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魔石の魔術師  作者: 鳥飼泰
番外編
6/9

目が離せない

元・呪いの魔術師リクスはうっかりしすぎだ、とアライシュは思う。

呪いの魔術師と名乗っているにもかかわらず、うっかり自分が呪われて魔術師の命ともいえる魔力を枯渇させてしまったり。

それでアライシュという伝手にたどり着いたのは良いが、そのすぐ後に、今度は魔石をうっかり駄目にして作り直すはめになったり。


そのうち誰かに騙されるのではないかと、アライシュは心配で目が離せなくなる。




アライシュの恋人となったリクスは、今は魔石の魔術師と名乗るようになっている。さすがにリクス本人も呪いで魔力の底上げをするつもりはもうないらしく、それはアライシュも大いに賛成した。そもそも、アライシュとの魔術契約があれば、その必要もないのだ。アライシュは契約を解除するつもりはないので、リクスの魔力は今後もずっと問題ない。


魔石を扱う先達として、アライシュはリクスに求められれば、なんでも教えた。少ない魔力で魔術を扱おうと試行錯誤した経験があるためか、リクスは飲み込みが早い。教えているアライシュも楽しかった。


いっそ、ここで一緒に住めば良いのではないかとアライシュは思い、そう提案してみた。


「リズ、ここに住んだ方が便利じゃないか?」

「え?」

「部屋なら空いてるぞ。ああ、それとも俺と同じ部屋に、」

「アル、待って待って! ……えっと、気持ちは嬉しいけれど、まだ魔石の魔術師として駆け出しの身としては、ひとりで集中して作業する時間も必要だと思うの」

「……なるほど。それもそうだな」


その気持ちはとても理解できたので、アライシュは納得した。一緒に暮らせたら楽しいだろうと思ったが、リクスの成長のためなら仕方ない。しばらくは待つことにしよう。


そういうわけで、リクスはアライシュのもとへ通ったり、自宅でひとり作業したりして魔石作りの腕を磨いている。




そんなある日。


「アル、街で見つけたの」


嬉しそうに部屋へ入ってきたリクスの声に、アライシュは資料をめくる手を止めてそちらへ目を向けた。

その手には、程よく膨らんだ柔らかそうな桃色の布製品。


「……まくら?」

「そう。安眠まくらだって!」


リクスが街の雑貨屋で見つけたそれは、魔術で安眠効果を付与したまくらであるらしい。桃色を選んだのは、リクスの趣味だろうか。


「これね、すごく手ざわりがいいのよ」


ためしにアライシュも触ってみれば、さらりとしているのに吸いつくようで、極上の手ざわりだった。


「ちょっと使ってみようかしら……」


言いながら机にまくらを置いて、その上に頭を乗せてみたリクスが、すぐに驚いたように声を上げる。


「やだ、すごく気持ちいいわ、これ」


リクスは慌てて起き上がり、これはうっかり寝てしまいそうだと真剣な顔で言う。

おそらく、眠りを促す魔術がかけられているのだろう。なかなか面白い作品だなとアライシュも頷いて試してみる。


「ね、気持ちいいでしょ?」

「ああ、とても」


確かに、これなら安眠まくらの名にふさわしい睡眠を保証してくれそうだった。


「アル、夜はこれを使ってみてね。疲労回復効果も少しだけあるみたいだから、疲れたときのお昼寝にもいいと思うわ」

「ああ、ありがとう。リズも、ここで寝るときは自由に使うといい」


それは昼寝だけでなく、いつでも泊まっていって構わないという意味での言葉だったが、リクスは分かっているのかいないのか嬉しそうに頷いていた。



安眠まくらは、使ってみるととても良いものだった。

なんといっても手ざわりが素晴らしく、頭を乗せるとそれだけで癒やされたし、短い時間の仮眠でも、これを使うと疲労が和らいだ。


その日、アライシュは安眠まくらを使ってソファで仮眠をとっていた。

魔石の素材を寝かせる間のほんの短い時間のつもりだったし、リクスが来る予定もなかったので、面倒で寝台まで行かなかったのだ。


だが目を覚ましてみると、アライシュは寝台に寝かされていた。

目だけを動かして状況を確認したところ、そこはアライシュの寝室だろうと分かった。頭の下にあるのは、ソファで使っていた安眠まくらではなく、寝室にある自分のまくらだ。


ではなぜ自分は寝室に居るのかと横を向いてみれば、寝台の端に置いてある安眠まくらに頭を乗せて、寝台に寄りかかって寝入っているリクスの姿があった。


(今日は来る予定はなかったと思うが……)


おそらく、何かの理由で不意にやって来たリクスが、ソファで寝ているアライシュに憤慨して魔術でここまで運んだのだろう。

その際に、うっかり安眠まくらの睡眠魔術にかかってそのまま寝てしまったというところか。


「………………」


呆れたようにため息を吐いて起き上がったアライシュは、とりあえずと、リクスを寝台の上に引っ張り上げた。リクスからは、細いとよく言われるが、アライシュとて男性としての腕力くらいはある。それに、魔石の研究は体力勝負でもあるから、それなりに鍛えているつもりだ。

