騎士団長、苦難の令嬢生活①
「いったぁ!」
後頭部から感じる鈍い痛みで目が覚める。
勢いよくベットから転げ落ちたようだ。
「なんだ?ここはどこだ?」
見たことの無い部屋だ。
薔薇が描かれているピンク色の壁紙、うさぎやくまなど動物の可愛らしい人形や豪華な宝石のついた装飾品…。
どこかのお嬢さんの部屋のようだ。
「なんでこんなところに…。というか、あの後どうなったんだ!?」
記憶が曖昧で分からない。
なぜこんなところにいるのか。
レオ…レオは、どうなったんだ!
確か、あの時、俺は刺されて…。
いつもの癖で髪を掻く。
……ん?なんだ?
スルスルと毛先まで髪を撫でる。
どうして髪が腰の辺りまで…???
いや、待て。
そもそも最初から違和感を感じていた。
…体が軽すぎる。いつもの筋肉質な重みがない。
手だって剣が握れるか怪しいほど小さいし、明らかに目線も低くなっている。
そして……何より……。
胸の辺りにないはずの重みがあり、股の辺りにあるはずの重みがなかった。
落ち着け、落ち着け。
ヒッヒッフーと呼吸を整え、恐る恐る近くにあった鏡に手を伸ばす。
「なっなんだ…これ…。どうなっている…。なぜ…なぜ…」
動揺で鏡を落とす。
「俺が女になっているんだぁああ!!!」
その叫び声で外にいた鳥たちが飛び立っていく。
どうして俺は、あの時死んだはず。
あれから何年経ったんだ。
いや、そもそも…これは誰なんだ。
鏡を持ち上げ改めて確認する。
グリーンのぱっちりとした目、頬もほんのり紅い。とても可愛らしい女性だ。こんなに美しいと言い寄る男も多いことだろうと他人事のように思う。
長い金髪が太陽の光をキラキラと反射している。…この金髪は、俺に少し似ている気もする。パジャマは大きなフリルのついたとても動きにくそうな服だ。
…まるで人形。
「この顔どこかで見たことがあるような、ないような〜。やっぱりないような〜。」
頭を抱え悩んでいると、扉から激しいノックが聞こえた。
「お嬢様!アリアお嬢様!!どうされたんですか!」
侍女だろう。慌てた様子だ。俺が大声を上げたもんだから驚いてしまったんだ。
俺は咄嗟に
「大丈夫よ!鏡を落としてしまっただけ!」
と言ってみせた。
騎士団長だった俺がこんな女性らしい言葉づかいで話すなんて正直めちゃくちゃ恥ずかしいが…我慢だ。
きっと今の状態をレオに見られたら馬鹿にされるだろうな。
「お嬢様入りますよ。」
入ってきたのは、きちんとした身なりの侍女だった。このアリアとかいう令嬢は、相当の貴族なんだろうか。
「目を覚まされたんですね!もう動かれて大丈夫なんですか?
アリアお嬢様、5日もうなされてたんですよ。本当に心配で…。」
そうだったのか。確かに、すこし体がだるい気がするが…アリアは、病弱なのだろうか。
…ってそうじゃない。そんなことよりもまず、この状況を切り抜けなければいけない。
今の俺は、今がいつかも、場所も、この侍女の名前も、俺自身についてさえも何も知らない。
何とか情報を得なければ…。
「あーえっと…あなたは誰だったかなぁ…なんて。ははは…。」
「…。」
流石に最初から名前を尋ねるなんてまずかったか。
これでは記憶がないのがモロバレじゃないか。
もし、頭がどうにかなってしまったのだと思われて、病院にでも入れられたらどうする!
動きずらくなってしまうだけだ。色々と知りたいこともあるのに…。
何とか弁解しなくては。
「いや、今のは─」
「私はサラでございますよ、お嬢様。」
ニコッと笑って答える。
俺の考えとは裏腹に侍女は、至って普通だった。まるで名前を覚えられていなくてもそれが当たり前のように。
気を取り直して今度は慎重に尋ねていく。
「ありがとう、サラ。ところで今は何年のいつなん…なのかしら?熱のせいで少し記憶が曖昧で…。」
あの戦いがあったのが562年の2月頃…。そんなに時間が経ってないといいんだが。
「えっと今日は、565年の5月13日でございますよ。」
「3年!?」
「どっどうされました!?」
3年!?3年だと…!なんてことだ…。
あの戦いはどうなったんだ。
レオ…レオは…。