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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第二章 伯爵令嬢と伯爵令嬢
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8.王妃の器、夫の器

 パーティがお開きになった後、アルフリードに呼ばれて城の応接室へと上がった。


「で、どうだった?」


 顔を合わすなりそう聞いたアルフリードに、私はため息を一つ返した。


「わざと私を置いていったのね」


 イザベラのときもエレーナのときも。

 その二人の反応を見るために。

 アルフリードは言葉では肯定せず、ただにこりと王子らしい爽やかな笑みを浮かべた。


「事前に二人に与えていた情報は同じ。シェリアは幼い頃からの友人だということ、それだけを伝えていた。二人とも正反対の反応だったね」


 イザベラはアルフリードが去ろうとしたとき、残された私に見向きもしなかった。

 エレーナはアルフリードが去った後も私を引き留め、話をした。アルフリードが去る前と後で態度が変わることもなかった。


 それに、自分のアピールに終始していたイザベラよりも、話を聞きながら自国や自分の話を織り交ぜて返したエレーナの方が好感度という点でも軍配が上がるだろう。


「王妃の器という点ではどちらもそれぞれの資質があるとは思う。だが私が妻に望むのは、それだけではない。私の親しい人とも親しくしてほしいのだ。弟は王位継承権を放棄しているが、妻は娶るだろう。弟は王宮に争いをなくすために王位を放棄したのだから、妃同士が争うようでは困るんだよ」


 だが今はまだ第二王子には婚約者もいない。

 だから試金石として私を紹介したのだ。


「だけど、ふわふわとした柔らかなエレーナ王女ではイザベラ様のような圧の強い令嬢にいじめられて王妃としてやっていけないのではないかと心配だったんでしょう?」


「その通りだよ。生き抜くことは王妃の大事な資質だ」


 アユリナ公爵令嬢は毒殺されたともっぱらの噂だったけれど、自ら死を選んだとの噂もあった。

 王太子妃ともなれば、再びその危険が迫ることもある。アルフリードは同じことは繰り返したくないのだ。

 だが隣国の王女であるエレーナが害されれば国同士の問題に発展しかねないのだから、おいそれと手を出す者もいないはずだ。

 だが女の世界ではそれとは知られず足もつかずに嫌がらせをする方法なんていくらでもある。


「ええ。けれどエレーナはしなやかな中にも強さを持った人だと私は思ったわ。それに、王妃として生き残っていけるかという点で話をするなら、それはアル、あなた次第だと思うわ」


 そう答えれば、アルフリードは困ったように眉を下げた。


「最初からあてにされては困る。一人でも立てる女性でなければ」


「守ってくれなくてもいいのよ。心に誰かがいればそれだけで強くなれることがある。アルが味方だと伝えるだけで、戦う力になるわ」


 私にアルフリードやギルバートがいてくれたように。


「味方、ね。心に寄り添えるかどうか、ってことか」


 私は深く頷いた。

 政略結婚なのだから、恋や愛で決まるものでもないのはわかっている。ただ、互いに思いやれるかどうかは大きいと思う。


「……そうか。正直を言えば、二人とも考え直すしかないかと思っていたんだよ。国内の令嬢はどうにも信用できない所があった。誰がどこで繋がっているかもわからないからね。しかしエレーナでは潰れてしまうのではと心配だった」


 国内の令嬢たちを対象から外したい気持ちは理解できる。

 アユリナ公爵令嬢を追い落とそうとした犯人がわかっていたとしても、他にもまだ知らない協力者がいるかもしれない。

 知らずに結果としてそのたくらみ通りになってしまうなんて、アユリナ公爵令嬢が報われない。彼女を慕っていたアルフリードだって、それは許せないのだ。


 次期国王ともなれば、その人物の背景や周囲まで考慮しなければならない。

 慎重になるのももっともだ。

 だけどまたイチから考え直すつもりだったなんて、王太子も楽じゃない。

 でもこれで、エレーナに望みを託すこともできるようになっただろう。


 私の役目はもう終えた。今日は早く帰りたかった。

 暇を告げようと顔を上げると、からかいを含んだような碧眼と目が合う。


「だから、どちらも駄目ならもう一度シェリアを妃に望もうかなと思っていたんだけどね」


「は?」


 いきなり何の話だ。

 話がつながらない。


 思わず顔全部が疑問に歪む私を置いて、アルフリードは話し続けた。


「シェリアまで害されたらと二の足を踏んでいるうちに、彼に取られちゃったからね。だけどやっぱりシェリアが欲しいなあと思って国王に何度も申し入れたんだけど、にべもなかったね」


