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魔石の魔術師  作者: 鳥飼泰
番外編
9/9

小さな妖精

ごろごろと転がる苔むした岩を避けて、目的の場所へ向かう。山深い場所に特有のしっとりとした空気に、帽子につけた羽飾りもしんなりとしている。日差しを遮るほどに成長した木々に囲まれて、辺りは薄暗い。だがそのくらいの暗さが、この場所には合っているように感じる。

どこかを流れる小川のせせらぎを聞きながら、ティーズニートは機嫌よさげに歩を進めていた。


放浪の魔術師ティーズニートは、魔術師として独り立ちしてからというもの、あちこちを旅してまわっている。

その目的は、珍しい魔術を収集すること。

新旧を問わず、興味を引く魔術の話を聞けばどこへでも向かうのだ。


今回は、山の奥深くに封印された古い存在の話を耳にした。

どうやら過去に人間から厄介者とされた人外の存在が封じられているらしく、そういったものを封印する魔術は特異なものが多い。人外の存在はたいてい人間よりも力が強く、それを封印するとなるとかなり腕の良い魔術師が関わっているはずだ。もしかすると今は失われた魔術である可能性もあり、ティーズニートは麓の集落でその話を聞いてから、楽しみでたまらなかった。



そうしてしばらく山の奥へ分け入ったところで目の前に現れたのは、樹齢数千年とも思える見事な大木だった。

どっしりとした幹を支えるために根はいくつにも分かれて周囲に広がり、他の木々とも絡み合い、圧倒的な存在感を放っている。おそらく、封印を施すときにはすでにそれなりの年数を経た大木として、この木は自然の力を多く蓄えていたのだろう。そういったものの力を借りて人外の存在を封印することは珍しくない。

そしてその根元には、ティーズニートと同じくらいの大きさの岩がしっかりとはまり込んでいた。


「ずいぶんと分かりやすく封印されているなあ」


ここに、その人外の存在が封じられているのは間違いない。

ティーズニートは、他の魔術師に比べて目が良い。魔力の流れのようなものを視覚的に感知できるのだ。以前に友人のリクスが魔術契約に縛られていることに気づいたのも、この目のおかげだった。


(そういえば、あの主従契約はリクスも同意の上だと言っていたけれど、あれからどうなったのかな……。今度、様子を見に行ってみようか)


はるか遠い地の友人に思いを馳せながら、ティーズニートは封印の岩へ近づいた。


「……封印に使っている魔術は、それほど珍しいものではなさそうだなあ」


残念ながら、この場所の魔術はティーズニートの求めるようなものではなかった。だが、ずいぶんと年数が経っているはずであるのに劣化が見られないのは、やはり相当に腕の良い魔術師の手がかかっているのだろう。

そうすると今度は、そこまでの人物が封印した存在というのが気になってくる。


(ちょっと、解いてみてもいいかな?)


ティーズニートは珍しい魔術が好きだが、未知のものにはなんでも興味があった。

好奇心が抑えられずに、封印の岩に手を触れる。そこから、ひとつひとつ魔術を読み解き、ほぐしていく。


(丁寧に封印されている……)


複数の魔術が、きれいに重ね掛けされている。かけられた魔術自体はよくあるものだが、このように丁寧な仕事をする魔術師には会ってみたかったなと、ティーズニートは少し残念に思った。きっととても器用な魔術師だったのだろう。

