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魔石の魔術師  作者: 鳥飼泰
本編
3/9

3. 魔石作り

今度の対価として求められたのは魔石を作り直すことだけだったが、リクスは引き続き家事も引き受けた。放っておいたら、アライシュの生活が再び破綻することは目に見えていたからだ。

アライシュは研究者の気質が強く、集中するとすぐに寝食を忘れる。規則正しい生活を好むリクスには、看過できない問題といえた。



リクスが触ってしまった魔石は、周囲の魔力濃度を測定する魔石だった。魔術遮蔽をした手袋や布越しでなければ、屑石になってしまう代物らしい。


「そんな繊細なものを、あんなところに置いておかないでよ……」

「俺は、研究には触るなとはじめに言っておいただろうが」


そう言われてしまうと、リクスは返す言葉がない。

あのとき触れていなければ、とも思うが、そうすると棚から落下して破損していただろうから、けっきょくは同じことだ。


「この測定の魔石は、時間はかかるが作るのはそれほど難しいものではない。コツさえ掴めば初心者でも大丈夫だろう。リズは器用そうだしな」

「はあい、頑張ります」


素直に返事をすれば、よしよしとアライシュは満足そうに頷いた。


素材はもうそろっているというので、リクスはさっそく魔石作りに取りかかることになった。

作業場所として、初日にアライシュと向かい合った机を借りることにする。ここは、リクスの呪いを解いた場所でもある。他に比べれば物が少なく、すっきりしている部屋だ。おそらく、応接用の部屋なのだろう。アライシュはまったく機能させていないが。


席に着いたリクスにアライシュが説明してくれたことによると、魔石を作るということは、魔石の原石に魔力を込めて目的の効果を持たせるということだ。上級者であれば、ひとつの魔石にいくつも効果を付与したり、複合効果を持たせたりと、応用は幅広い。


「いいか、魔石に魔力を込めるというのは、編み上げた魔術を魔石に封じ込めるということだ。魔術を編み上げはするが、発現させてはならない。そのまま魔石に込めるんだ」

「…………なんだか難しそうだけど、まあ、分かったわ」

「こればかりは慣れだな。とりあえず、簡単なものから試してみるか」

「慣れ…………」

「じゃあ、これに水の魔術を込めてみろ。失敗してもいいから、落ち着いてやれ」


後ろに立ったアライシュに見守られながら、リクスは目の前に置かれた原石に意識を集中した。

指をかざし、ごく弱い水の魔術を編み上げる。

魔力を練り合わせて、水気を帯びた何かが指先に集まるような感覚がある。それを発現させず、石の中に込めれば。


「っ!」


だがその前に魔術が結び、机の上に水があふれた。


「…………失敗、」

「まあ、最初はそんなものだろう。編み上げるまでは問題なかったように思うから、後は発現させないよう堪えることだな」


失敗することが分かっていたのか、アライシュは大したことではないというように机の上をきれいにしてくれた。


「もう一度やってみろ」

「ええ」


リクスは気を取り直して再度挑戦したが、やはり机の上は水浸しになった。


「…………なんで?」

「慣れだと言っただろう。いくらなんでも、そうすぐにできるとは思っていない。焦らずやれよ」


悔しさからわなわなと震えるリクスに、苦笑したアライシュが宥めるように肩をたたいた。


「まあ、魔術が暴発しないだけ見込みはある。これなら俺が見ている必要はなさそうだな。俺は自分の研究に戻るから、なにかあれば呼んでくれ」

「ええ、ありがとう」


それからリクスはひとりで何度も試したが、どうしてもうまくいかなかった。

あともう少しという感じはあるのだが、そのもう少しが越えられない。



リクスが奮闘しているうちに、すっかり夕方になっていたらしく、アライシュが様子を見に来た。


「リズ、そろそろ日が暮れるぞ。帰った方がいい」

「あー、もうそんな時間かあ……」

「まあ、明日また頑張れ」

「そうするわ」


窓から外を見れば、たしかに空が赤く染まりつつある。

焦っても仕方がないなと、リクスはその日を終えた。



だが翌日、翌々日になっても、うまくいかない。その度にアライシュが慰めの言葉をかけてくれるが、リクスは悔しくてたまらなかった。

リクスは今まで、少ない魔力で最大限の効果を発揮できるように研鑽を積んできた。だから魔術の扱いにはそれなりに自信を持っていたのだ。魔石を作るのも、すぐにコツを掴めるだろうと気軽に考えていた。


(こんなはずじゃなかったのに…………!)


