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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第三章 執事と吸血鬼
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6.ミシェルの言い分

「ギルバート。前々から気に食わないと思ってはいたけれど、真実の敵はこんなところにいたのね。お姉さまを返しなさい!」


 玄関の大きな扉を押し開けて現れた私とギルバートに、ミシェルは開口一番そう吠えたてた。

 何で「返す」という表現になるのか、心からわからない。

 っていうか待って、標的がすり替わってない?

 なんでギルバートなの?


「まあミシェル、落ち着きなさい。事を荒立ててはうまくいくものもこじれる」


 父が宥めるように肩に置いた手を、ミシェルは即、振り払った。


「お父様は黙ってて! 急にまともな人のフリをしたってこれまでのことは無くなりはしないんだから! 私はお父様のことも信用なんてしてませんからね」


 十数年分が一気に噴出した反抗期に、父の手は行き場をなくし、言葉も威厳も霧散した。


 昨日のアルフリードがやり直したパーティの時から、ミシェルの中のたがが外れたのだろう。

 これまで父に媚びながらも、腹の中ではずっとそんなことを思っていたのかもしれない。


 父も言われて当然とは理解していても、真っ向から言葉にして言われるとショックなようだった。何度か口を開きかけたものの、そっと閉じ、ふうと天を仰ぎ見た。


 うん。たぶんこれが父の本質なんだろうな。

 事なかれ主義というか、日和見主義というか。


 こんなところまで来てミシェルに負けてないで戦えよ、と思わないでもなかったけど、ミシェルに勝てる人間なんて見たことがない。これは致し方ない。


 ミシェルはもはや父など視界にも入れず、ギルバートをきっと睨んだ。


「ギルバート! あなたの企みは全て聞いたわ! もうあなたの好きにはさせないんだから。つきましては、私を嫁にしなさい」




 は。





 と一音だけが頭に上った。


 隣で、ふう、というため息が吐かれ、銀縁眼鏡が押し上げられるカチャリという音が、乾いた山の空気に響き渡った。


「お帰りいただけます?」


 ギルバートは言葉の内容はともかくあくまで慇懃に、それだけを返した。

 まともに取り合うつもりはないらしい。


「いやちょっと待って!」


 止めたのは不本意ながら私だ。

 私は気になる。

 断然気になる。

 ギルバートの企みとか、その末にミシェルが嫁とか。

 謎過ぎる台詞を残してこのまま帰ってほしくなんてない。


「ねえミシェル、それってどういうこと? 何の話?」


 まんまと私が食いつき、ミシェルは鬼の首でもとったかのように鼻息荒く私を振り向いた。


「お姉さまの婚約相手は、そこにいるケダモノギルバートよ! 十八歳になったらという約束を待ちきれずに勝手にお姉さまを攫った腹黒クソ執事がお姉さまの婚約者なのよ!」


 腹黒なのは否定しないけど。

 なんでギルバートが私と婚約を?

 吸血鬼ってたぶん、人から隠れ棲んでるのよね。なのに何故王家が絡んだ婚約に吸血鬼が出てくるの? 辻褄が合わない。

 またミシェルが思い込みと勘違いで暴走してるのだろうか。

 っていうかなんでそこでミシェルが怒るのか。


「その目、信じていらっしゃらないわね?! 本当の事よ! お父様を縛り上げて白状させたんですから。お父様はギルバートと勝手な約束をしていたのよ。アンレーン家の財産を二倍に増やすことを条件に許可したのですって。王家の後押しがあったとしても、他にもいろいろ条件があったとしても、そんなことを許すなんて本当クソだわ! クソ親父だわ!」


 口の汚さに初めて姉妹を感じた。


 しかしここまで来るとミシェルの言葉が信ぴょう性を帯びてくる。

 ちらりとギルバートの横顔を窺いみれば、相変わらずしれっとしているばかりだ。

 ミシェルの話は荒唐無稽というほどでもないし、嘘か本当か、これでは判断がつかない。


「ギルバートはなんだかわからないけど特別な力を継ぐお姉さまを狙ってアンレーン家に入り込んだのよ。そしてお姉さまを確実に手にするために王家を脅して、お父様に婚約を了承させたのよ」


