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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第四章 目覚めた力の使い道
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1.森のパーティ

 回復した私はエヴァとユリークに別れを告げ、ギルバートと共にアンレーン家に戻った。

 今度はちゃんと、陸路で。


 久しぶりの家の中に入れば、妙に静かだった。

 何故かと思えば、ミシェルがいないからだった。

 今はもう夕方だ。

 どこかのパーティにでも出かけたのだろう。


 そう思った私の勘は正しかった。

 ただ、行った先が問題だった。


 なんとなくミシェルの動向が気になって侍女に聞いたら、おずおずと教えてくれた。私宛てにきていた招待状を勝手に持ち出して行ってしまったという。


 全然変わってない。

 いや、善意で寝込んでいる私の代わりにと行ってくれたのかもしれない――とも思ったけど、私に黙ったまま、またもや私のドレスと招待状まで勝手に持って出て行ったのだからその可能性は薄そうだ。


「お姉さまへの招待なら私への招待と同じことですわ! お姉さまが寝込んでいらっしゃる間に私がしっかりと将来のための人脈づくりをしておいて差し上げますわ! おーほっほっほっほ!!」


 ってところだろうな、と予想を立てると、侍女が「そのようなことを仰っておられました」とうなだれた。

 本当にわかりやすくてバカわいい妹だ。


 そう。こうしてただ「バカ」だとだけ思ってるわけじゃないことを、ちゃんと言葉にして伝えておけば私達も何か変わったんだろうなと思う。


 しかし過去のことよりも今だ。

 なんとなくだが、嫌な予感がした。


「どこからの招待だったの?」


 聞けば、何かあったときのためにミシェルの動向はしっかり把握していた侍女が教えてくれた。


「差出人はヴルグ=ザストロイ様だったかと思います」


 私は思わずギルバートと顔を見合わせた。

 なんとなく嫌な予感がした。

 だけどギルバートはもっとはっきりと、危機感を抱いたようだった。


「開催時間は何時からです? 夜会ですか」


「ええ、そのようでしたが。少し前にお出かけになられました」


「『少し前』とはどのくらいだ」


 ギルバートの瞳はきつく光っていた。

 その剣幕に気圧されたように、侍女は一瞬言葉を失ってしまった。


「ギル。とにかく急ごう。ロクな予感がしない」


「いえ。シェリア様はこちらにいてください。今日は満月ですから外を出歩いてはいけません」


「私宛ての招待よ。執事だけが行って中に入れると思うの?」


「そんな常識など振りかざしている場合ではありませんよ」


「だったらなおさら行くわ。ザストロイ家が夜会を開いたなんて話はこれまで聞いたことがない。親戚関係だけは強いけれど、あまり交友関係が広くない家よ。うちも付き合いがない。なのに招待された。ヴルグが何故か私に執着していることを考えれば、何か狙いがあるのは確かよ」


 最近ヴルグは私に近づいてこなかった。だけど遠巻きに私を見ていたということは、まだ私に何か用があるということだ。しかも、警戒している。

 となれば、普通の招待だとは思えない。

 これは、私の問題だ。

 ギルバートに丸投げしていいことじゃない。

 得体の知れないヴルグの懐に飛び込むのは大いに不安ではあったけど、一つだけ勝算もあった。


 ギルバートは何を言っても私を連れて行く気はなさそうだった。

 どうすればこの不毛なやり取りを最短で終わらせられるか考えているのだろう。

 だから私はにっこりと笑った。


「ギルバートが私を置いて行っても、私は馬車を拾って追いかけるわ。私を部屋に閉じ込めても、誰かに開けてもらうわ。大声には自信があるの」


 ね。置いて行く方が不安でしょ?

