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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第四章 目覚めた力の使い道
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番外編.姉妹とその他の人々

 ミシェルは伯爵家の次男と結婚し、二男一女が産まれた。

 社交界でも悪評が広まっていたミシェルの結婚相手選びは難航するかにみえたが、その男はただミシェルの顔がいい、と言い切って結婚を決めた。

 当然ミシェルは「はあぁ?」と眉を吊り上げたが、なんだかんだとうまくいっているようである。

 その証拠に、結婚してからはミシェルはあまりこの城に顔を見せなくなった。

 ただ、時折分厚い手紙が届く。

 九割は旦那の愚痴だが、そのほとんどがノロケに見える。


 私が必要事項を一枚にまとめて返信すると、決まって「一枚! たった一枚の紙きれでお姉さまは何を伝えようというの! ちゃんと全部読んでくださってます?!」と次の手紙の冒頭で罵られる。

 そんな、家にいた頃みたいなやり取りが続いている。


 ちなみに、まだミシェルに許してもらえていない父は、しばらく孫に触れさせてもらえなかったらしい。

 今さら「じいじ」ヅラするなんて都合が良すぎるのよ、とミシェルは手紙でもそう切り捨てていた。


 その気持ちは私にもよくわかった。

 娘である私達に愛情を示して見せなかったくせに、今更孫をかわいがろうなんて、虫がよすぎると私も思ってしまったからだ。

 だから私も娘のルーエが産まれたとき、父に触れさせるつもりはなかった。

 けれどギルバートがこれ以上もなく愛しいとルーエを抱き上げるその姿を見て、考えを変えた。


 この子には、たくさんの人に愛されてほしい。

 たくさんの人の愛情を知ってほしい。


 この子から、愛されるべき祖父を取り上げてしまってはならない。

 そう思って、ギルバートと父とルーエをおいて、部屋を出た。


 廊下にまで聞こえる父の嗚咽を、複雑な思いで聞いた。

 ルーエに対してこれでよかったという思いと、父に対するふざけるな、という気持ちと。


 部屋から出てきた父は、泣き腫らした目で「ありがとう」と言った。

 だから私は、父の顔めがけて思い切り拳を突き出した。

 私の渾身のパンチは父の頬にめり込み、不意をつかれた父は廊下を人一人分の距離吹っ飛んだ。


「これでチャラにするわ」


 いつまでも私が私の恨みに囚われていたら、ルーエから一つの受けるべき愛情をうばってしまうことになるから。

 父がルーエに触れる度に私が嫌な顔をしているのを、ルーエに見せたくはないから。


 ルーエが産まれた二年後に、妹のレリーが産まれた。

 仲良く遊ぶ二人を見ていると、ミシェルに手紙が書きたくなった。

 結局一枚しか書かないんだけれど。


 義母はミシェルが結婚したのを見届け、修道院に入った。

 父は随分止めたようだけど、義母の意思は変わらなかった。

 けれど家を出るとき義母は、とても穏やかな顔をしていたとユリークから聞いた。


 お城は今、ユリークが跡を継いでいる。

 アンレーン家の執事は、一年ほどで代わりが来て辞めたけど、その間にユリークが随分とミシェルを教育し直してくれた。

 ミシェルがそれなりに社交界でやっていけるようになったのも、結婚できたのも、ユリークのおかげだと思う。

 そんなユリークに感謝するどころか、今でもミシェルは恐れているようで、会わないよう極力避けているらしい。相変わらず失礼な妹だが、正直、楽しげなユリークの顔を見てしまうと気持ちはわからなくはない。


 エヴァは今も時々夫婦喧嘩をしてはお城に帰ったりしているみたいだ。

 うちにも遊びに来てくれる。


 ヴルグは結局本当に一か月くらいお城に滞在したけれど、私とギルバートの様子を見て何かを納得したのか、「じゃあ俺、帰るわ」とあっさり帰っていった。

 今も時々遊びには来るけれど、前のようにどこか私を試すような気配はもうない。

 人狼たちとも友好的な関係は続いているけど、満月の夜のパーティだけは遠慮している。


 アルフリードとエレーナは結婚し、男の子の次には女の子が産まれた。

 子供を間にして幸せそうに笑い合う二人の姿は、これから国王と王妃として立つこの国が明るいものであることを予感させた。



 それぞれが、それぞれの道を歩き出していた。

 そして家族の形を変えながら、新しい命を紡いでいた。


 それで私達が今どこで暮らしているかというと、城下町の外れに一軒の家を建てて住んでいる。

 ギルバートは先生として小さな教室を持ち、町の子供たちに勉強を教えている。

 スパルタで厳しいけど、妙にやる気を出させる先生としてそこそこ有名だ。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 ギルバートの声にぱたぱたと玄関へ出迎えに行くと、ギルバートが焦ったようにそれを制した。


「危ない、走るな。一人の体ではないことを忘れるな」


「忘れてないし、大丈夫よ」


 私のお腹には今、三人目の子供がいる。

 何度目になろうとも、ギルバートが慎重になるのは変わらなかった。

 お腹に優しく触れると、お腹の子にも「ただいま」と声をかける。


「おとーさま、おかえりなさい!」


「なさい!」


 ぱたぱたと後ろからやってきたルーエとレリーは、そのままの勢いでギルバートに抱きついた。


「ただいま」


 笑み崩れるギルバートに、人はこうも変わるものなのだなと実感する。

 口元を吊り上げて笑うことしか知らなかったようなギルバートが、こんなにも甘く蕩けた顔で笑うようになるとは。

 私だけの特別ではなくなったその顔が、心から愛しいと思う。


 ルーエとレリーをそれぞれひょいっと腕に抱え上げて、ギルバートはリビングへと運んだ。

 ソファへとぽすんと下ろしてやると、二人はきゃっきゃと喜んだ。


 二人の二の腕には、私と同じアザがある。

 二人も力を継いでいるようだった。


 力を失ったギルバートの代わりに退魔師の末裔である二人を守るため、家の近くには国の護衛がそれと知られぬよう住んでいる。

 町で暮らしていた人狼も、近くに引っ越してきて同じように守ってくれている。

 ただ、力を失ったと言ってもギルバートは強かった。

 まじか。

 と私が呟いたくらいには。


 娘たちはまだ力のことを知らない。

 けれどいつか、私のように知らない力に戸惑うこともあるかもしれない。

 そして私も母のように、いつ命を失うかはわからない。

 私もギルバートも人間だから。永遠の命ではないから。


 だから私は、娘たちのために記録をつけることにした。

 日記のようなもので、ギルバートと出会った時のことや、この力の事、それから何かあったときに頼るべき人がわかるように、身の回りの人のことも。

 過去を思い出しながら綴っているその記録も、二冊目を迎えた。


 ある日ユリークが、ぽつりと呟いた。


「少しだけ、永遠を手放したギルバートの気持ちが分かった気がするよ」


 ユリークがこれから何を選んでいくのかはわからない。

 けれどいつか吸血鬼や人狼や影に生きる誰か、または人が絶望に打ちひしがれたとき。

 この力が希望になることがあるのかもしれない。


 影に生きるものを滅ぼす力としてではなく、生きるための希望として役に立つことがあるかもしれない。

 だから私はこの力を娘たちにきちんと伝えていこうと思う。

 この力が私に幸せを与えてくれたのだとわかるように、この記録を書き記しながら。

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