8.素敵なおねえさま
「あらあら、急いで一体どちらへ向かうところだったのかしら?」
妙に耳に低く響く声までもが妖艶で、大人の女性の色香を感じさせた。
波打つ銀髪、透き通るような白い肌。それに紫水晶のような、人を見通してしまいそうな深みを感じる瞳。
完成された大人びた色気があるのに、私達と同じ制服を身にまとっている。とても同じ年頃とは思えない大人の魅力がある。
そして美しく妖艶なその姿は一度見たら忘れない程なのに、この学院で見かけるのは初めてだった。
私が思わず疑問を頭に浮かべながらも見惚れている間に、ヴルグは鼻の頭に皺を寄せ、ぱぱっと彼女を観察した。
「んん? なんだお前は。なんか嫌な匂いがするな。俺行くわ、シェリア。またな」
何かを感じ取ったヴルグの行動は早かった。
誰何しておきながら答えも聞かずにぴらぴらと手を振って去る。
呆気にとられ、飛ぶように歩き去るヴルグの背中を見送っていると、ふっと吐息で笑う声が聞こえた。
「随分とそそっかしい方ね。その正体を見極めもせずに尻尾を巻いて逃げるなんて、本当に知能の低い獣ですこと」
振り返れば、彼女が妖艶さの端にどこか意地悪そうな色を浮かべて笑っていた。
綺麗な顔をしているだけに、辛辣な言葉がより冷たく聞こえる。
けど何故か怖くはなかった。むしろ何故だか親しみを覚えた。
間接的にしろ、助けてもらったからかもしれない。
「ぶつかってしまい申し訳ありませんでした。お怪我はありませんでしたか?」
改めて謝罪を告げると、彼女はふふ、と小さく笑った。
「ええ、大丈夫よ。あなたのようなかわいらしい子がちょっと触れたくらいでは、私はぴくりともしないわ」
確かに。その豊満な膨らみが、ばいーんと見事に衝撃を吸収していた。
彼女の顔からはもう意地悪な色は消えていた。
むしろ私に怪我がないか慈しむような目を向けている。
「私はシェリア=アンレーンと申します。あなたのお名前を伺っても?」
「エヴァ=アシュタルト。短期留学でこちらに来たの。よろしくね?」
なるほど、と頷く。
どうりで見かけた覚えのない顔だ。
そして噂の留学生は彼女だとすぐに理解した。噂通り、一度見たら忘れぬ美しさだ。
色気のある笑顔に見惚れていると、背後からいくつかの足音が聞こえた。
「あ、こちらにいらっしゃったんですね、エヴァ様。お約束通り、我々が学院内を案内しますよ。まだ不慣れでしょう」
やって来たのは先程ヴルグから私を助けてくれたクラスメイト三人組だった。
改めてさっきのお礼を言おうかと思ったけど、彼らはもはや私など目に入っていないようだったので、邪魔をするのも野暮かと口を噤む。
「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えてお願いするわね」
エヴァがにこりとほほ笑むと、彼らはうっとりと笑み崩れた。
この顔はさっきも見た。
そうだ、ヴルグを追い払いに行った彼らが戻って来たときも、こんな顔をしていたのだった。
おそらくその時も彼女に会ったのだろう。
そこで優しい彼らが案内を買ってでたのかもしれない。
エヴァは私にもにこりと目礼を向けると、小さく手を振り彼らと中庭の方へ歩いて行った。
私はそれを見送り、ふう、と肩で息を吐く。
すごく綺麗な人だった。
どことなく影が漂い、大人の雰囲気を感じさせる。
男たちが一目で虜になるのも頷ける。けれど彼女自身には、媚びたところは一つもない。
女の私から見ても、魅力的な人だ。
なんとなく惹かれるものがあった。
機会があれば、もっと話してみたいなと思った。