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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第四章 目覚めた力の使い道
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3.別れの言葉は何気ない日常の会話だった

 気を失っていたミシェルをギルバートが拾い、横抱きにして歩き出すと、門を出たところで「はっ」と目を覚ました。


「オオカミ!! おおかみが、おおかみがっ」


 いきなりトップスピードで騒ぎ始めたミシェルに、ギルバートは顔を歪めた。うるさい、と言わなかっただけ褒めておこう。


「ミシェル、仮面舞踏会は楽しかった?」


 半狂乱になりかけていたミシェルの顔を覗き込んでそう問いかければ、きょとん、と私の顔を見た。


「あれ? お姉さま、どうしてここに。仮面舞踏会? なんでギルバートが私を運んでるの。私、お姫様だったっけ」


 いろいろと混乱している。


「ヴルグにからかわれたのよ。私を驚かすつもりで、示し合わせて狼の扮装をしていたみたいよ。私はまたあなたが勝手に私宛ての招待に乗り込んで行ったと聞いたから、追いかけただけ。熱も下がってちょうど家に帰ったところだったのよ。で、歩けるなら降りなさい」


 ミシェルが言葉を差し挟まないうちに全てを言い切ると、ミシェルは呆然としながらも、ふるふると首を振った。


「なんか腰が抜けてる。立てる気がしない。ギルバート、家まで運んでちょうだい」


 空に浮かぶ満月をぼんやりと見つめたまま、ミシェルはギルバートの首にしがみついた。

 たとえいたずらだと告げられても、怖い思いをしたことには変わらないのだろう。

 この妹にあってもトラウマとなるような光景だったとしたら、常人では息も止まっていたかもしれない。


 結局ミシェルは馬車に乗ってもギルバートにしがみついていたし、邸に着いてからも部屋まで、それもベッドまで運ばせた。

 体の奥から吐き尽くすようなため息を吐きながら部屋から出てきたギルバートを、複雑な思いで見つめる。

 そこに帰ってきていた父が呼び止めた。

 心配そうにミシェルの部屋を覗き込み、顔を顰める。


「ギルバート。おまえが付いていながらどういうことだ」


「そちらは私の仕事ではありませんよ」


 平然と返したギルバートを、父が苛立たしげに睨み据える。


「だがミシェルに何かあれば、姉であるシェリアが悲しむ。それでは約束を果たしたことには――」


「だからちゃんと助けて連れて帰ってきたではありませんか」


 渋々といったように聞こえるけれど、存外ギルバートはミシェルに甘い。

 時折言葉では悪し様に言うけれど、その割には何かと気にかけているように思う。大抵の要求はひとまず飲むし。


 っていうかいい加減目の前で約束とか私に秘密にしてる話を言わないでほしい。

 イラッとするから。強引にでも明かさせたくなるから。


 だって、ギルバートが秘密にしていることは全部ロクでもないことばかりだ。

 だから秘密にするんだろうけど。


「まあ、無事であったのだからいいが」


 父は押しが強くはないらしい。

 もごもごと口の中で言いながらミシェルの部屋を心配そうに覗き込み、静かに寝ているのを見届けると安心したように去って行った。

 父が遺して逝った恨めしげな一瞥などものともしないギルバートは、くるりと私に向き直った。


「ミシェル様もさすがに今日は疲れておいでのようですね。シェリア様も病み上がりです。今日はもうお休みになってください」


「うん。ギルバートはミシェルの傍についててあげて。夜中にうなされるかもしれないから」


 心がこもらない言葉だけが口にのった。


 なんとなく、目を合わせられなかった。心を見透かされてしまいそうで。


 その気持ちの名前を知っている。

 嫉妬だ。

 だけど気づくのが遅すぎた。

 いや。早く気づいていたとしても、何もかも、どうにもならなかっただろう。


 寝衣に着替えながら、明日アルフリードに話しに行こうと決めた。

 一人でどうこうできる事じゃないから。


 私は、ギルバートの望みを叶えるつもりはなかった。

 たとえ契約を破ることになろうとも。それでどんな罰を受けることになったとしても。


     ◇


「珍しいね、シェリアが私を呼び出すなんて」


 いつもの中庭ではない。

