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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第四章 目覚めた力の使い道
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7.それから

「お姉さま。そんなロリコンギルバートの元に嫁いで幸せになれると思っておいでなら甘いと言わざるをえませんわね。執事として我が家に入り込み、そこで見初めたお姉さまを婚約者とするよう父を脅し……。気持ち悪いですわ。気持ち悪いことこの上ないですわ!」


 あれから数か月。

 いつもの朝食の風景でも、ミシェルは相変わらずだ。

 けれどそれは勢いだけ。

 火傷や怪我をするような攻撃はしなくなったし、内容も私を貶めようとするものではなくなってきている。

 ミシェルの中でも、私の中でも、何かが変わったのは確かなことだ。


「心外ですね。八歳の子供など私の眼中にはありませんでしたよ」


 いつもは黙ってやり過ごすギルバートが、珍しく反論した。


「でもお姉さまの婚約は幼い頃から決められていたことだったじゃない」


「それは私ではありません。途中から乗っ取ったのです」


 その言葉には、私が「は?」と顔を上げた。

 ギルバートは食後のお茶を私に淹れてくれながら、説明した。


「元々は酔っぱらった父君がどこぞの友人とやらの息子との婚約を決めていたそうですが。私がそれをなかったことにしていただいたのは数年前のことですよ」


「そうだったの?」


 何だか自分のことなのに全ては水面下で物事が動いていて、相変わらずもやもやとさせられる。

 けれどその頃から、ギルバートは私を想ってくれていたということなんだろうか。

 それはそれで、むずむずするものがある。

 それを紛らわすように、私は全く減っていないミシェルの皿に目を向けた。


「ミシェル。お喋りしてばかりだとスープが冷めるわよ」


「別に、私は今日は急ぐことはありませんもの。卒業式に出席なさるのはお姉さまだけ。まあお姉さまが寂しいと仰るなら、私も参加して差し上げてもよろしくてよ」


 ミシェルのお嬢様喋りは一層磨きがかかっている。

 そしてそんな自分に悦に入っているようで、キラキラといい笑顔をしている。

 私と張り合う必要はないのだと、自分自身としての自信が少しずつついてきているのかもしれない。

 ただそれが変な方向にいっていないかだけは気になったけれど。


「あなたはいろいろと覚えることがあるでしょう。きちんとギルバートに教わっておきなさい」


 水を差すわけじゃないけれど、言うことは言っておかなければならない。

 卒業式の今日、私とギルバートはこの家を出る。

 私は既に十八歳。

 誕生日は二か月前に迎えたけれど、ギルバートとの結婚も、契約を果たすのも、卒業式を待ってからということになった。

 それを決めたのは、父だ。


 せっかくミシェルとの仲が少しずつ修復されつつあるのに、このまま居を移してしまってはそれもかなわなくなる。

 学院に通うのにも、この家にいた方がいい。

 そう言われればそうだし、ギルバートも誤解が解けたことでもう私が逃げることもなくなったと安心したのか、了承してくれた。

 秘密になんてせずに、最初からちゃんと話してくれていたらよかったのに。


「別に、新しい執事が来るんですもの、私が覚えなければならないことなんてありませんわ」


「ミシェルが結婚したら、お父様から跡を継ぐのだもの。この家のことはきちんと把握しておいた方がいいわ」


「それなら、私の旦那様がお父様から引き継げばいいだけのことですわ」


「そうだとしても、自分の家のことくらい、ある程度は把握しておくべきよ。旦那さんにいいようにされてしまっても知らないわよ」


「あら? 私がそんな甘い人間だとお思い?」


 ミシェルが口を吊り上げて笑えば、なんだかギルバートに似てきたな、と思う。

 その言葉に対する信頼感は薄いけど。

 相手が多少なりと腹黒いところを持っていたら、ミシェルなど簡単にいいようにされてしまうだろう。

 例えばギルバートとか、アルフリードにもミシェルは勝てないわけで。ユリークにも勝てないな。


 まあ、私が口うるさく言ったところでどうにもならないだろう。

 ミシェルはミシェルなりにやってもらうしかない。

 嫁ぐ私にはもう、この家のことに口を出す資格もないんだし。

 しかし続いたミシェルの言葉に、私は思わず目を剥いた。


「私が困ったら、お姉さまが助けてくださったらいいだけのことでしょう? まさか、嫁いだからといって関係ないだなんてそんな甘いことは考えていらっしゃらないわよね? 嫁いだとて、お姉さまがこの家の人間であることには変わりありませんわ」


