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平将門公異聞

『こんにちは、ノムーラはん』外伝~将門公新コロ退治の巻2-夏のホラーかくれんぼ始末記

作者: すのへ

ぼくたちはかくれんぼをしてたんだ。広いお屋敷だからかくれるところはいっぱいあった。だけど、ぼくがえらんだのは押し入れさ。そ、かくれんぼの定番。ありきたりだから、かえって怪しまれないって思ったんだ。だれにも見られていないのを確認しながら、大きなふすまをそっと開けた。上の段も下の段も空っぽだった。ぼくはしめたと思って下の押し入れへ入ろうとした。そのとき


おや


ふっと人の気配がした。だれもいないはずなのに。もうぼくは押し入れの空間に首を突っこんでいたんだけど、気になって見ちゃったんだ。その上の段を



そこにはほの白い人影がぼうっと浮かんでいた。背筋に冷たいものが走った。ギロっと光る二つの目がぼくをにらむ。その顔といったら、まるで岩のようで


(ぎゃあああああああ)


ぼくは声にならない叫びを思い切り叫んでいた。幽霊、お化け、妖怪、物の怪


「ぎゃああああああ」


こんどはほんとに声が出た


『ふにゃ』


腰がぬけた。そのまま後ずさりする。いつの間にか広間は暗く夜のようになっている。夕立かな。と思うとピカッと光った


ガラガラガラガラ! ピシャーン!


落雷でぼくはちびりそうになった。思わず頭をかかえ込んで体を丸くする。もう顔をあげる勇気もない。ぶるぶる震えるばかりさ


「えー、一席お付き合いを願います」



「いまも昔もコロコロ騒動てものがありまして、まあそんなことにまつわるようなお話なんですけど」


なにか始まっている。ぼくはおそるおそる顔をあげてみた。すると、押し入れの上段にツル天のおじさんが座っていた。白い着物の袖口をまくりあげて小さな机を扇子でペペンペンっと叩きながら話している


「時は文政五年、江戸後期の人々が市中にバタバタと倒れ、激しい吐瀉としゃののち三日足らずで死に至る疫病が蔓延し、人々を恐怖の底に叩きこみました。さらに下ること三十六年、安政五年にもこの病が猖獗しょうけつを極め、人々はコロリと呼んで震え上がったのでございます。致死率は七割にも及んだそうでございますから尋常ではありません。数万から数十万人が落命したそうです。当時の人口からすればとんでもないこのコロリすなわちコレラに並び称される疫病が、令和のコロナでございます。致死率などコロリの足下にも及びませんが、人々は洗脳による無症状の恐怖にさいなまれております」


ふーん。なんか、コロナの話かな。うんざりなんだけど、仕方ないね。ぼくはもう観念してその場にうずくまって、どのみち腰がぬけて立てないんだから、そのおじさんの話に耳をかたむけることにしたんだ


「江戸のコロリは人がコロコロと死ぬからコロリ、令和のコロナは人がコロコロとだまされるからコロナってわけで。それはともかくとしまして、そんな現代の人々の苦悩を除かんと立ち上がりましたのが、かの平将門であります。コロナ島を求めて江戸時代に乗り込んで八面六臂の活躍を経て、現代に戻ったいきさつは前回分を読んでいただくとして。さて、将門一行が颯爽と雑踏を突き進み、交差点に差し掛かったあたりで、モルーカスがノムーラに声をかけます