その日は、どうにも悔しくてむきになっていたら、すっかり日も暮れてしまっていた。いつもは様子を見に来てくれるアライシュも自分の研究に集中していたらしく、日が暮れたことに気づかなかったようだ。


「魔術で街まで送ってやるから、夕食を食べて帰るか?」

「……ありがとう。じゃあ、夕食は私が作るわ」

「リズ、焦らなくていいんだ。お前は器用だから、一度うまくいけばすぐに慣れるだろう」

「ええ…………」


アライシュの慰めの言葉に頷いて、台所へ向かった。

ここでは、昼食はいつもリクスが作っている。家の片付けのついでにと始めたものが、なんとなく続いているのだ。だから食材の在庫もだいたい頭に入っていて、その日は簡単にスープとパンの夕食となった。

スープの具材の形が多少いびつなのは、うまくいかない悔しさにリクスが力を込めて刻んでしまったからだが、アライシュは何も言わなかった。


「あまり根を詰めるなよ。ゆっくりやればいい。以前にも言ったが、魔術が暴発しないだけリズは見込みがある。普通は、失敗してあれくらいの被害ではすまないものだ」

「アルが優しい……」

「あのなあ、俺はいつも優しいだろう」

「…………」


そうだったろうかと思い返して、でもそういえば魔石作りに関しては優しい気もした。リクスの失敗を決して責めないし、励ましてもくれる。


「まあ、俺はいつまでかかっても構わないぞ。リズがいると、家が片付くしな」

「ふふっ、そうね」


こうして冗談で和ませてくれるアライシュの優しさと、スープの温かさが身にしみた。



夕食を終えて、アライシュは魔術で街の大通りまでリクスを送ってくれた。

転移の魔術は相当に魔力を使うのであまり日常的に使うものではないのだが、アライシュはごく自然に使っている。この様子ではその魔力はどれほどなのかと、リクスは少し気になった。


「ここでいいのか?」

「ええ、ここからは歩いて帰るわ。ありがとう、アル」

「いや、また明日な」

「おやすみなさい」

「……おやすみ」


最後に、ふっと笑って、アライシュは姿を消した。




リクスは次の日、思い切って魔石作りは中断し、気分転換にアライシュの研究を見学することにした。

この家の中で最も混沌とした場所であるアライシュの作業机に近づき、そっと様子をうかがってみる。

だが魔石作りに関してリクスは始めたばかりなので、アライシュの作業を見ていてもさっぱりだった。すると、首を傾げているリクスに気づいたのか、アライシュが説明してくれようとするので、慌てて止めた。


「あ、ごめんなさい。邪魔をするつもりはないの。アルは自分の作業を続けて」

「……構わない。今はそれほど集中を要する工程ではないからな」


アライシュは魔石を褒められることに弱い。だから自分の研究に興味を持たれるのも嬉しいのかもしれない。

魔石の作り方を聞いていても感じたことだが、アライシュは意外と丁寧に説明してくれるので、専門的な内容でもきちんと理解できる。そんな人が説明してくれるというなら、リクスは聞いてみたいと思った。

そこで、先ほどから気になっていたことを質問してみる。


「その、同じような魔石をふたつ並べているのは、何か意味があるの?」


机の上には、おそらく同じ種類の魔石がふたつ並べられている。どちらも同じくらいの大きさに見える。


「これは比較用だ。同じ魔術を込めるにしても、強いものを一度に込めるのと、弱いものを何度か込めるのでは効果が変わるからな」

「そうなの……。なんとなく、見た目の色も違う気がするわ」


リクスの呟きに、アライシュはおやっと顔を和らげて、いくらか色の濃いように見える方の魔石を手に取った。


「よく気づいたな。そうだ、弱い魔術を何度かに分けて込めた方が、深い色になっていて、効果も高い。この魔石には、そのやり方の方が合うようだな」

「ふうん。魔石によっても込め方が変わるの」

「そう。ただ、効果が高いから必ずしも良いものとは限らない。依頼で魔石を作るときは、それほど高い効果を求められないなら、仕上がりの早さを重視してこちらを量産する方がいい場合もある」


