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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第三章 執事と吸血鬼
25/42

4.何もしてはおりませんが、とても満足しました。とは彼の弁である

 目覚めると端整な顔が目の前にあった。

 枕に頬杖をついた白いシャツの腕に、長くさらりとした黒髪がまとわりついている。

 灰色の瞳が朝日を受けて透き通るように輝き、なんだか楽しい物でも見ているように細められていた。


 なんでそんなに満足げなんだろう。

 何がそんなに楽しかったのだろう。

 何でベッドの上なのに眼鏡をかけてるんだろう。



 って。



「何でよ!」


 何でギルバートが同じベッドで寝ているのか。


「おはようございます、シェリア様」


「あ、おはよう」


 癖で律儀に挨拶を返して、「いや、だから!!」とがばりと起き上がる。

 寝起きで急に起き上がってはいけない。

 くらりとして私は再び枕に沈み込んだ。


「朝から激しいですね」


「誤解を受けるような表現はやめてくれる?」


 いつもいつも、わざととしか思えない。


「シェリア様が起きるまでお待ちしようかと、二度寝していたのですよ」


「自分のベッドで二度寝しなさいよ」


「ここが私のベッドですよ。夜中に二部屋も整えろというのはさすがに横暴が過ぎませんか?」


 ん?


「ここ、ギルの部屋?」


「はい」


「一部屋しか整えてない?」


「はい」


「二度寝――の前も、ここで寝てたの? ずっと?」


「はい」


 何でもないことのように全ての質問に肯定が返ってきて、私の頭は二度クラクラとした。


「ちょっと――。これでも婚約者のいる身なのよ?! さすがにまずいでしょう!」


「手は出しておりませんよ。お父上にも厳命を受けておりますし」


 あの父から?

 わざわざそんなことを言われているということは、私とギルバートが単なる令嬢と執事の関係よりも近しいと気づいていたのだろうか。

 私とギルバートの契約のことなんて知りようがないと思うし、人目があるところではギルバートも中立を守るようにしていたはずだけど。

 やはり父は見ていないようで見ていたんだろうか。あの家のことを。私のことを。


「そもそも、やっぱり婚約中の身なのに男の人の家に泊まり込むなんて、よくないわよね」


「どうせ勝手に決められた婚約ですから気にすることもないと思うんですが。シェリア様は存外真面目なところがおありですよね」


「そりゃ気にするわよ」


 なんとなく、後ろめたい。

 悪いことはしていないはずなのに、咎められたら思い切り動揺してしまいそうだった。

 何故かはわからない、けど。


「ここにはエヴァもユリークもおります。それに今の私はまだ執事のままですから。対外的には身の危険のあったお嬢様を守った、それだけですよ」


 まあ、対外的にも何も、事実そうなるけど。

 うーん。

 まあいいか。

 どうせ婚約しておきながら一度も顔を見せにも来ないし、正体も明かさないような人だ。

 私自身に興味はないのだろうし。


 それよりも。

 ギルバートの口から聞こえたエヴァの名に、昨日問い詰めそびれていたことを思い出した。


「ねえ、ギル。学院で私が会ってたエヴァは、ギルなのよね?」


「ええ、そうですが」


 銀縁眼鏡を押し上げ、けろりと何でもないことのように答える。

 だからベッドでメガネ、いる?


「なんで騙したの?」


「シェリア様を騙したかったわけではありませんよ。あの姿で対面するつもりはなく、あれはいわば事故でした。周囲に人がいる場所で明かすわけにはまいりませんでしたし、ですが後になって明かせば烈火のごとく怒り狂うことが容易く想像できましたので」


 そこまでわかっていて黙っていたのなら罪は重い。

 だって私、エヴァの姿をしたギルバートに何を言ったか、詳細には覚えてない。

 なんかギルバートのことを話したような気がする。名前は出してなかった気はするけど、ギルバートが聞いたら自分のことだってわかったんじゃないかなと思う。

 守ってもらわなくてもいい、とか、傍にいてくれるだけでいい、とか。


 な、なんか変な風に聞こえたりしない?!

 ギルバート、勘違いしたりしてないよね?!