「ノムーラはん」

「なんや。モルーカスはん」

「わてら、チンドン屋みたいに見られてまへんか」

「え。せやな。本物の不動明王に平将門、ドーランの團十郎、神田の熊八やもんな」

「細タイのわてら、マネージャーでっか」

「せやな。グラサンでもしとこか。シャッポもかぶって」


「おい、おぬしら」


前を歩いていた将門が振り返ります。鋭い眼差しにブルッとノムーラとモルーカスはふるえました。


「へ。なんでおます」


「團十郎とか申す此奴こやつ、ほんとうに新コロを退治できるのか」


「江戸時代には『不動の見得』で病を治したっちゅうことですわ」

「それがきっかけで不動信仰も広まりましたんや」


「ふむ。ならば、本物の不動が見得を切ったほうが霊験もあらたかではないか」


「いや。それはでんな、また話がちごうてきますさかい」


「さようか。して、われらはどこへ向かっておる?」


「え。はて。あ、熊八はん。わてら、どこ行くんでっか」

「へっ! 行く先なんか知るかっ! 足の向くまま進むまででェ」

「え? 行き先しらずに先導してたんかい。そら、あかんがな」

「團十郎はん。あんさん、どこで見得、切りなはる?」

「舞台ならどこでも構やしねえ。ただ、大勢の人の目に触れねえとな」

「そうでんな。見てもらわんことには快癒も悪疫退散もかないまへん」

「YouTubeで流しまっか。それかニコ動とか。あ、TikTokとか」


などと話しながら大通りを進んでまいりますと、行く手にテレビ局の看板が見えました。おお、そうだ、テレビでろうってんで話が極まりまして一行はテレビ局へ向かいます。


「あ、ちょっとちょと! あんたたち、かってに入ってはいけません。受付を」


いまどきのテレビ局ですからセキュリティにうるさく、警備は厳重です。そこへもって来て風体の極めて怪しいノムーラ一行ですから阻止されないはずがありません。


「どちらへ行かれるんですか。IDカードは? じゃあ入館証は。ないの?」


こうなるとノムーラ&モルーカスの出番です。つつつと警備員に歩み寄ると、得意の弁舌を奮います。


「わてら売り込みに来ましたんや。團十郎に不動明王、それに平将門でっせ」

「総務のサトーさんに話つけてあるさかいな。よろしゅうに。ほな」


「ほな、て。サトウさんてどの佐藤さんですか。いま連絡を」


「サトーいうたらいま売り出し中のサトテルでんがな。ほな」


「待ちなさい! コラ! でまかせ言いおって。ちょっと手貸してくれ~!」


大柄な警備員がノムーラにつかみかかり、騒ぎに気づいた警備員たちが持ち場を離れてわらわらと駆け寄って参ります。警備が手薄になったところを團十郎、不動明王、平将門はするすると関門を突破し、通りかかった時代劇の役者に混じって館内へ侵入してしまいました。熊八はというと、とうに姿が見えません。


「こら、放せ。放さんかい。わてらなんもしてへんがな」


「やかましい。だいたいその言葉遣いが気に入らねえ。おおかた大阪株にでもやられたんだろうが」


「なんでんねん、大阪株て。わてらたしかに株屋やけど」


「そら見たことか。大阪株の感染者だな。おう、みんなやっちめえ!」


くんずほぐれつしておりますと、そこへ通りかかったのがカブト神社の神主です。もとよりノムーラたちとは顔見知りですから看過するわけにもいきません。難儀やな~とか思いながらも声をかけます。


「あれま。ノムーラはんにモルーカスはん。なにしてまんの、こんなとこで」

「お、神主やないか。ちょうどええわ。こいつらにわてらの素性、説明したってんか」

「中へ入りたいんでっか。そんならわての助手っちゅうことにしまひょ」

「助手? また、祈祷でも頼まれたんでっか。悪疫退散とか」

「へえ、それがでんな。悪疫退散の得意なモン呼び出してくれ、言われましてな」

「へ? なんで神主はんが直で悪疫退散の祈祷しはらしまへんの」

「わてではインパクトが足らんそうですわ」

「アマビエとか安倍晴明とか元三大師がんざんたいしとか召喚すんのか」

「へえ、よう知ってまんな。だれがよろしゅうおすやろ?」

「まとめてみんな呼んだらええんちゃう。でけるんなら」

「ほなら、景気ようやってみまっか。あ。この人ら、わての助手やさかい、通りまっせ」


きょとんとしている警備員を後にして三人はスタジオに向かいます。


「あ、神主さん、早いですね。祭壇、まだ途中なんですが。こちらです」


ディレクターらしき人物が神主を迎えます。スタジオに案内された神主は、榊を巡らした祭壇を眩しそうに見あげます。その昔、諸葛孔明が赤壁で風を呼ぶための祭壇をしつらえたときのように高揚した気分です。さあ、やるぞと神主はいつになく気合を入れます。