アライシュは今度は、色の薄い方の魔石を手に取って見せてくれた。


「なるほど」

「だからどちらも一度は作ってみて、どうなるか確認しておかないといけない、と俺は思う」

「面白いわね」

「そうだろう。魔石は面白い」


そうして説明を加えながらも滞らないアライシュの作業を見ていると、ふと、リクスは自分もできそうな気がしてきた。

アライシュはさすが魔石の魔術師と呼ばれるだけあり、流れるように作業を進めていく。そこに無駄な気負いはない。


(そうか、そういう風にすればいいのかも…………)


アライシュの作業を見学していると、リクスは漠然とうまくいく自分を想像できるようになり、成功例を見るのも大事なのだなと思った。




そして翌日。

リクスは目の前の原石に意識を集中し、指をかざす。

そこで一度、深呼吸をして気持ちを整え、体の力を抜いた。

それからゆっくりと、水の魔術を編み上げていく。


(昨日見たアルみたいに、気負わず自然に……)


すると、編み上げた魔術が発現せずにするすると原石の中に入っていくのが感じられた。

ぴくりと指が揺れたが、ここで焦れば魔術が漏れてまた失敗するだろう。

ゆっくり息を吐いて、最後まで魔術を込めていった。


「…………できた」


目の前には、水の魔力が宿った魔石。

それを確かめて、リクスは出来たての魔石を掴んでアライシュのもとへ駆けた。


「アル、出来たわ!」


立ったまま棚の資料を読んでいたアライシュが驚いて振り返るのに、リクスは喜びのまま抱き着いた。

アライシュの持っていた資料が足下に落ちてしまったが、リクスはそれどころではない。


「見て、魔石が出来たの!」

「……へえ、ちゃんと出来てるな。やったな、リズ」


リクスの差し出す魔石を見て、アライシュが褒めるようにリクスの頭を撫でた。

目を細めたアライシュの顔がやけに近いことで、リクスは自分が抱き着いていることにようやく気づいた。それから、足下に散らばる資料にも。


「あっ、ご、ごめんなさい」

「はは。初めての魔石が嬉しいのは、よく分かる」


慌てて離れれば、アライシュは優しく笑ってくれ、一緒に資料を拾い集めた。


うまくいって落ち着いてみると、アライシュにどれだけ励まされていたかがリクスにはよく分かった。初対面の印象の悪さは、もうまったくない。こうと決めたときの強引さは健在だが、うまくいかずがむしゃらになっていたところを優しく励ましてくれたアライシュに、リクスは好感を抱いていた。




一度成功させてコツを掴んだリクスは、駄目にしてしまった測定の魔石の作り直しに取りかかった。

作り直す魔石は込める魔術はひとつだけなので、そういう意味では難しくない。ただ、決められた量の魔力を一定の時間だけ流す必要があるので、根気と繊細さが求められる。


できるようになってみれば、魔石を作るのは面白かった。

保有魔力が少ないためにいろいろと工夫して魔術を行使するリクスにとって、こうして魔石に複雑な魔術を込めていくというのは馴染んだ行為に近かったのだ。最初の壁を越えてしまえば、後はどんどん技術を吸収していった。


そうして魔石作りに集中していると、うっかり遅くなることもあった。そういうときはアライシュと共に夕食を取って、街まで送ってもらっていた。



そんな、何度目かのある夜。


「送ってくれてありがとう」

「ああ」


いつものように街の大通りまで魔術で送ってもらったリクスは、移動のために寄り添っていたのを離れようとした。

だがそこでアライシュが、リクスの髪を一房手に取り、そっと口づけた。


「おやすみ、リズ」

「…………お、おやすみなさい」


夜闇の中でも分かるほど顔を真っ赤に染めたリクスに、アライシュはくすりと笑ってその場から消えた。


(…………なに、今の!?)


そこから家に着くまで、リクスの頭は大混乱だった。


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