一人の茶トラ猫獣人の少年が注意をした。


「だって、こんな綺麗な人見たことないから」


さらりと凄い事を言ってきた。

改めていわれるとちょっと照れるわ。


「お前たち、鞄を置いて手を洗ってこい」


フェリックスにそう言われて、二人は慌てて

店の奥へと消えた。


「騒がしくてすみません」


「いいえ、あの二人も?」


「はい……。孤児院から引き取ってきました」


フェリックスさん達が大きくなって、元いた孤児院を

訪ねた時には、経営難なのかほとんど潰れかけていたそうだ。


そこで最後まで残っていたこの二人を引き取り

今まで育ててきたらしい。


一緒にいた他の孤児達の行方はわからないそうだ。

人ならば貰い手がつくそうだが、獣人は厳しいらしい。


あったとしてもそれは……。


二人は当時いた仲間たちの行方を知りたかった。

二人が逃げられたのも、その仲間のおかげだった。


その為にお金を貯めて、この店を頑張っているのだと

ようやく話してくれた。


それももう限界に近づいていた。


「それで、今後の見通しはついているのですか?」


「いや……それは」


フェリックスは厳しい顔で獣耳をへにょっとさげた。


「今年中に……

8,000,000クーヘンを支払わないと立ち退きです。

それどころか、借金はかさむばかりだし。

このままならあいつらの言う通り、みんなここで

野垂れ死ぬことになるよ」


「キャロ!!」


窘めるようにフェリックスは叫んだ。


「もうどうにもならないところまできているのは

フェリだってわかっているでしょ」


フェリックスは気まずそうな顔をして……

キャロットから目をそらした。


店の奥からは猫獣人の双子が心配そうに

こちらを覗き込んでいる。


そんな空気などお構いなしにヴァイオレットは

いきなりフェリックスにこう告げた。


「ねぇ、もしよかったらなんだけど……

あなたの腕を買いたいの。

私たちと一緒に来ませんか?」


「はっ?」


リガロを含むそこにいた全員が目を剥いた。



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