「この方たちは助手さんですか。えーと、巫女さんじゃないんですね」

「わて一人でかまんのやけど、にぎやかしがおったほうがええでっしゃろ」

「はあ。それはそれとして。じゃ、こちらで巫女さんは用意させてもらいますので」

「わてらが女装して巫女やったろか。ごついでぇ~」

「いや、けっこうです。控え室はあちらです。はい」


三人は控え室に引き取ります。


「ノムーラはん。早よ團十郎はんら探さんと」

「せやな。けど、どこに紛れこんだかわからんからな」

「今さらやけど集合場所、決めときゃよかったでんな」

「ええやん。入ったらこっちのモンや」


「リハーサル入ります。みなさんお願いしまーす」


年若いアシスタントディレクターが呼びに来ました。


「さ、行きまひょか」


三人はスタジオに入り、白い紙の直垂ひたたれぬさで囲われた祭壇に上がりました。大きめのスタジオにカメラが5台ほどスタンバっています。クルーがてきぱきと動き、照明が何度も切り替わって祭壇が暗くなったり明るくなったりします。神主は局が手配した急ごしらえの巫女さんに所作を教えています。ノムーラとモルーカスはそれぞれ祭壇の隅でひかえていましたが、神主の祝詞のりとのリハーサルが始まったのであらためて姿勢を正しました。


「祓え給い 清め給え かむながら守り給い かしこくも捧げ奉らんにえを収め給え 我が願い聞き入れたまえ ここに集う善男善女悪党輩ことごとく平伏して願い奉る かしこみ かしこみ」


神主の祝詞が始まるや、ノムーラとモルーカスは妙な気配を感じて目をあげました。


「あれ」

「おや」

「皆どこ行った。だれもおらん」

「おかしいでっせ。いまの今までザワザワしとったんに」


見渡すと祭壇のまわりにはだれもいなくなっていたのです。カメラや音声担当、司会やらアシスタントやら見物やらでごった返していたスタジオが、しんと静まりかえっています。煌々と明かりが満たす空間に人影はありません。わずかに機器が発する音でしょうか、虫の音に似た単調な音が時の流れを織り込んでいきます。白々しい光のなかでたたずむノムーラにモルーカス、それにバイトの巫女さん二人が状況を飲み込めないまま呆然と目を見張っています。異常な静寂にようやく気づいた神主が祝詞のりとを中断しました。


「えーと。なんでおます? どないしましたんや」

「どないもこないもあるかい! みな、消えてもうたやないかい!」

「え~ わてのせいだっか。リハでっせ。まだ本チャンやないのに」

「けど祝詞のりとが始まったら、皆消えよりましたんや」

「ほんまでっか。かなんなぁ。どないしょ」

「なんとかせえや。しゃれにならんでぇ」

「祝詞でこないなったんやから、べつの祝詞上げたらどないでっしゃろ」

「うん、せや。神主、わてらも唱和するさかい。早よ」


あわてふためく三人は声を合わせて祝詞を上げはじめました。ノムーラとモルーカスはもぐもぐ言いながら神主の声に合わせていただけなのですが、増幅された声は空しいスタジオにそれらしく朗々と響き渡ります。神主は護摩木をぼんぼん燃やし、炎と煙がゆらゆらとゆらめき、なにやら物凄い雰囲気になってきました。


「かしこみ かしこみ かしこみ申す。鬼神もあわれと思し召すなら我が願い聞き入れ給え」


そのときバタンと扉が開いて一団がスタジオになだれ込んできました。よかった戻ってきたと目をやると、それは異形の一団で時代劇や異国、SFふうの身なりをした人たちです。そのなかにはなんと将門や不動明王、團十郎、それに熊八もいました。先導していた局員らしき男がハアハア息を切らしながら、「ここでした。じゃ、打ち合わせどおりお願いしますね」と言うや、スタジオの状況も確認せずにまたバタンと扉を閉めて行ってしまいました。取り残された一団は指示を待っているようでしたが、人がいないことにようやく気づいて顔を見合わせます。