 そう目で問いかければ、ギルバートは深いため息を吐き出した。


「わかりました。でも私の後ろに隠れていてくださいね。ミシェル様を捕獲したら、すぐにお暇しますよ」


     ◇


 ザストロイ家は広大な森に囲まれていた。

 馬車が通れるほどに切り開かれた道は整備されているといっても、落ちている石や木の枝まで常に綺麗に排除できるわけでもなく、大いに揺れた。

 天井からぶら下がった紐につかまりながら、舌を噛まないよう揺れを耐え忍ぶ。

 こんな道を通ってきたのであれば、文句を言わずにいられなかったであろうミシェルは舌の二つや三つくらいは噛み千切っているのではないかと思われた。

 それでもうこりごりだと引き返してでもいればいいのだけれど、負けん気の強いあの子が目的も果たさずに帰るとは思えなかった。


 森を抜けた頃には日もだいぶ暮れていて、山の上には満月が顔を出していた。


 ザストロイ家の敷地は広大だった。

 親戚たちも近くに住んでいるらしく、そこだけが小さな村のように集落を形成している。

 一つ一つの家は豪勢で、貴族街と言えなくはなかったけれど、それよりも周囲に自然が多くあって、どちらかといえば避暑地という方があっていた。


 アンレーン家の馬車の隣に、乗って来た馬車を止めた。

 馭者の姿を探せば、馬車の中で横になっていた。息はあるものの、どうやら気絶させられているようだ。

 これはますますきな臭い。


 ギルバートと目で頷きあうと、急ぎ足で門へと向かった。

 門は開きっぱなしになっていて、待ち受ける人は誰もいなかった。

 けれど生垣の向こうにたくさんの人が集まっている気配を感じる。

 勝手にそちらへと進むと、そこは生垣に囲まれた庭園のようになっていた。


 そこにいたのは、黒っぽい人影たち。

 ざっと見渡せば三十人はいそうだった。

 パーティの参加者たちは誰もが頭頂部に黒い耳を生やしていた。

 その顔は人である者もいた。

 だが多くは、顔と言わず露出する肌すべてが黒い獣の毛で覆われており、金色の月に輝く瞳、犬のような鼻先に鋭い牙が見え隠れする狼の顔をしていた。


「今日は仮面舞踏会だったかしら。ドレスコードを知らなかった私の妹はどこ?」


 首筋に冷や汗が流れるのがわかった。

 それでも軽口を叩きながら、横目でミシェルの姿を探す。


 ただ一人、浮いている姿がベンチの上にあった。

 私のドレスを着て横たわる白い肌のミシェル。

 気を失っているようで、私の声にも閉じられた瞼はぴくりとも反応しない。


「おや。代理を寄こしてそれで済まされるおつもりかと思いましたが、主役にご登場いただけましたか。卑劣な手でおびき出さずに済んで幸いです」


「招待状にドレスコードをきちんと記載いただかなかったのは十分卑劣だと思いますが。ミシェルに何をしたの」


 眼光鋭く睨み渡せば、中でも一番体格のいい男が前に進み出た。

 毛むくじゃらの顔では誰なのかさっぱりわからない。


「彼女は勝手に現れて『アンレーン家の当主としてやってきた』と盛大な哄笑を振りまき、しばらく耳にうるさいおしゃべりを披露した後、満月が昇りこの姿に変えた我々を見て気を失っただけのことですよ」


 喋り方からすると、少なくともヴルグではない。

 この一族の代表――頭なのだろう。


 なんとなく状況は見えた気がする。

 簡単に予想がついたことではあるが、ミシェルお得意の自損事故ということだ。


 人狼は満月を見るとその姿を人から狼に変えるというのが言い伝えの定番だ。

 ミシェルはこの一族が一斉に姿を変えるその壮大な光景を目の前にして、気を失ってしまったのだろう。


 私だってこの見たことのない光景には気を失ってしまいたいくらいにその目を疑った。

 だけど、毎月人の血を美味しそうにぐびぐびと飲んでる男を目の前で見ているのだから、ミシェルよりもその手の事に耐性と理解はある。

 それに、どこかでわかっていたような気もした。


 ギルバートは吸血鬼を束ねているとは言わなかった。

 暗にそれ以外の、人ならざるものの存在をほのめかしていた。

 そしてヴルグのことはいつも犬っころだとか獣臭いだとか言っていた。


 そうなったら想像上の生き物とされている中で思いついたのが、人狼とか狼男とか言われているやつだった。


 この目で見るまではまさか本当にドンピシャでそのものだとは思いもしなかったけれど。

 外れて欲しい予感ほどよく当たる。


「まさか堂々とシェリア様を呼び出すとは。余程追い詰められていたようだな。オオカミども、何故そんなに気が急いている」


 面倒そうに口を開いたギルバートの声は、確かな怒りを孕んでいた。

 今のギルバートは、執事じゃない。


 灰色の瞳は月明かりで銀色の光を放っていた。

 鋭く細められた視線は油断なく人狼たちに向けられている。

 ギルバートは今、彼らを束ねる王としてここに立っているのだ。


「ん……? おまえはもしや吸血鬼か。王の襲名披露で嗅いだ匂いだ。今世の王、ギルバートだな? おい、ヴルグ、何故退魔師の女の傍に王がいる。そんな報告は受けていないぞ」


 代表格の男が舌打ちを堪えるように振り返った先には、男と同じく狼の顔をした男が立っていた。

 ヴルグと呼ばれていたけれど、まるで見分けがつかない。

 狼の顔をした者はすべて同じ顔に見えてしまう。

 女性はドレスで区別もつくが、男性は着ているものも似ているからなおさらだ。


「そんなこと言われても、『俺が吸血鬼です』ってやつに会ったことないんだから吸血鬼の匂いとか知らねえし。そんで王ってなに? ザクスバーグ国王ってこんな若いの? アルフリードの父親だろ? え、そんで吸血鬼なの? わけわっかんねー」


 発した声は確かにヴルグの声だった。

 狼の体に変わっているせいか、いつもより少し低く響くような声だったけれど、言っている内容も口調も相変わらずでどこか安心した。


「人の国の王ではない。おまえにも話したことはあるだろう。我々人の裏で生きる者たちにはもう一人の王がいると」


「ああ、それ本当にいたんだ。子供が言うことを聞かないときに脅しに使われるオバケみたいなもんだと思ってたわ」


 説明してくれた狼の男にヴルグが頷く。独特な解釈をしていたらしい。

 確かに私も「夜中に爪を切ると吸血鬼が来ますよ」とか田舎の領地の侍女に言われたことはあるけれど。ヴルグだって十分語られる側だ。


 代表格の男は、学院で私を怪しんでいたヴルグを情報源としていたのだろう。

 それが頼りにならないと知り、苦々しげに顔を歪めた。毛むくじゃらの狼の顔だから表情がちょっとわかりづらいけど。


「それとわかっていればもう少しマシな手を打てたものを。だが王がいるのなら話は早い」


 男はざっと一歩を詰めると、敵意がないことを示すように両手を開きギルバートに語り掛け始めた。


「王よ。あなたもお気づきのことと思いますが、その女は退魔師の血筋です。まだ完全に目覚めてはおらぬようですが、ヴルグから聞いた話では今でもそれなりの力は秘めているもよう。ここで始末しておかなければ、力が目覚められては面倒です。協力していただけますね?」

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