4.仁義なき戦い
三択問題です!
ミシェルはアルフリード殿下のリベンジガーデンパーティに出席するため、姉のシェリアに何をしたでしょうか?
1.薬を盛る。
2.ドレスを切り裂く。
3.閉じ込める。
「答えは、『全部』でしたね。さすがはミシェル様、三択問題など成り立ちませんね」
勿論私は正解した。
嬉しくない。
「ありがとう。ドレス、受け取ってきてくれた? それからアルフリード殿下に伝言は」
「すべて仰せのままに」
さすがギルバート。これでパーティにも間に合うだろう。
既に日は高く昇っている。
私は朝からずっとここにいたのだ。
つまり役立たずで、ただただギルバートがあれこれ動いてくれるのを待っているしかできなかった。
何故なら、『全部』にひっかかったフリをしなければならなかったから。
ミシェルがやることなんて大体想像がつく。
だけどそれらを回避してしまっては、新たな手が繰り出されるだけ。延々のイタチごっこだ。
だから私は最終的にこの部屋に閉じ込められて、『パーティには出られません』状態でいなければならなかったのだ。ミシェルが私の代わりにパーティに出かける、その時まで。
◇
アルフリードから招待されていたことがミシェルにバレたのは昨日のことだ。
どうやら出席者の一人が何気なく今度のパーティで何を着て行こうかと友人と話していたところを、ミシェルが聞きとがめたらしい。
それがアルフリード主催のパーティだと知り、ミシェルの嗅覚が唸った。
先日開催したばかりなのにまた開くなんて、何かあるに違いない。そこで出席者に私がいないかと確認したものらしい。
ミシェルの執念は恐ろしいものである。
私が第一王子であるアルフリードと親しくすることが、心の底から許せないのだろう。
おかげで私は再び「家を継ぐこの私が参加しますわ!」の攻撃を浴びることとなった。
だが今回ばかりは譲るわけにはいかない。
私が出席しない限り招待地獄が続くわけで、その度にミシェルの怒りはエスカレートするだろう。
前回は急に代理を立てて失礼をしてしまったから、今回は私が出席すると正論を言い聞かせてもミシェルには無駄だった。最初からわかってたことだけど。
おかげでミシェルは私をパーティに参加できなくさせようとあらゆる手を使ってきた。
まず昨日の夕飯のスープに薬が盛られていた。
勿論事前に気が付いた。
ミシェルの挙動がおかしかったから。
さあそのスープを飲みなさい。飲むのよ! とばかりにちらちらこちらを覗っていたから、これに入ってるのね、とすぐにわかった。
だから最初何口か飲むフリをした後、「うっ」と言ってトイレに駆け込み効いたフリをして寝込んでみた。
お腹を下す薬だったのか、痺れて動けない薬だったのか、効果がわからない以上は余計なことを言ってはフリがバレてしまうから、ただひたすら寝込んでいた。
それがまさか興奮して踊り狂う薬だったとは。
踊り疲れさせてパーティに行けなくするって、どんだけ斜め上の発想なのよ。
寝込んだだけで踊り出さない私を見てミシェルは、薬を入れ過ぎたことで(ここでも念入りの程が窺える)私がお腹を下して終わってしまったと(十分だわ!)思ったらしく、次の手に及んだ。
ドレスはやられるだろうなと思っていたから、ドレスを作ってもらったお店にそのまま置いてもらってある。当日お店で着せてもらってそこから出かけるつもりだった。
私のクローゼットにはサイズアウトしたものだけを置いておいたのだけど、案の定端から端まで切り裂かれて布切れと化していた。
相変わらずのやり口と思い切りさに腹は立つけど、今日のお茶会の出席には問題ない。
これでもうミシェルは私がパーティには出られないと思ってるだろうと、今朝は安心して目覚めた。
ところが部屋を出て行きかけた私をギルバートが止めた。いつから部屋の中にいた。
「シェリア様。ここは念を入れて怪我をしたふりをしておくべきだと思います。ミシェル様がお出かけになるまで、包帯でぐるぐる巻きで布団の中にいた方がよろしいかと」
「あー。まあ、強硬手段に及ばれたらたまらないものね」
土壇場で怪我をさせられてパーティに出席できないどころか、日常生活にまで響くのはさすがにごめんだ。
「ではこちらに」
包帯を手にしたギルバートに促され、ベッドに座る。
なるほど。痛いフリをして見せるんじゃなくて、見かけでミシェルを欺こうということか。
演技がうまくない私にはうってつけだ。
ギルバートは向かいの床に片膝をつき、そっと私の足を持ち上げた。
「っ!」
触れられて、思わず肩がびくりと揺れた。
「痛くはしませんよ」
「わ、わかってるわよ」
だって足なんて、普段触れられることもないから。
ちょっとくすぐったかっただけ。
ギルバートは立てた膝の上に私の踵を載せ、足首から膝の方へと丁寧に包帯を巻いていった。
本当に怪我でもしたかのように、そっと。
変な時間だった。
何故だかどぎまぎする。
ギルバートの手が私の足に触れるのを見ていられず、早く終わらないかなと意味もなく部屋を見回した。
その間に気づけば裾が膝上までたくし上げられ、包帯は太ももにまで達しようとしていた。
「あれ? いやちょっとどこまで巻くのよ?! そこまでいらなくない?」
慌てて裾をぐいっと下げれば、その手をぱしりと掴まれる。
ギルバートは平然とした顔で掴んだ手をぽいっと放り出し、再び包帯を巻き始める。
「あのミシェル様のことです。見えないところまでも念には念を入れ過ぎてやっとですよ。それにまだ包帯を留めておりませんのでこのままではほどけてしまいますよ。もう少々我慢なさってください」
「わかっ、わかったから……!」
太ももに包帯を巻きながら喋らないで!