「なんだ。だれもいないぜ」

「おかしいな。もう本番始まるんじゃねえの」

「おーい。だれか居ませんか」


「ここに居りまんがな。こっちこっち。上や。ええわ、わてら降りていくさかい」


ノムーラとモルーカスは降りてきて、将門らの姿があったのでほっと胸をなでおろしましたが、役柄に扮装した出演者たちが口々に、この番組は生放送で本番がもう始まると言うのを聞いて青くなりました。


「逃げるんや」


言うが早いか、ノムーラはもう扉に取り付いていましたが、いくら押そうが引こうが大きな鉄の扉はびくともしません。把手とってのレバーをいくらカチャカチャといじってもびくともしません。電磁システムとか電子認証の類いで本番直前にロックされたのでしょう。


「あかん。どなしょ」


立ち尽くすノムーラの耳に落ち着いた声が頭上から聞こえてきました。


「はーい、本番はいりまーす。5分前」


「え? まだ5分あるんや。てか、どこから声してんの。助けて!」


スタジオのモニタールームは無事だったらしく、ディレクターやプロデューサーが何事もなかったかのように指示を出しています。スタッフが消えたのは、モニタールームから見えないはずがありません。どうやら企画が神主がらみの召喚ネタなので、これも演出の一つと勝手に解釈したようです。


「ノムーラはん、チャンスでっせ。團十郎はんの見得、生放送でいけまんがな」

「へ? え。え、そか。せやな。て、わてらが司会すんのかい」

「いつものとおりやればよろし。全国に流れまっせ」

「え。えーと。わてら、メジャーデビューかいな。株のマイナーを脱するんやな」

「さいだす。やりまひょ」

「うん。やろか」


てなわけで話がひょんな方へ進むのでありまして、将門や團十郎、不動明王とも話をつけます。ノムーラとモルーカスは司会者の位置に陣取り、パネラーの席に平将門、不動明王、團十郎、そして熊八が居並びまして、いよいよ始まりと相成ります。


「はい、本番入ります。八、七、ろく、五、よん、三、に ‥ (キュー)」


「えー、はいはい。こんにちは~ きょうもアホくさいネタで楽しんでもらおか」

「ちょちょ、テレビの前のみなはんに、なんちゅう物言いしなはるんや」

「け。視聴者はカモやん。カモられて喜んでるし。そこのアンタ。アンタのことやでぇ!」

「はいはい、もう黙ってなはれ。神主はーん、用意はよろしいか。お願いしまーす」


スタジオの照明が手順どおり落とされ、祭壇の火と灯りに浮かぶ神主が榊を振り回して祝詞のりとを上げます。


「ハンジャハラ オミクハラナラシ キィキチュナラ バエデ バル オンセ」


一条の煙がパネラーたちの前に現れ、暗い空間に人影が浮かび上がってまいります。姿かたちからそれは陰陽師と知れ、神主の声に覆い被さるように呪文を唱え始めました。


「リンビョウトウシャ カイジンレツ ザイゼン セイリョウビャッコ スザクゲンブ コウチンテイタイ ブンオウサンタイ ギョクニョ~」


またもや一条の煙が現れるや姿を見せたのは、耳の長いひょろっとしたイラストふうの人物はこれぞ元三大師がんざんたいし良源りょうげんさんでありましょう。さらにもうひとつの煙からは、アマビエと思しき異形の者が現れ出でました。さてなにが始まるかとパネラーも司会者も固唾をのんで見守っていましたが、出てきたなり何が始まるということもなく、陰陽師はひたすら呪文を唱え、元三大師とアマビエは突っ立ったままです。


「え~もしもし。せっかく来てもろたんやから、なんぞしてもらえまへんか」


ノムーラが呼びかけても、「え」と困ったような表情を見せるばかりです。エキストラが見よう見まねでカメラを構えていましたが、そのカメラが寄ろうとすると陰陽師の陰に隠れてしまいます。パネラーの熊八が思わず口を出しました。