作業を続けていけば、じっと見つめるティーズニートの目に、だんだんと封じられた存在の気配が見えるようになってきた。どうやら、ずいぶんと小さい。


「よし、これで最後」


最後の魔術を解くときに、ぐっと手で押すと、微かな手応えと共に岩が消えた。すると岩があった場所に、木のうろが現れる。


「おや、」


そして中には、その背に四つの羽を持った小さな妖精が眠っていた。

羽をたたみ、背中を丸めるようにして横になっている。封印は解いたが、まだ目覚めてはいないらしい。

妖精といえば、ティーズニートの知る限りでは、人間と同じくらいの大きさの種族だ。だが、目の前で眠る存在は手の上に乗りそうなほどに小さい。


「妖精ではないのかな? でも、羽を持つ種族なんて他にいたかなあ……」


悪い気配は感じないので、ティーズニートはそっと両手で妖精を持ち上げてみた。死んではいないようだが、いまだに目を開く様子はない。

少し考えて、ティーズニートはそのまま両手から魔力を送り込む。


「………………」


驚かさないように、少しずつ。じんわりと馴染むように。

すると、眠っていた妖精がぴくりと動き、ゆっくりと目を開けた。


「……………………にんげん?」


どのくらいの年数を眠っていたのか、まだ意識のはっきりしない妖精はぼんやりとしたままで目の前の存在に尋ねた。

その様子に、ティーズニートは微笑んだ。


「そうだね、わたしは人間の魔術師だよ。君は妖精かな?」

「ええ、私は妖精。……あなたが起こしてくれたの?」

「うん」

「そうなの、ありがとう」


いくらか意識が戻ってきたのか、小さな妖精はよいしょと起き上がって、ぐぐっと伸びをしながら背中の四枚の羽を広げる。微かな木漏れ日の中で、宝石のように羽が煌めいた。

そこに無邪気にあくびをする様子が、とても妖精らしい。


「ああ、なんだかすごく眠っていた気がするわ」

「そうみたいだね。君はどうして封印されていたの?」


こうして見たかぎりでは、この妖精が邪悪な存在には思えない。それなのに、ここまでしっかりと封印されていたのがティーズニートには不思議だった。


「んー、ちょっと悪戯しただけよ。人間を殺したりはしていないわ」

「なにをしたの?」

「人間の男たちの毛をむしったの」

「え?」


人間の毛とは、どういうことだろうと、ティーズニートはすぐには事情を理解できなかった。


「だって、最初に人間たちが手を出してきたのよ。私のこの素敵な羽を引っこ抜こうとしたの」


ひらひらと宝石のような羽を動かし、当時の憤りを思い出したのか妖精はぷりぷりと怒りながら話を続ける。


「だからお返しに、髪の毛をむしり取ってやったわ」

「毛って、髪の毛か……」


妖精の羽は見た目も美しいが、魔術道具の材料となる高価な品だ。おそらくその人間たちは狩人かなにかだったのだろう。

だが、それで失敗して仕返しを受けたなら単なる自業自得だ。それだけで封印までされてしまうのは、妙な気がした。


「そうしたらね、それがけっこう面白くて。出会う人間みんなの髪の毛をむしっていったの。男だけね」

「ああ、なるほど…………」


だから途中からは、仕返しではなくただの悪戯として男たちの髪の毛をむしっていったらしい。人間としてはさぞ迷惑だったろう。

それで困った当時の人間たちに封印されてしまったというわけだ。


なんとも悪戯好きの妖精らしい理由だったなとティーズニートが納得していると、そこで妖精が、今初めて気づいたように自分の体を見下ろした。


「やだ。私、どうしてこんなに小さいのかしら。昔はもっと大きかったわ!」

「うーん、まだ力が戻りきっていないのではないかな」


封印を解いてもすぐに目を覚まさなかったのは、眠っている間にほとんど力を失ってしまったからだろう。やはり相当に長い間、封印されていたらしい。

妖精は頬に手を当てて、困ったように首を傾げた。青色の髪が、さらりと揺れる。

ティーズニートには妖精の性別はよく分からないが、見た目と話した雰囲気では、この妖精はおそらく女性なのではないかと思う。そうなると、女性には親切に、を信条にしているティーズニートは放っておけず、ひとつ提案をしてみた。


「よければ、わたしと一緒に来る? わたしは珍しい魔術を集めて旅をしているから、そのうち君の糧になるような魔術にも出会うかもしれないよ。どこか落ち着きたい場所があれば、そこで別れてもいいし」

「あら、そうなの? …………行く当てもないし、そうしようかしら」


そう言った妖精は、ふわりと飛んでティーズニートの肩に乗った。飛ぶくらいの力はあるようだ。


「私、あなたみたいな人間は好き。魔力も強そうだし、この帽子も素敵よ」

「ふふ、ありがとう」


帽子についた羽をふわふわと嬉しそうに触る妖精に、ティーズニートも笑みを向ける。この装いは、ティーズニートは気に入っているのだが、人間からは珍しがられることが多い。それを褒めてもらえるのは嬉しかった。


「あまり長居する理由もないし、行こうか」


もうティーズニートの目的は達したので、ここに用はない。

それに、麓の住民に了解を得ず勝手に封印を解いているので、見られると面倒なことになるかもしれない。


「そういえば、君の名前を聞いていなかったな。わたしはティーズニート」

「ティーズニートね。私はタタよ」

「タタ、これからよろしく」

「ええ。私の姿が戻るように、頑張って珍しい魔術を見つけてね」


妖精らしく勝手なことを言うタタに、ティーズニートは笑った。

珍しい魔術は見られなかったが、代わりに面白い妖精に出会えた。


(そうだ。リクスはこういう存在が好きそうだから、見せに行こうかな。あのときの魔術契約がどうなったのかも、気になることだし)


いい考えだと頷いて、ティーズニートは肩の上の妖精と共に歩き出した。

こうして、放浪の魔術師に旅の相棒ができたのだ。


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