 顔から火が出そうにあつい。

 恥ずかしさを紛らすように、きっと睨み、詰問を続けた。


「じゃあなんで、エヴァの姿を借りてまで、短期留学生のフリをしてたの?」


「パトロールですよ。どんな良家の執事でも、あの学院には入れないことになっています。動かず喋らぬコウモリの人形の姿では、見守ることしかできません。ですが受け身でいては近頃鬱陶しくなってきていた周囲を一掃することもできません。ですから表立って動ける姿が必要だったのです」


 なるほど。

 そう言えば、ヴルグはエヴァのことを避けていた。

 あれから遠巻きにしていて近づいてくることもなくなった。

 何をどうやったらそうなったのかはわからないけど、そうして私を守ってくれていたのだろう。


 やっぱりギルバートはいつも私には何も言わず、見えないところでいろいろと気にかけ、動いてくれてたんだ。

 長らく、働かない吸血鬼なんて烙印を勝手に押してしまっていた。

 素直に反省する。


「全然気が付かなくてごめん。守ってくれてたのに」


 ぽつりとそう言えば、ギルバートは驚いたように目を見開いた。


「何故シェリア様がお謝りになるのです?」


「だって、ミシェルのことも。ヴルグのことも。私はずっと一人でなんとかしてるつもりだったから」


 おずおずとそう言えばギルバートは、すっと笑みを浮かべた。


「それならば、謝罪よりもお礼をいただいた方が嬉しいですね」


 ギルバートの手が私の頬にそっと伸び、はっとした。


「いや対価はないよ?! だって、それが契約だもんね! 私を守ることは元々の契約範囲でしょ」


 慌ててギルバートの手を押し留めると、小さく舌打ちが聞こえた気がした。笑顔のままで。

 その至近距離に、思わず昨夜の『対価』を思い出してしまう。

 ぐあっと顔が熱くなるのをごまかすように、私は再びがばりと起き上がった。


「っていうかギルバート! 昨日のあれは何よ! 私の、私の、初めての……を、奪った罪は重いわよ!!」


 幸いにも再び眩暈を起こすようなことはなかったものの、その単語が言えない。

 結局語尾がしどろもどろになる。

 一瞬で、勢いに任せてこの話を蒸し返したことを後悔した。


「少々我慢できなくなってしまいまして。しかし、初めてでしたか。そうかとは思いましたが、それはよかったです」


 ギルバートは、それはそれは嬉しそうに、にこにこと微笑んだ。

 何がそんなに嬉しいのか。

 馬鹿にしてる?! と腹が立つ。


「よくない!」


「まさかシェリア様は、結婚までは清らかでなければならないという古い潔癖ぶりを過大解釈し口づけすらも許さないというわけでは」


「いやそうじゃないけど……!」


「では問題ありませんね」


 いや、そうなのか?

 なんかわかんなくなってきた。


 だめだ、このままギルバートの珍しいにこにこ顔を見ていたらとんでもないことに巻き込まれそうな気がする。

 私はギルバートの視線を振り払うようにして、ベッドから降り立った。


「着替えるわ」


「承知しました」


 いつまでも人の家でごろごろしているわけにはいかないし。

 昨日は疲れ切っていたせいか、すっかり寝込んでしまって、もう日も昇りきっている。


 ベッドから降りて服の裾に手をかけようとすると、「はい、腕を上げてください」と背後から声をかけられる。

 はいはい、と従いかけて、ん、と我に返る。


「いや待って。何で着替えさせようとしてんの、自分でやるわよ」


「こちらには侍女はおりませんので。シェリア様の身の回りのことはすべて私がお手伝いさせていただきます」


「いらないって! そもそも家でだって、普段着の着替えくらい自分でやってたわよ」


「いえいえ、そうは参りません。本日は来客の予定がありますので、しっかりとお着替えしてもらわなければならないのですよ」


「客? えー。ドレス着るの面倒なんだけど。私は隠れてるからいいわよ」


 ユリークが現在は当主の代理をしていると言っていた。客はユリークに会いに来るのだろうから、その間はこの部屋にでもこもっていればいい。


「そう簡単にいけばいいんですがねえ」


 ギルバートは意味深に呟いて、簡単に着られるワンピースを出してくれた。

 クローゼットにはドレスと普段着が何着かずつ並んでいて、あれから荷物も持ってきてくれたのだろうと気が付いた。

 それなら疲れて同じベッドで眠りこんでしまっても仕方がない。


 いやいやいやいや仕方なくない、毒されそうだった。

 ダメだ、危ない、危ない――。


 ふう、とお腹から息を吐いて、着替えようと袖に手をかけてふと気づく。

 にっこりと笑みを浮かべれば、にこりと笑みが返ってくる。


「ギルバート。着替えるから外に出ていて」


「かしこまりました。ご命令とあらばいたしかたありません。それでは私は朝食の用意をしてまいりますので、ゆっくりと支度をなさってください」


 いい加減この問答にも飽きた。

 着替えくらい、さっさとしたい。

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