「陰陽師はともかく、元三大師もアマビエも偶像だぜ。こっちが拝まねえとな」

「なるほど。ならご両人、隠れてんとそこへ出てもらえまっか。拝ましてもらいま」


三人並んだところでパネラーが起立し、ノムーラとモルーカスとともに拝礼します。


「なにとぞなにとぞ、悪疫退散を~」


ひとしきり祈ったところでさらに神主が祭壇から祈祷の声を張り上げました。


「オンバラ ハンカム シリシリュ カマムユ ユリサダベ カシコミカシコミ オンバラ ケ」


祭壇の火がひときわ盛んになり、一陣の風が炎を散り散りにさせたので危ないと皆が目を見張ります。炎は舞い踊りながら跳梁跋扈ちょうりょうばっこし、スタジオのあちこちでジュッと音を立てて変成出現するに至りました。


「ぐわ」


パネラーの席で悲鳴が。おや、熊八の顔になにか貼りついています。カメラがぐいと寄ってみるとひらひらしたものが浮かんでいます。うううううううと熊八は苦しそうな息で虚空をひっかいています。さらに寄ってみますと、顔のような造作が映りました。これは。


「一反木綿だな。こら、放してやれ。死ぬぞ」


隣席の不動明王がひょいと一反木綿の顔のあたりをつねって、ひるんだすきにグルグルと巻いてポイと投げ捨てました。熊八は虫の息でしたが不動明王が、えいと活を入れ背中をどやしつけると、ふうううと息を吹き返しました。やれやれと席にもどると、おや。目の前に子供が二人立っています。


「こんにちは。それがし、豆腐小僧にござります」


もう一人の子供が「黙っておれ」と誰にともなく命じます。一つ目小僧でした。不動明王はにこりともせず、豆腐を引っつかんで一口に平らげます。


「あ。かびが生えますよ」

「たわけ者め。わしにはそのような妖術は通用せぬ」


コワい顔で睨み付けるものですから二人ともべそをかいて行ってしまいました。替わって現れたのは見るからに妖艶な、しかし青白い女です。ずいと顔を寄せ、ふっと息を吹きかけると瞬く間に不動明王の黒い顔が凍てついて真っ白になりました。隣席の團十郎が異変に気づいて一喝します。


「こら! おまえは雪女だな。なにをしやがる!」


雪女はさっと退きます。替わって物陰からぬっと出たのは大きなマスクをした女でした。マスクをしているのでスタッフが戻ったのかなとみな思いました。まっすぐ團十郎の前までやって来て、下からじろりと見あげるやマスクを取りながら言うには


「わたし、きれい?」


マスクの下には耳まで裂けた真っ赤な口が大きく開いておりました。口裂け女です。團十郎は血生臭い息に直撃されてクラッと意識を失います。


「や。危ない」


手を差し伸べたのは将門でした。團十郎をイスに座らせると口裂け女をふり返って言い放ちました。


「口元を隠しておけば見れなくもない。その布、一生つけておれ」


口裂け女はおとなしくマスクをつけて柱の陰へ引っ込んでいきました。おや、司会の二人のところに人垣が出来ています。なんでしょう。カメラが寄ってみますと、その一団は鍋や釜やらチンドンやら山川草木の類いやらで、精を吹き込まれて自在に動き回り、ノムーラとモルーカスに貼り付いてうごめいています。二人の耳元でささやいている者もあり、集音マイクがその声を拾っていました。


「おうよ。わてら上方のモンや。仲間なんやでぇ。一杯いこか」

「去年も今年もコロコロ騒動でな、商売あがったりや。なんとかしてえな」

「お化け屋敷て死語になるんちゃう。助けてぇな。わてらの住処すみかなんや」


異形の者らに哀願されてもノムーラもモルーカスも返事に困ります。仕方なく黙ってへらへらとお追従ついしょう笑いを浮かべていたら


「このカス! ヘラヘラしてんじゃねえよ」

「人非人のスカタンが!」

「汚ねえ株屋風情のくせにいっちょまえのツラすんじゃねえや」


などと罵詈雑言の嵐となりました。さすがの二人も腹に据えかねて両手を振り回し、足を踏みならしてこの有象無象どもを追い払います。


「わあ」


スタジオの空間に散らばった果てに、カメラや照明、祭壇やらのセットに群がり付いて体当たりを喰らわすわ、蹴るわ叩くわ、口のあるモンはかじりつくわ、やがてガシャンといくつも照明が落ちて割れ、祭壇も傾いてくる始末です。