「なんで私なのよ」


 疑問符ばかりが頭を埋め尽くしているのに、アルフリードは何でもないことのようにさらりと言った。


「考えてみればわかるだろう? 幼い頃から私が気を許しているのはシェリアだけだ」


 勘弁してほしい。そんな面倒はごめんだ。


「国としてのメリットがないじゃない」


「ちゃんとあるよ。少なくともシェリアなら自ら死を選ぶことはないだろう? あのような環境にあっても、死を選ばなかった。強く凛として一人立っていた。王妃としてこれ以上頼もしい人選もないだろう?」


「お断りです。面倒です」


 そんな答えは百も承知だったのだろう。

 アルフリードは楽しそうに腹から笑った。


「シェリアなら一生楽しく暮らせそうって思ったんだけどね。王家が波乱万丈になりかねないけど」


 何気ない言葉に思わず黙り込む。

 アルフリードは笑みを湛えたまま、表情を消した私を覗き込むようにした。


「シェリア。パーティに来た時から気になっていたけど。何かあったんだね? ミシェルのことかな」


 気づいていたのか。けれどずっと、気づかないふりをしてくれていたのだろう。


「私がミシェルをあそこまで追い詰めてしまったのだと気づいたのよ。私はミシェルのことを何も見ていなかった」


 目の前に置かれたカップに目を向ける。

 私が落とした、たった一滴の憎しみが、ミシェルの中にいまだ波紋を描き続けている。

 それなのに、今の私にはそれをどうおさめたらいいのかもわからない。


 アルフリードは考えるようにしてから、ふむ、と頷いた。


「姉妹だからね。互いに影響を与えたものはあるだろう。環境など自分の力ではどうにもできないこともある。だが、それにどう立ち向かうかは結局はその人自身の問題ではないのかな?」


 突き放しているように聞こえるかもしれない。

 けれど、確かにそうだと思った。


「シェリアの境遇だって捻くれたり暗く陰鬱になったり攻撃的になるには十分なものだったと思うよ。けれどそうはならなかった」


「それは。私には味方がいたからよ。アルフリード、あなたもそう」


 ギルバートも。

 隣に置いていた扇子を見れば、根本についた黒いコウモリが激しくころころと動いていた。紐が絡まりちぎれそうなほどに。

 木でできたベンチと違って、ふかふかのソファだから全く気付かなかった。いつから、何を主張しようとしていたのだろうか。

 思わずコウモリに目を奪われていた私に、アルフリードは、ふふっと軽く笑った。


「ありがとう。そうだね。シェリアにはずっと味方がいた。()()()()()。そうして私の好きなシェリアは強く、輝きを増していったんだ。だから彼には勝てないんだよねえ。悔しいけれど」


 時々思う。

 アルフリードは私の心が読めるのだろうか。

 それとも、私の傍にいる何かが見えているのだろうか。


 アルフリードは戸惑う私の目を面白そうに見て、それからさっぱりと、一つ息を吐き出した。


「私はエレーナとなら、寄り添いあってやっていけると思う。彼女ともっと話をしてみることにするよ」


 アルフリードの瞳はすっきりと前を向いていた。


「あの短時間では彼女たちに裏があるかどうかまではわかりませんでした。けれど、私も殿下も、まだ彼女たちの一面しか見ていないことは確かです。エレーナが教えてくれました。私はそんな彼女と、殿下のことがなくとも友人になりたいと、そう思いました」


 そう告げれば、アルフリードはきょとんとした後、面白そうに目を細めた。


「そうだね。大切な人とは、じっくりと時間をかけて向き合わなければならないね」


 その言葉に、わが身を振り返る。

 ミシェルのことだけじゃない。

 私は、父のことも、義母のことも、何にも見てはいなかったのかもしれない。

 だって、向き合って話したことすらないのだから。




 応接室を辞するとき、窓の外に橙色が下りてきていることに気が付いた。


 今は早く家に帰りたい。


 揺れてしまわないようにそっと掌に載せた小さな黒いコウモリは、もうじっとしていて動くことはなかった。

 本物の、人形のように。

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