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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第二章 伯爵令嬢と伯爵令嬢
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3.味方の定義

 アルフリードの誘いを、なるべく面倒くさくなく、穏便に済ませたいなと考えながら廊下を歩いていると、久しぶりにエヴァに遭遇した。


「あら、シェリア。どうしたの、浮かない顔をして」


「お久しぶりね、エヴァ。ちょっと人を出し抜く方法について頭を巡らせてたもので」


 エヴァは学院内で見かけることはあるものの、いつも誰かに囲まれていて、ちらりと目が合えば目礼する程度だった。

 自然と親しく話すようになっていたけれど、こうして面と向かって話すのは久しぶりだ。


「それは穏便ではないわね。でも楽しそう」


 ふふ、とエヴァの色っぽい口元が吊り上がる。

 なんだかこの笑い方、見たことがある気がする。

 この学院に誰か兄弟とか親戚でもいるのかもしれない。


「楽しいと思えたらいいんでしょうけど。渦中の人間には面倒なだけよ」


「それはそうね。あなたはいつも孤軍奮闘していて大変ね」


「別に、一人じゃないわ」


 きょとんとしてそう答えれば、エヴァの方もまたきょとんとした。


「そう? あなたはいつも一人でいるように見えるけれど」


「ああ、まあ確かに。でも傍にいなくても味方はいるわ」


 そう言って扇子にちらりと目を落とした。

 いつもそこにぶらさがっていた黒い小さなコウモリは、最近あまりここにはいない。

 何も起こらず暇になって、そこらをぶらぶら出歩いてでもいるのだろう。

 自由に姿を変えられるから、もしかしたら生徒に紛れていたりもするかもしれない。

 一人呑気なものだと思うけど、ギルバートは別にこの学院に通わなければいけない身でもない。


「でも傍にいなければ、いざというときに守れないじゃない」


 エヴァはそう言ったけど、私は笑って首を振った。


「別に守ってもらわなくたっていいのよ。話を聞いてくれる人がいるだけで、強くなれるものだわ」


 守ってもらっている実感がないのは契約として不平等だと感じることはある。

 だけど別にギルバート自身に何かを求めているわけじゃない。


 何をしてくれなくてもいい。

 その存在が私を見ているとわかっているだけで、私は私の好きな私でいようと思える。

 私は一人じゃない。そう思えるだけで十分なのだ。


 それに、もしかしたら私が見ていないところで守ってくれているのかもしれないし。

 私の身に何事も起きていないのは、その証とも言えないだろうか。

 ギルバートが私の傍を時折離れるようになって、最近、そう考えるようになった。


「それじゃ何の役にも立ってないじゃない。それでも味方と言えるの?」


 不思議そうに訊いたエヴァに、笑って頷いた。


「ええ。私は別に何も求めてないもの。貴族との付き合いはメリットが大事だけれど、彼は貴族でもなんでもないし。傍にいるとそれだけで気が楽だし、なんだかんだ愚痴ったりして楽しいから、それでいいのよ」


 そう答えれば、エヴァは「ふうん」と相槌を打った後、ゆっくりと口元を笑ませた。


「あなたはお人好しね」


「別にそんなことはないよ。今が平和に暮らせてればそれでいいって考えなだけ」


「ふふ。お気楽ね。だけどそんなところが――」


 エヴァの小さな呟きは、背後から現れた来訪者の声に掻き消された。


「おや? シェリアが笑みを見せて話しているなんて、珍しいことだね」


 振り向けば、アルフリードの姿があった。


「あら、なんともいいタイミングでいらしたのね。エヴァ=アシュタルトと申します。アルフリード殿下、お噂はかねがね」


 エヴァはしっとりとした笑みを浮かべて淑女の礼をとった。


「ああ、こちらにも噂は届いているよ。聞いていた通り美しい人だね」


 手慣れているようにさらりと言うだけで、アルフリードには特別な感慨は見られない。

 大抵の男たちはエヴァに見惚れてうっとりとしてしまうのに。さすが王子は美女など見慣れているのだろう。


「お会いできて光栄ですわ。よろしかったら私と二人でお話でもしませんこと?」


 隣国から短期留学できているエヴァにとっては、王室との繋がりを持っておきたいのだろう。

 邪魔者は消えようと、そっと目礼をして去ろうとしたところをアルフリードに手を掴まれた。


「いや、せっかくだけれどそれはまた今度にしよう。二人の邪魔をしたかったわけではないんだ。シェリアに親しく話せる女友達ができたのは、幼馴染である私にとっても喜ばしいことだ。彼女は境遇に恵まれず親しい人はみんな遠ざけられてしまうからね。どうか今後も親しくしてやってほしい」