「神主はーん。危なーい。倒れまっせー」


と言う間にすでに祭壇はバランスを失って倒れ、祭壇のかがり火が音を立てて崩れ落ちてきます。すかさず砂かけ婆が突進し砂をかけて消火しました。神主も巫女さん二人も投げ出されましたが、巫女さんたちはそれぞれ垢なめと小豆あらいが受け止めます。しかし救い主を見たお二人はヒィと悲鳴をあげて気を失ってしまいました。神主は塗り壁の上にどすんと落ちました。


「あ痛たたたた。かなんなぁ」


そんな騒ぎの間にもスタジオには続々と妖怪やら化け物やら、おや、幽霊でしょうか、足のあたりがスカスカな人たちもいます。お岩さんやお菊さんですね。


「おいおいおい神主。なんとかせえや、こいつら。身動きも取れんがな」


その言葉どおり、もはや百鬼夜行などという風流なものではなく、妖怪やお化けがごった返して満員電車のようなありさまです。言うそばから轟音が迫ると見るや、ほんとうに電車が迫って来ました。前照灯に浮かびあがる物の怪たちが逃げ惑いますが、どんどん跳ね飛ばされたり、車輪に引き込まれていきます。


「ぐわ」「ぐえ」「ぬがががが」


断末魔の叫びが耳を聾します。危うく身を翻した者たちは、ほっと息をつくのも束の間、そんなばかなと目をあげた先に見えたものは、なんと大波を蹴立てて進んでくる船でした。


「え。船?」「波て。わ、水浸しだ」「くくく苦しい」


大海原にすり替わったスタジオは阿鼻叫喚のるつぼと化し、あっぷあっぷと波のまにまに浮かぶモン、沈むモン、雑多な魑魅魍魎が波に飲み込まれていきます。波に上下しながら進んで来たのは3本の帆柱を立てた船でした。すわ、宝船かい。いや七福神も八仙も甲板には見えません。大黒様も恵比寿様も布袋様もいなければ鉄拐てっかいさんも鍾離しょうりさんもいません。


「おい神主。これ、どないなってんねん」

「わて、さっぱりわかりまへん。いつもの召喚祈祷やっただけですさかいな」


甲板にはノムーラとモルーカス、神主、将門らパネラーの面々が帆柱や手すりにつかまって大揺れに耐えていました。


「スタジオの中でっしゃろ、ここ。こんな大海原みたいな」

「幽霊船てことやろ。海はオマケやん。神主が呼んだんや。腕あげたな」

「感心してる場合ちゃいまっせ。わてらどないなりまんね」

「知るかい。船に聞いてみるんやな」


幽霊船は波を蹴立ててすいすい進み、どこにこんな空間があるのか、スタジオの中なのはたしかですが、異次元が嵌入かんにゅうしてきたのか、はたまた折りたたまれた次元が展開されたのか、講釈師ふぜいにはさっぱりわかりません。


「あ、なんか見えてきましたで」

「島ちゃうか。せや。島や。わ、ぶつかる!」


幽霊船は岸壁にぶつかりそうになりながらあわやというところで浅瀬に乗り上げてスピードが落ち、そのまま岩だらけの入り江に止まりました。反動で一同みな甲板に倒れましたが、顔をあげてみますと、岩場の向こうに砂浜が、その向こうは原生林に覆われています。


「なんやねん、この島」

「上陸してみようぜ。よう」


真っ先に船を下りたのは熊八です。江戸っ子だけあって物見高く、下船するや岩をピョンピョン跳んで森のなかへ行ってしまいました。


「行ってしまいよった。報告待ってよか。じき戻って来るやろ」


神主や巫女さんも手を貸してもらいながらそろそろと降り、狭い砂浜へ辿たどりつきます。やれやれと腰を落ち着けて海のほうへ目をやると遙か水平線まで見渡せます。のどかな日よりで波がぴちゃぴちゃ砂を洗い、海鳥が森のほうへ飛んでいきます。ここがスタジオの中だなんてとても信じられません。なんだか眠くなってきました。ZZZZZZ・・・