リクスが抱え込むようにしている安眠まくらを腕の中から取り上げてみたが、すぐには目を覚まさなかった。


「起きないのか…………」


安眠まくらの魔術の影響があるとはいえ男の寝室で油断しすぎではないかと思えば、少しばかり引っかかるものがあった。

リクスと思いを通わせたのはつい先日だが、アライシュはそれ以前にも分かりやすい態度をとっていたつもりだし、そのときのリクスの反応からも、異性としての意識はさせていたはずだが。


アライシュはしばらくリクスの健やかな寝顔を見つめてから、その顔にかかった灰紫の髪をそっと避けて、滑らかな頬に唇を落とした。


「………………」


唇に触れる感触が心地よくて他の場所にも何度か押しつけているうちに、リクスが小さく呻いた。ようやく目を覚ますのだろう。


「…………アル?」


完全には開いていないままにこちらを見つめる蜂蜜色の瞳に、アライシュは微笑みを深めて、今まで触れていなかったリクスの唇へ口づける。


「ん…………」


何度か啄んでから下唇を軽く吸い上げれば、誘うようにリクスの口がわずかに開くので、アライシュは遠慮なく口づけを深めた。


「ふあっ、」


逃げるように身をよじるリクスを、アライシュは両手で囲って寝台に押し付け、口づけを続ける。動揺して逃げようとする舌を追いかけ、擦り合わせた。そうして好きなだけ甘い口内を味わってから顔を離し、最後にリクスの額をぺしりと軽く打っておいた。

すっかり目が覚めたらしいリクスは起き上がり、打たれたところを押さえ、目元を染めてこちらをにらんだ。

寝起きの暴挙に抗議したいのだろうから、アライシュは先手を打っておく。


「お前がこんなところで寝るからだろう。仕置きだ」

「アルの寝室だもの」

「そうだな、男の寝室だ」

「男って…………、だって、アルじゃない」

「………………」


ここで、意味が分かりませんといった表情でこれを言われたなら、アライシュは男性として意識されていないのかと腹を立てるところではある。だが。


「私だって、他のひとの部屋では寝たりしないわ。でもここはアルの部屋だし。アルは……恋人、だから別に」


うつむき気味でぼそぼそと言うリクスの顔は、先ほどとは違う理由で赤く染まっているようだ。


「…………つまり、俺には何をされても構わないと?」

「っ、そこまでは言ってないわ!」


ということは、リクスが不満なのは最後の額を打ったことだけなのだろうか。

そう考えて、アライシュが額へ手を伸ばして撫でてみれば、リクスはすとんと落ち着いた。


ならばとその体を引き寄せ、腕の中に囲う。

リクスの細い腕がアライシュの腰に回されて、胸元へ顔をすり寄せてくる。

こうして抱きしめたときにアライシュはいつも思うが、リクスは女性的魅力にあふれる体つきをしているので、どこもかしこも柔らかい。特に、立派な胸のふくらみが。


「……柔らかいな」

「ふふ。それは、男性に比べればね。アルは硬いわ」

「そうか…………」


リクスが腰を撫でてくるのは、何か意図があるのだろうか。

ちょうど寝台の上であるし、この柔らかくて愛しい存在を抱きしめたまま体を倒してしまいたいという欲求が、アライシュの中でむくむくと湧きあがる。


(それはさすがにまだ早いか……)


だがアライシュは、ぐっと思いとどまった。あまり焦ってリクスを怖がらせてもよくないだろう、と。

仮眠をとる前に寝かせておいた素材が、そろそろ準備できている頃合いでもある。


最後にするりと首筋を撫でて、アライシュは寝台から下りた。

寝室から出ようと扉に手をかけたところで、そういえばと、後ろについて来ているリクスに尋ねる。


「ところでリズ。今日は来るとは聞いていなかったが、何か用があったのか?」

「え、用なんてないわ。ただアルに会いたかっただけだもの」


リクスの返事に、アライシュはぴたりと動きを止めた。

それから後ろを振り返り、灰紫の髪に手を差し込んでリクスに深く口づけた。

リクスは突然のことに驚いたようにしながらも、今度はアライシュの袖をきゅっと握って懸命に応えてくる。


気の済むまで貪ったアライシュがようやく唇を離すころには、リクスは目に涙を浮かべ、はくはくと口で息をしていた。その姿に再び劣情を催しかけるが、さすがに堪える。


「……俺もリズに会いたかった。いつでも来て構わない」

「うん…………」




魔石の魔術師リクスはうっかりしすぎだ、とアライシュは思う。

男の前でうっかり無防備に寝てしまって。それはアライシュだからだと言って、喜ばせてくる。

ただ会いたかったと、なんの含みもなく言いながら、うっかりこの腕の中へやって来る。

それでけっきょく、厄介な男にますます執着されているのだ。


アライシュは、もう目を離すつもりはない。


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