 アルフリードには、学院の空き教室に来てもらった。

 ギルバートに居場所がわからないように。


 今、扇子には小さな黒いコウモリはついていない。

 きっとまたエヴァの姿を借りて、学院内をうろついているのだろう。

 それも私のため、だったのだけど。

 胸が痛み出すのを無視して、私は顔を上げた。


「アル。お願いがあるの」


 久しぶりに愛称を呼んだ私に、驚いたようにアルフリードが目を見開いた。


「それは幼馴染として、ということだね。いいよ、聞こう。シェリアが私を頼るなんてよっぽどのことだ」


 私は少しだけ言葉に迷って、それから押し出すように告げた。


「私の婚約に王家が絡んでいることは知ってる。だからアルにお願いしたいの。その婚約を、解消させて」


「うん? それは……」


 アルフリードは困ったように言葉に詰まった。


「前に、一つだけお願いを聞いてくれるって言ったわよね。私にこれ以上にかなえたいことなんてないの。だから、お願い」


「理由を聞いても?」


「婚約相手に生きてほしいからよ。殺したくはないから」


 そう答えれば、アルフリードは目を剥いた。

 アルフリードには何を言っているのか理解できないだろう。


「なんだって? 殺す、って――」


 初めて会ったあの時。

 ギルバートは「終わりがない」と絶望していた。


 ギルバートの怪我を心配していた時。

 死にたくても死ねないと呟いていた。


 ギルバートはずっと、不死である吸血鬼の身を憂えていた。


 ギルバートはずっと、終わりを迎えることを望んでいたのだ。


 力が目覚めた私なら、闇に生きる者たちを塵と化すことができるから。


 契約を結んだ時、ギルバートは言っていた。

 その力がなんなのか私が知れば、力を失うと。


 それは、私が人殺しのようなことをしたがらないとわかっていたからだ。

 だから力のことを知られないようにしていたのだ。


 ひどい、と思う。

 私に知られないように私を守り続け、ずっと傍にいて私を好きにさせておいて。

 その私が好きになった相手を、私に知られないまま殺させようとしてたなんて。

 一人勝手に消えていこうとしていたなんて。


 ギルバートは私のことなんて、全然考えてもいない。

 どんな気遣いも、一方的で、表面的でしかない。

 私と婚約したのだって、人狼たちのように私を脅威に思い狙う者たちから私を守るためだったのだと思う。

 昨日のように王たるギルバートが管理すると宣言すれば、振り上げた爪を収めさせることができるから。

 ギルバートがいなくなった後も、あの城にいればエヴァやユリークが守ってくれる。

 そう考えたのだ。


 だけど、エヴァやユリークがいたって、ギルバートがいなかったら私はもう、これまでのようには生きていけない。



 用意周到なことだと思う。

 何もかもを秘密にして。

 私に知らせないままで。

 自分だけ綺麗に消えていこうとしている。


 残された私の心配までするフリをして。


 なんて酷なんだろう。


 私はギルバートに死んでほしくないのに。

 私のたった一つの願いを、ギルバートは決して叶えてくれないのだ。約束と秘密で私をがんじがらめにして、そこから逃げられなくさせたのだ。


 黙り込み、奥歯を噛みしめた私に、アルフリードは「わかったよ」とそっと告げた。

 諦めたように、その目が優しく笑った。


「何をどうするかは私の一存では決められないけど、協力するよ。シェリアが婚約相手を――大事な人を守れるように、ね」


「ありがとう」


 国が絡んでいる話を、今更どうこうできるかはわからない。

 だけど、できる限り義理は通しておきたかったのだ。


 小さく笑って礼を返せば、アルフリードは困ったように笑みを歪めた。


 あとは。

 私がギルバートの傍から消える。

 決してその力がギルバートに触れないように。

 また逃げ場をなくしてしまわれないうちに、そっと。




 最後にもう一度だけ、ギルバートの顔をきちんと見ておけばよかったかなと思う。


 だけど、覚悟を決めて目を合わせれば、言葉を交わせば、いつものように全て見透かされてしまうような気がした。


 だから未練も想いもそのままに、私はこの場から消えることにした。


 どうせ時間を引き延ばしたって、未練も想いも消えることはないのだから。

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