 どこまで甘えるつもりなのか。

 思わずお小言を始めそうになったけれど、ふと、これはミシェルなりの気遣いなのでは、と思った。

 またこの家に帰ってきてもいいのだという――。


「大体ね、今までお姉さまとギルバートが勝手に二人でやってきたことを、いきなり引き継げだなんて無理に決まってますのよ。今はお父様も早くお帰りにはなるけれど、あの人も全く何にもわかってはいないし。新しい執事だって、なかなか決まらなくて今日やっと来るって言うじゃないの。もっと何日も前から綿密に引継ぎをしておいてもらわないと困りますわ」


 本音が出た。

 こういう言い訳がましいことを言うときほど、流暢にお嬢様言葉を操る。


 結局、ミシェルはミシェルだ。

 人はそう簡単には変わらない。

 けれど、全く変わらないわけでもない。

 私がこの家を出ることでまた変わることもあるだろう。


「はいはい、本当に何かあれば帰ってくることもやぶさかではないけれど。いくら私の嫁ぎ先がギルバートだからって、甘えないでね」


「甘えてなんていませんわ! 大体私はお姉さまこそが甘いと申し上げているじゃありませんか! そもそもお姉さまがしっかりと後任の執事を早いうちに決めてくださらないから」


「執事を決めたのは私ではないわ。お父様とギルバートよ。私は存じませんことよ」


 なんかうつった。


「シェリア様。本当に遅れますよ。そろそろご準備を」


 ギルバートの声にはっとして、卒業式の時間を思い出す。


「そうだったわ。うっかり家族団らんしてたわ」


「こんなの、全然だんらんなんかじゃありませんわ! 団らんって言うのはもっとこう、おいしい料理を笑顔で囲んで」


 怒りながらプリプリと語られた家族団らん像に、私は自然と笑みを浮かべていた。

 求めるものは同じなのだ。

 だから私たちはきっともっと姉妹になれると思う。

 たとえこの家を離れても。


「わかってるじゃない。だったら、私が今度帰ってきたときはそうできるよう、お互い一度離れて自分を見つめ直しましょうね。お互いのことも」


 そう口にすれば、ミシェルはむっと口を閉じて黙りこんだ。


「それじゃあミシェル。元気でね」


 私はそう言って、席を立ちあがった。

 式の後は舞踏会があるけれど、私はそのままギルバートの城へと行くことになっていた。

 荷物は既に送ってある。


 ミシェルは黙り込んだまま、スープを食べ始めた。

 よし、よし。

 食べ物は無駄にするんじゃないわよ、ミシェル。


「そうだわ。大事なことだからもう一度だけ言っておくわね」


 扉の前に立ち、振り返った私にミシェルが顔を上げた。


「ミシェル。あなたのことは嫌いじゃないわ。憎んでもいない。ただ、イラっとするだけよ」


 ミシェルはパンをちぎっては口に投げ込み、ちぎっては口に投げ込み……。

 何も言葉は返さなかった。

 その頬が赤いのは、パンが喉に詰まっているのか、怒っているのか、照れているからなのかはわからない。


「それでもあなたはこの家の娘で、私の妹よ。そのことはどこへ行っても変わらないわ」


 ミシェルに言われた言葉を、返す。

 ミシェルはひたすらにパンをちぎっては皿にぽいぽいと放っていた。

 口にはもう入らないらしい。

 頬いっぱいにパンでパンパンにしたミシェルは、右目に涙を滲ませた。

 たぶん、喉に詰まっているのだと思う。

 ギルバートがミシェルの背を黙ってトントンと叩いてやるのを目にして、私は扉を開けた。

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