スーパーウルトラフラフニカーバニエッセントスぺモルギーニ南国白くまくん
明るく人を笑わせるような話を書こうと思ったのにどうしてこうなった…
午前11時55分。誰かもう見ただろうか。いや、見ているはずがない。誰れもまだ見ているはずも、手に入れてもいないはずだ。いくら日本中、いやもしかすると世界中の人がその発売待ち望んでいるとはいえ、厳密に決められた発売日と発売開始時刻を破って手に入れようとする奴はいないだろう。なぜなら、それ以前にも手に入れようとした奴らはいたが、彼らは尽くニュースを賑わせる燃料と化していったからだ。いずれ、その灰は名もなく人口動態統計の死亡数の中へと埋没させられていくだろう。いい気味だ。
俺はそんなクズ共とは違い、こんなにも社会人として理性を保って、文明的な嗜みとしてスーツをしっかりと着こなし、あまつさえその胸裏にはヒューマニストとしての皮を被って、顔には余裕のある微笑さえ浮かべているのだ。その無様で軽率な行動は私のような紳士にとって哀れですらある。だが、もしそんな彼らの中のほんの僅かな一人でも実は人知れず手に入れていたならと思うと、気が狂いそうだ。嘘だ。もちろん祝福する。彼らの尽きることを知らない蝗害のような欲深い願望に突き動かされて出で立った恥知らずな行動を!
にわかに列の先頭のほうで歓声が上がる。気づかぬ内に握りしめていたこぶしを両手でもみ合うことでほぐし、肺の淀みを吐き出す。気づけば12時となっていたのだ。周りも急に風に吹かれて草むらから沸き立つ虫のように色めきだす。列が進む。これからだ。これからなのだ。
一歩前に進む。前に立っている同じくスーツ姿の男性に社会の歯車からミジンコの餌としての大役を与え、所属しているであろう現世のクソのようなブラック企業から史上最もホワイトな天国へと栄転して頂きたくなるが慌てない。こいつはいてもいなくても僅か数分でその存在意義が消える存在なのだ。人生の数分を惜しむほど、余裕がない人生を送っていないわけではない。正直、俺の幸福への道を阻むという意味では、生きていようが死んでいようが消えて欲しい存在であることは変わらないが、そいつの消滅を望むことで人生の中の数分すらも惜しむ人間となることが耐えられないのだ。
また一歩進む。目を向けると先頭のほうでは品物を受け取って帰る客が見える。あれは裏切り者だ。彼女は自らの人生を台無しにして、今まで築き上げてきたであろう社会から彼女自身への信頼を地の底へと落とし泥で汚したのだ。たった一つのアイスを買うためだけに彼女の人生は無価値なものへと相成ったのだ。あと15分遅く列に並んでいたのであれば、彼女はその生命の輝きを損なうことがなく、未来堂の経営を支える礎の石ころの一つとしての使命を果たしたものを。非常に残念なことだ。そんな彼女への同情とは裏腹に、その表情はこれからすぐに起こるであろう未来への期待とそれを約束する色彩豊かなフルーツで彩られた-18℃のチケットによって、人目もはばからず晴れ晴れと笑みがこぼれていた。
三歩進む。大学生の三人組だ。彼らの未来は輝かしい。商品を買い終え、恐らくこれからどこか公園のベンチなどでその幸福にありつくのだろう。人生と今日この日のつかの間の凪の中というわけだ。大学生というのは虚無と不安という暗闇に包まれ、得てして突飛な悟りをこの世の天地開闢の光と見間違う。不思議なもので、たとえそれが後々において現実の理不尽や経験に晒され輝きを失ってしまい、今では豆電球の光程度の輝きしかなかったとしても、暗中の光の眩しさは失われないものである。彼らもまたこのアイスを食べることで一つの天啓を得るに違いない。
もう順番は近い。目の前の男が注文をする。先ほどまではミジンコの餌として生涯を終えようとしていた彼も今では、私の輝かしい一瞬先の未来の姿だ。商品を指さし、店員に確認をされ、肯定し、金を払い、商品を受け取り、その意識をアイスに奪われ注意散漫の中、帰宅する。彼は長い人生の中で多くの偶然と努力の積み重なりの中でそれを手に入れるのだ。それはおそらく彼が初めて二本の足で立ち上がろうと机の脚を掴みながら、無我夢中で己の身体を捩じらせ、その腕で支えながら見た風景と変わらないものであろう。そういう時、人は思わず微笑むのだ。現に目の前で会計を済ませてアイスを受け取った彼が微笑んでいるように。
さあ、私の番だ。待ちわびた。この永い時は物理的にはおよそ四半刻に過ぎないとしても、精神は時として物理量を凌駕するのだ。でなければ、精神物理学の研究はその始まりから終わりまで誤りに満ちたものとなるだろう。例え、注文をするために店員に一歩歩み寄らなければならないとしても、足取りは軽いほうがいい。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」
「すみません、この『スーパーウルトラフラフニカーバニエッセントスぺモルギーニ南国白くまくん』を一つください」
嗚呼、私の人生は今完成したのだ。
なんだこれ