 心からそう思ってくれているのがわかった。

 どこか嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


「あら。まるで保護者のようですのね。殿下のお願い如何に関わらずとも、彼女は自分自身で生きて行く術を心得ているように見受けられましたけれど。私が親しくさせていただいているのも、シェリア自身の魅力あってのことですから」


 余計なお世話、と言っているように聞こえた。

 媚びているというわけではないものの、男性には総じて物腰の柔らかいエヴァとは思えない態度だった。


 アルフリードも意外そうにエヴァに目をやり、それから「おや?」と目を細めた。

 エヴァの灰色の瞳をじっと見つめていたかと思うと、やがて納得したように頷いた。


「あー……、なるほど、そういうことか。近頃シェリアの身辺は騒がしいからねえ。黙って見ていられなくなってついに姿を現さざるを得なくなったというところか」


 顎に手を当て、アルフリードは楽しげになるほどなるほど、と頷いた。

 何がなるほどなのかさっぱりわからない。

 対するエヴァは、これまでに見たこともない圧を感じる笑みを全面に浮かべ、アルフリードに向き合った。


「あなたのような、己の身勝手で人を振り回す方がいらっしゃるからですわ」


「飼い主がペットを顧みず余所見をしているのが気に食わない、ということか」


 二人の間には、見えない何かがピリピリと走っていた。


「心配なさらずとも、ペットでいる間は噛みついたりはしませんことよ。婚約者選び中の殿下には関係のないお話ですけれど」


「それがねえ。ますますほしくなってしまったんだよねえ。父にも相談はしているところなんだが、なかなか独占欲の強い男が邪魔をしていてね。苦戦しているところではあるんだが、まあせいぜい彼がペットに甘んじている間に精進するよ」


 全然話がわからない。

 やっぱり二人で続けてもらおうと、そっとその身を屈めた。

 ところが今度はエヴァの手が素早く私の腕を引いた。


「シェリア。まだ私とあなたの話は終わっていないわ。殿下は私達の仲を深めることに協力してくださるそうだから、もっとお話をしましょう」


「え? ええ、まあ、ええ……?」


 エヴァの笑みは深く頬に食い込むようで。

 アルフリードの笑みは王子スマイルに凄みが増していて。


 エヴァがアルフリードに道を譲るように「さあ、どうぞ?」と手で示す。

 もう片手で私の肩を抱きながら。


 アルフリードはにこにこと王子な笑みを浮かべたまま、「それじゃあ、また」と来た道を去って行った。


「エヴァ、アルフリード殿下のことはお嫌い?」


「嫌いではないわ。ただ欲しいものが一緒なだけなの。私の方が先に予約していたのに、自分に選択権の自由が与えられた途端にそっちがいいとか言い出すのは卑怯でしょう?」


「うーん、それが早い者勝ちで勝負がつくような話なら、そうかもね。穏便に話し合いはできないの? 順番にするとか」


 エヴァもアルフリードも、私の数少ない友人だ。その二人にバチバチと火花を散らしてほしくはなかった。

 けれど私の折衷案はエヴァのにっこりとした笑顔に一刀両断された。

 エヴァはこの話はこれでおしまい、とばかりに「そうだ」と細い指を合わせて手を打った。

 

「大事なことを伝えたかったの。あのヴルグという男には気をつけなさい。あれは半分獣だから」


 獣とはひどい言い様だが、何かされたのだろうか。

 そう言えば最初に会ったときからいい印象を持っているようではなかった。


「ヴルグと何かあったの」


 エヴァの身が心配になって問えば、笑って首を振った。


「いいえ。彼は決して私には近づかないから。でもシェリアには執着しているようだったから、気になったの。単純な思考を持つ者ほど、その思考は時に常軌を逸していることがあるから」


 それはわかる気がした。

 身近にミシェルがいたから。


「心配してくれてありがとう。だけど最近は何か遠目に見られてはいるものの、あまり近寄ってこなくなったから、大丈夫だと思う」


「そう。くれぐれも気を抜かないように。その瞬間を狙っているかもしれないのだから」


「ありがとう。肝に銘じておくわ」


 そう言って、エヴァと別れた。

 いろいろと心配してくれたけど、目立つ容姿のエヴァの方が何かと狙われそうで心配だった。

 まあ、彼女なら綺麗に身をかわしそうな気もするけれど。


 それにしても。

 ギルバートはどこに行ったんだろう。

 ちょっとだけ寂しいと思ってしまうのは、いつも傍にいたものがいなくなってしまったせい、だと思う。

 いつも、当たり前みたいに傍にいてくれたから。

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