 あ、ギルバートならやりそう。

 確かにそんな思考の流れなら理解できる。


 うーわー。本当だったのか。

 ギルバートが婚約者だなんて思いもしなかった。

 っていうかそこまでするとは思わなかった。


 再度ギルバートを見るけれど、肯定とも否定ともその表情からはわからない。

 ただ目の前の出来事を傍観している。それだけだ。ずっと話題の中心にいるのによくもそんな平静としていられるなと思うほどに。


 でも馬鹿にしたりもしないし、否定もしないってことは。

 やはりミシェルが言ってることは本当なのだろう。

 だけどまだ疑問もあった。


「ねえミシェル。なんでただの執事のギルバートが王家を巻き込めるの?」


 実は影に生きる吸血鬼だし。

 本人は隣にいるけれど、ギルバートは答えてくれないだろうからこれはいろいろと疑問を解消できるチャンスだ。

 っていうかそう考えると、これまでギルバートが決して明かすことがなかったことを、こうもやすやすと知り、明かしてくれるミシェルってすごいと思う。

 ギルバートとて勝手に言うなと怒ってもよさそうなところだが、相も変わらず他人事のような顔をしている。

 この余裕はどこから来ているのだろう。


 そんなギルバートにはおかまいなしで、ミシェルは怒りのゲージを緩めることなく、びしりとギルバートに指をつきつけた。


「ギルバートの正体は、なんか知らないけど古くからこの国に蔓延る裏の元締めなのよ! だから国王とも裏取引ができるし、そうやって私利私欲で人を好きにできるんだわ!」


 ほわっとした話だが、ミシェルには伏せられたらしい事実を既に知っている私が納得するのには十分だった。

 そこをミシェルが知ったらまた半狂乱になるだろうから、知らずにおいてよかったと思う。もしかしたら父も知らないのかもしれない。


 察するに、裏の元締めっていうのは、つまり、吸血鬼の王とかそういうことなんだろう。

 きっと私が知らないだけで吸血鬼っていうのは世の中にもっとたくさんいるんだろうし、そういう人たちを束ねる人がいるのはおかしくはない。

 ユリークが『幅を利かせていればいい』って言ってたのとも通じるし、古いながらもこんな立派な城に住んでいるのも頷ける。


 でも、と思う。

 私は平静のままに横に立っているギルバートに胡乱な目を向けた。ほとんど睨んでいると言ってもいい。


「ギルバート。そんなに私が信用ならなかったの? 十八歳になっても契約を守らないと思って、手を打っておいたってことでしょう。身柄を確保してしまえば強引にでも契約を果たせるものね。まったくもって抜かりないわ」


 少しばかり腹が立っていた。

 ここ数日のことを振り返ってもそうだ。

 ギルバートはまるで私を信用していなかったのだろう。だから私が逃げるつもりだなんて言って怒ったのだ。


 怒りを向けられても、ギルバートは平然と「いえ?」と私を振り向いた。


「信用していなかったのではありません。他の男に取られては困るから先手を打っただけですよ」


 この期に及んで誤解しやすい言葉選びはやめてほしい。調子が狂う!


「別に他所に嫁いだって契約は果たせるでしょ」


「他人に触れられた手を取り、他人の物になったあなたを欲せよと仰るのですか」


 そんなの、単に血が欲しいだけなら関係ないじゃないかと思う。

 ギルバートはいつも私に男の人が近づくのを嫌がっていたけど、あれは何か血を飲むときにその匂いがついたりして嫌なのだろうか。


 だとしても、そんなことでこれからの私の長い人生を、勝手に決めたのかと腹立たしくなる。


 こんな結婚には心がない。


 政略結婚なのだからと覚悟していたはずなのに。

 その相手がギルバートだと知って腹が立つのは、納得ができないのは何故だろう。


「私を飼い殺すつもり?」


 睨む目を向ければ、ギルバートは口の端を吊り上げて笑った。


「ああ、それもいいですね。主従逆転ですか。十年の重みがある分、もえますね」


 そんな茶化す言葉も、今の私には軽くなんて受け止められない。


 私の頭には義母のことが浮かんでいた。

 約束さえ果たせば後は自由にしていいと捨て置かれていた義母。

 それを目の前で見てきたのだ。


 胸が詰まったように苦しかった。

 頬の裏側を何かがじんじんと這い登ってくるのをただひたすらに堪えた。

 意味も分からずこんなところで泣きたくなんてない。

 私が一番、私の気持ちを理解できていない。


「お姉さま、ギルバートがお姉さまを狙っているのをご存じでしたの? その契約とは何ですの? お姉さまはギルバートにずっと脅されていたのね!」


「違うわ。私たちは対等よ」


 今それを口にするのは悔しいけど。

 契約上対等なのは確かなことだ。


 けれどミシェルは、「いいえ!」と強く否定した。


「執事として家に入り込んで、知らない間に裏で結婚まで決められて、そんなのが対等だって何故言えるの。何もかもがんじがらめじゃない!」


 ミシェルがまともなことを言ったことにまず驚く。

 正論すぎる正論だ。


 けれどギルバートは顔色一つ変えなかった。


「私は何も縛ってなどおりませんよ。生活の拠点は変わりますが、結婚してもシェリア様は自由です。これまでと何ら変わりません。好きに過ごされればいいのですから」


 ギルバートが望む私の力を得られれば、後は好きにしていい、ってことだろう。

 それこそ義母と同じじゃないか。


 私自身には興味がない。ただ手元におければそれでいいのだろう。

 だけど私は道具じゃない。

 そう叫びたかった。


 貴族の政略結婚なんて互いが道具であるのは呑み込むべきことだろう。でも、ギルバートにそうされることがとても辛い。


 何でギルバートが相手だと、何もかも呑み込めなくなってしまうのだろう。


 拳を握り締め、こみ上げるものと戦う私に、胸の前で腕を組んだミシェルは、ふん、と鼻をならした。勝ち誇ったように。


「でしたら、別にお姉さまでなくともいいわけでしょう? その中身にはこだわらないのだから。だから、私を嫁にしなさいと言ってるのよ!」


 話が冒頭に戻った。

 そこに繋がるのか、と妙に納得した。

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