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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第一章 伯爵令嬢と吸血鬼
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1.よくある家庭の風景をご紹介します

「あぁ~ら、ごめんなさい、手が滑ったわ」


 今日もご丁寧にスープがこぼれますよと宣告してくれたので、私は座っていた椅子からするりと避ける。

 当然、椅子から床へと零れ落ちたスープはびちゃびちゃと跳ね上がり、異母妹であるミシェルの足元を濡らした。


「あ゛!! あっつ!! あっつ!!!??」


 わざわざ沸騰するまで温めさせてきたのだろう。椅子と床を経由しているはずなのに、相当な熱がりようだった。

 それをそーっとそーっとテーブルまでこぼさないように手ずから運んで来たのだから、本当に人に嫌がらせをすることにだけは力を抜かない。

 十六歳にもなって、本当にしょうもない異母妹だ。

 とても一つしか年が違わないとは思えない。


「お姉さま?! また私に怪我をさせましたわね!? 本当にあっつ!!!」


「自損事故という言葉を知っている?」


 私が静かに口にした言葉に、ミシェルの顔は首から頭が噴射するのではないかというくらいに真っ赤に染めあがった。


「ほんっっとにお姉さまって嫌味な人ですわ! お姉さまが避けるから悪いのに」


 本当にミシェルの言い分には驚く。

 微睡みの中で夢を見ているみたいに支離滅裂だ。


「どうせお姉さまは容姿も成績も……やることなすこと、何でも完璧だって思ってるんでしょう」


 まあ、成績が下から数えた方が早いミシェルに比べたら、大抵の人は優秀だと思う。

 容姿の好みは人それぞれだと思うけど。


 私は飛び散ったスープの後片付けをする侍女たちに謝罪と労いの言葉をかけ、それから指示を出すのに忙しかったから、散らかした当の本人でありながら仁王立ちして服の裾を拭かせているだけのミシェルの相手をしている暇はなかった。


 今ならマウントがとれると思ったのか、それとも相手にしてほしかったのか。

 ミシェルは腕組みし、ふん、と顔を反らせた。


「お姉さまなんて、無駄な贅肉を二つもぶら下げてるから、脳みそなんて足りなそうですのにね!」


「貧乳」


「おね、おねえさまは、無駄に背がお高いですから? みーんなエスコートを嫌がりますのよ!」


「子供」


「おねーさまは! お高くとまってらっしゃるから! 男性方は、みんな近寄りたがらないんですのよ! みんな私をかわいいと言ってくれるわ!」


「童顔」


「……! お姉さまなんて……、いつも冷たいお顔で冷たい目で人を見下して、冷血漢ですわ!」


 私は、ふう、とため息を吐いた。


「短気」


「二文字!!」


 耐えかねたようにミシェルが叫んだ。


「どうして二文字でしか返さないのよ! 私が言葉を尽くして罵っている間に何故一人で言葉遊びを楽しんでるの! 何縛りなの! 侍女なんかよりもこっちを見なさいよ!」


 憧れのお嬢様像であるらしい『ですわ』を怒りによってかなぐり捨てていることに気付いているのかどうか。


 やっぱりかまってほしかっただけらしい。

 となればやっぱりスルーが正解だろう。


 ええと、他に汚れているところはないかな、と床を見回した私に、ミシェルはぴきりと頬を引きつらせた。


 目の端に映るミシェルは、むぐうぅ~~~! と私を睨み、溜めて溜めて~の。


「お姉さまのばかあぁぁあぁぁぁ」


三下(さんした)


「うわあああああぁぁぁぁぁ!!」



 ちなみに冷血”漢”でもない。言うならクールビューティとでも言ってもらおうか。

 白金に近い薄い栗色の髪も、冷たい湖のような瞳も、決して温かみのある印象ではないのは知っている。

 自分に愛想がないのもわかっている。

 ミシェルと日々こうしたやり取りをしているせいでキツイ目元に日々拍車がかかっているのも。


 ミシェルは怒りが沸点に達すると、目に見えているものでとにかくディスろうとしてくるのだけれども、私の容姿は半分しか血の繋がっていないミシェルとはとかく正反対だった。

 ただ、私は巨乳というほどではなく、ミシェルが詰め物をしなければドレスの見栄えが悪いくらいの虚乳なだけだ。

 そこらの少年よりも私の背が高いのは確かだけれど、今や同い年ともなればその背を越すことはそうない。

 ミシェルが普通の「かわいい女の子」レベルの身長なだけ。


 私もミシェルも、何かが突出しているわけではない。

 相対的に見れば違いがある、というだけだ。


 ただ、その違いが異母姉妹という間柄ではとかく競争心を生みがちなのだろうとは思う。

 半分は血がつながっていながら、あれもこれも正反対だったから。


 ミシェルはふわふわのピンクの髪に薄桃色の飴のような瞳の、甘い顔立ちで。

 私は切れ長で、冷たい水のような瞳。母譲りの色素の薄い栗色の髪も、白髪に近いような色合いだから冷たい印象があるのは確か。


 とは言え、ミシェルが殊更私を冷たいと言うのは、それは毎日しつこいミシェルを相手にしているからなのだけれど。


 今日もミシェルには誰も教育的指導をしないから、私から言っておかなければならないことが一つある。


「ミシェル。食べ物を粗末にすると食べ物に呪われるわよ。今日の夢にはあつあつのスープが迫ってくるでしょうね」


「ひぃぃやめて!!」


 この子はバカでかわいい。悪意さえ向けてこなければとても素直な子だと思う。


 ただ、私からの言葉でミシェルに道徳心を説いても意味がなく、愚行をやめさせるにはコツがいる。

 作ってくれた料理人にも毎度片づけをしなければならない侍女たちにも申し訳ないと思わないのかと責めても、ミシェルの心が痛むことはない。

 ミシェル自身に害がある時しか、改めようとはしないのだ。


「今度からパンにする! パンにするからああぁ」


 そういうことじゃない。

 思わずため息が漏れ出る。


「それ、拾って食べなさいね? 食べ物を無駄にすると(以下省略)」


「いやあああああ夜中にパンが口に押し込まれてたら死ぬううう」


 確かにそれは死ぬ。


 しかし想像力だけは逞しいのは彼女の取り柄かもしれない。想像できる域が変な方向に突出してはいるけれど、やっと私の言葉が響いてくれたのならよかった。


「だから食べ物で遊ぶのはやめなさいね」


「遊んでませんわ!」


 キッと睨まれた。

 やはりまともなお説教は一切受け入れてはくれない。

 負けた気がするのだろう。


 ミシェルが何かと私に突っかかってくるのは、マウントがとりたいだけなんだと思う。

 だけどこの家を継ぐのはミシェルだ。

 私は十八歳になったら、子供の頃に父が勝手に決めてきた、どこの誰とも知らない誰かに嫁ぐことが決まっている。

 だから争う必要なんてないのに。

 この家の全ては、ミシェルのものなのだから。 

 

 それなのに、何故こうも無駄に突っかかってくるのだろう。

 温かいスープと貴重な時間を無駄にしてまで、どこに得るものがあるのか知りたい。


 ミシェルはミシェルで生きればいい。

 私は私で生きればいい。

 そんな簡単なことが、私達には――あの子には、難しいらしい。

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