「こらこらこら! 講釈師まで寝てやがるぜ。おう、起きろ」


熊八です。森の向こうまで行って早くも戻ってきたようです。


「なんぞありましたか。その、元のスタジオの手がかりとか」

「そんなもんありゃしねえや。人がいるぜ。小せえ人たちだがよ」

「え、人が。こんな孤島に」


「その者たちは新コロでは! こここそ、新コロヶ島ではないのか」


「将門はん、そういうややこしいこと言うのやめまひょ。済んだ話や」


「なにを申す。元を絶てば済むのだ。むつかしいことはない」


「いやいやいや。もう後は團十郎はんの見得だけですさかい。蒸し返さんといて~」


ともかく行ってみようと熊八を先頭に立てて将門一同、森の奥へとすすみます。日の光も差さない生い茂った枝葉の下を、用心しいしい足を運びますと、ひらけた場所に出ました。あふれる光のなかにずらりと居並んだのは小人こびとたちでした。その数、ひい、ふう、みい、よぉ、いつ、む、やぁ・・・十九人ですね。


「え。こびとが19人て」

「まさか」


はい。コビド19、COVID-19です。ここはほんとに新コロヶ島なのでした。そうとわかれば話は早い。将門は世のため人のためと一散に駆け出します。


「そのほうらが新コロとやらか。やっと見つけたぞ。神妙にせい」


小人たちは顔を見合わせるや、パッと左右に跳んで木々の間へ隠れてしまいました。将門は熊八やノムーラ、モルーカスに命じて手分けして追います。しかし、うっそうと茂る枝葉が行く手を覆い、追跡は難航を極めます。それでも将門はじめ一同はなんとか見つけようと森の中へ分け入っていくのでした。


「ノムーラはん」

「なんや、モルーカスはん」

「これ駄洒落オチでっか」

「え。まだ途中やん。これからやでェ」

「せやけど、この講釈師、演台片付け始めましたで」

「へ? おいおいおい。わてらこんな島に残してどないするんや」

「ほんまに。スタジオはええから板に戻してんか」


いや、わたしも疲れましたんでこの辺りでごめんを蒙りたいと。あ、だれか来ますな。巫女さんです。團十郎や不動明王と砂浜に残っていたのですが、どうしたのでしょう。


「たいへんですう。船が。船が行ってしまいましたぁ」


さすが幽霊船です。だれも乗ってなくても自力で航行していってしまったようで。さて、孤島に残されたノムーラたち一行はいかにしてこの島を脱するのか。19人の小人こびとたちを見つけることはできるのでしょうか。話の行き先が気になるところでございますが、締め切りも迫り、わたくしも疲労困憊、ここらでひとまずお休みを請うことに致しまして、一席の締めとさせていただきます、はい。



え。ちょっとちょっと、おじさん。おじさーん。わ、消えちゃった。お話、途中じゃないの。えー、どーなったのさ、この後。あーあ、広間がまっ暗だ。そうだ、かくれんぼしてたんだ。みんなどうしたかな。


おや


なんか後ろがザワついてる。人がたくさん動いているみたいだ。ふり返ってみたいけど、なんかコワい。


「おい、そこのキミ!」


え。ぼくのことかな。


「キミだよ。キミ」


ぼくは読んだばかりの耳なし芳一の話を思い出していた。へたに返事をすると連れていかれるんだ。ぼくは体を丸めてじっとしていた。


「キミキミ」


わ。来た。どうしよう。わわわ。逃げなきゃ。


「キミ」


わぁ。わあああああああ


「キミ。ねえ、ここってさ、8番スタジオだよね」


え? ぼくはおそるおそるふり返ってみた。すると、そこにいたのは。


「もう本番なんだけど。カメラは」

「祭壇どこ行った。ここどーなってるの」


この人たちって、あのおじさんの話に出てきたテレビ局の人たちじゃないかな。どーすんの。この人たちほんとにどーするんだろう。あのおじさんのせいだよね。ぼくは知らないからね。もうかくれんぼどころじゃないよ。いいや、帰ろ


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