息が内ももにかかってものすごくくすぐったい。
「できました。これでお布団に寝ていれば後はミシェル様も大人しくなるでしょう。パーティには欠席と連絡済だとミシェル様に伝えておきます」
「わかった。ありがとう」
ベッドに座った姿勢から枕の所まで這い登って横になろうとしたけれど、足が曲がらないせいでうまくいかなかった。
足を伸ばしたまま膝上まで包帯を巻いたからだ。
ギルバートにしては手抜かりだなと思ったけど、ふと顔を見上げて気が付いた。
「――わざとね?」
すました顔をしている。だけどその目は試すように私を見ている。
「シェリア様がこちらを見ないからですよ」
見てない間にこっそりいたずらするとか子供か、と言いたくなる。
でもいい。どうせベッドに横になってるだけなのだから。
意地でも巻き直してとは言わない。
一度下りて、包帯を巻かれていない足でよじ登ろう。
そう考えて仕方なくベッドから降り立つと、これまた失敗してふらついた。
「わっ」
思わずつんのめるようにして倒れ込んでしまい、すかさずギルバートがそれを受け止めた。
何故かその体は堅く強張っていて。一瞬、痛そうに息を呑むのが聞こえた。
「ごめんっ」
足を踏んでしまったかもしれない。それとも私の体が重くて支えるのが大変だった?
慌ててギルバートから離れたところに、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
「あ」
「あ」
ミシェルと同音を口にすることがあるとは思わなかった。
ノックもせずに勝手にドアを開けたミシェルは、脚を包帯でぐるぐる巻きにしながらも普通に立っている私を見て、「ちっ」と舌打ちをした。
「やっぱりお姉さまは頑丈ね。あれくらいじゃダメか」
「え?」
「立てちゃダメなのよ。行けちゃうじゃない」
恐ろしい子……!
立てちゃダメ……?
なんてことを言うのだ、この妹は。
ミシェルは私をどれだけズタボロにしないと気が済まないのか。
っていうか『あれくらい』って言った? 既に私に何か仕掛けたってこと?
でも私は実際には怪我していない。
もしかして、私と間違えて誰か他の人に何かしたのかもしれない。
さっと青ざめて、ミシェルに詰め寄ろうと一歩踏み出した。
「ちょっとミシェル、あなたもしかして」
けれど、私が問い詰めるよりも先にミシェルが動いた。
ミシェルは素早く身を翻して部屋を出ると、すぐに何やらがちゃがちゃとドアノブが細工されるような音が響いた。
待て待て待て。
今度は何をするつもりだ?
「これでよし、と。残念ながらドアノブが壊れて明かなくなってしまったわ~。修理の者を呼ぶには時間がかかるわね、だってまだ朝だもの」
満足そうに大きな独り言をつぶやくと、ミシェルは楽しげに「お姉さま?」と部屋内にいる私に呼びかけた。
「今日はお姉さまはこの部屋からは出られないみたいです。せっかくご招待いただいたのに欠席だなんて殿下に失礼ですから、今回も私が代わりに出席してまいりますわね。ではお留守番、よーろしくお願いしまーす」
鼻歌まじりのスキップが不器用なリズムで遠のいていった。
悪魔は去った。
ふうう……、と私は腹の底からため息を吐いた。
「包帯。無駄になったわね」
「いいえ? また巻いて戻せば使えますから」
私の羞恥に耐えた時間は戻らない。
「まあ何にせよ、これでミシェルも安心して出かけるかな」
そうなったらすぐにでもこちらも行動を開始しなければ、王城が荒らされてしまう。
ミシェルが暴れ出す前に私も到着しなければならないのだ。
「ギル。今回は元気で何の支障もないので喜んでパーティに参加させていただくって、アルフリード殿下に伝えておいてくれる?」
ミシェルが私の代わりだと言って中に入ってしまったら、まずい。
王太子妃候補に目をつけられたら、アンレーン家は終わりだ。
正しく意図を汲み取ったギルバートは口の端を笑ませ、恭しく礼をした。
「承知しました」
何にでも姿を変えられるギルバートは、難なくこの部屋を出ることができる。
ミシェルは閉じ込めることを最終手段だと考えているようだが、私にとってはそれこそが最も無意味な行為だ。
「それからドレスも、直接お店で着せてもらう予定になっていたけどさすがにそれじゃ間に合わないわ。今のうちにこっそり引き取ってきてくれないかしら」
「既に準備はさせています」
さすが、抜かりない。
私がこの家でやっていけるのは、間違いなくギルバートのおかげだ。
普段は表立って助けてくれなくても、結局こうしてなんやかやと手助けしてくれてるのよね。
わかってるのに、つい私の払う犠牲と見合ってるのかと思ってしまうのは、ギルバートがあまりに何事も余裕でこなしてしまうからかもしれない。